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AIと裁判 / AIと鑑定 / 「AI生成鑑定書」の0円評価 / 透明性と専門家の説明責任の臨界点雑感


0 はじめに

 生成AIは、専門家の文章労働を劇的に軽くする。膨大な資料の読み込み、要約、論点の抽出、そして鑑定書、意見書、調査報告書、いわゆる「それっぽい文書」を量産する能力という一点において、生成AIは既に人間を凌駕するほど"優秀な秘書"の地位を確立している。特に、定型的な記述が求められる業務において、その効率性は抗いがたい魅力を持つ。

 他方で、裁判手続における鑑定書は、単なる情報の羅列ではない。それは証拠であり、裁判官が自らの専門外の事象について心証を形成するための司法判断の不可欠な部品であり、最終的には当事者の財産、身体、ひいては人生という権利義務を左右する決定的なマテリアルである。

 したがって、そこには便利さ(効率性)と同じ、あるいはそれ以上の熱量で、透明性(Transparency)と説明可能性(Accountability)が問われなければならない。「AIが書いたから」という理由は、プロセスのブラックボックス化を正当化する免罪符にはなり得ないからである。

 この点を極めて露骨に、そして衝撃的な形で示す事例として、ドイツのダルムシュタット地方裁判所(Landgericht Darmstadt、以下「LG Darmstadt」)が、AI利用が強く疑われる鑑定書につき、鑑定人報酬を0ユーロに「固定」した決定(2025年11月10日決定)がある(注1)。

※詳細は必ず原典を確認ください。

 この決定は、単に「AIを使ったから報酬を支払わない」という単純な技術否定ではない。専門家がプロセスの開示を拒み、自らの知的責任を放棄したとき、法はそれを「無価値(wertlos)」とみなすという、極めて本質的なメッセージを含んでいる。

 今回は、この決定を素材に、裁判所と専門家が、AIによる効率化と信頼の必要性をいかにバランスさせるべきか、そしてAI時代における「専門家の職責」とは何かを検討する。

1 事案の概要

 報道および公開された決定要旨によれば、事案の概要は以下の通りである。

 LG Darmstadtにおける民事訴訟(交通事故後の人身損害等に関する事案と推測される)において、裁判所は医学的争点に関する専門的知見を得るため、医学教授(口腔・顎顔面外科分野)を鑑定人として選任した。鑑定人は鑑定書を作成・提出した後、これに対する報酬として2,374.50ユーロを請求した。しかし、裁判所はこの請求を棄却し、報酬を0ユーロに減額(固定)する決定を下した(注1)。

 裁判所が報酬支払いを拒絶した理由は多岐にわたるが、その核心は、鑑定書としての基本的要件の欠如にある。

 第一に、実体的な瑕疵である。本件は身体的損害に関する鑑定であったにもかかわらず、鑑定人は対象となる原告本人を一度も身体検査(診察)していなかった。書面審査のみで鑑定を行う場合、通常はその旨の断りや限定が付されるべきであるが、本件では基礎資料へのアプローチそのものが欠落していた(注1)。

 第二に、内容の希薄さである。裁判所からの具体的な問いに対し、医学的な理由付けや論拠を示すことなく、結論だけを述べる記述が散見された。これでは裁判所は心証を形成できず、証拠としての価値がない。

 第三に、ここが決定的であるが、裁判所からの照会に対する不誠実な対応である。裁判所は提出された鑑定書に疑義を抱き、作成プロセスや作成者について説明を求めたが、鑑定人は回答を拒み、あるいは曖昧な回答に終始し、誰が(あるいは何が)鑑定書を作成したのかを明確にしなかった(注1)。

 さらに裁判所は、提出された鑑定書の文体・構造面の"兆候"から、これがAI(ChatGPT等の大規模言語モデル)により生成されたとの確信を強めた。決定で指摘された具体的な「AIらしさ」は以下の通りである。

 まず、鑑定書中で鑑定人が「命令の受領者」として自身の住所をフルで記載していた点である。通常の鑑定書では冒頭に記載される情報が、文脈と無関係に本文中に現れるのは、AIが学習データや定型フォーマットを不適切に継ぎ接ぎした際によく見られるエラー(アーティファクト)である。

 次に、同一語句の頻繁な反復や、同じ書き出しの主文的センテンスが連続することである。これはLLMが確率的に次の単語を予測する際、特定のパターンに陥った場合に生じる典型的な「ループ現象」である。

 また、フォーマットの不自然さや、文脈上意味をなさない「問いかけ」や「追記」のような記述も確認された。報道によれば、「Dipl.-Ing. Bの鑑定書を考慮する」といった、本件とは無関係と思われる工学士への言及が含まれていたともされる。これは、AIが過去の無関係な文書データをハルシネーション(幻覚)として出力したか、プロンプトに含まれていた参照指示がそのまま本文に残存した可能性を示唆している(注1)。

 裁判所は、これらの事情を総合し、鑑定人の「自己の寄与(Eigenanteil)」は最大でも僅少であり、実質的に鑑定人が作成したものではないと判断した(注1)。もちろん、文体の「AIらしさ」のみでAI利用を断定することには、冤罪(誤判別)の危険がある。しかし本件では、身体検査の欠如等の実体的瑕疵と、説明義務違反が重なっている点が決定的であった。

2 法的評価の骨格 「AIだから0円」ではない

 この決定の射程を見誤ると、「AIを使うと報酬がゼロになる」あるいは「AIの使用自体が違法である」という短絡的な結論に陥る恐れがある。しかし、LG Darmstadtが適用した論理はより精緻であり、問題の本質は「ツールの使用」ではなく「義務の履行」にある。

 裁判所が動かした法規範は、(i) 鑑定人の手続上の義務(個人的義務)、および (ii) その義務違反・瑕疵がある場合の報酬制限の二点である。

 まず、ドイツ民事訴訟法(ZPO)407a条を確認する。同条1項は、鑑定人に対し、委嘱が専門分野に属し、追加の鑑定人を要せず、期限内に完了できるかを直ちに確認し、そうでない場合は裁判所に通知すべき義務を定めている(注2)。これは、鑑定人が自らの能力とリソースで責任を持って職務を遂行できるかを担保するための規定である。

 さらに同条3項は、鑑定人が委嘱を他者に「移転」することを禁じている。ただし、他人の協力を得ること自体は禁止されていないが、その場合には、協力者の氏名を特定し、その作業範囲を明示しなければならない(注2)。これは「個人的義務(persönliche Erstattungspflicht)」と呼ばれ、鑑定書が誰の知的判断に基づいているかを裁判所が把握するために不可欠なルールである。

 これに対応して、報酬面でのサンクションを定めるのが司法報酬補償法(JVEG)8a条である。同条2項は、ZPO 407a条1項・3項等への違反や、鑑定書に根本的な瑕疵がある場合、鑑定人は「目的に照らして利用可能(bestimmungsgemäß verwertbar)」な限度でしか報酬を得られない、とする(注3)。

 ここで重要なのは「利用可能性(Verwertbarkeit)」という概念である。裁判所における鑑定書の目的は、裁判官に専門的知識を提供し、事実認定を補助することにある。もし鑑定書の内容が誰によって作成されたか不明であり、その推論過程に責任を持てる人間が存在しないのであれば、その文書は証拠として採用できない。証拠として採用できない(利用不能な)成果物に対しては、対価を支払う根拠がない。

 報酬額はJVEG 4条に基づく裁判所の決定(Vergütungsfestsetzung)により確定するが(注4)、これは「出来高払い」ではなく、あくまで「司法手続への寄与」に対する対価である。

 LG Darmstadtの判断を法的に整理すれば、以下のようになる。(a) 鑑定書はAI(またはAIを利用した開示されていない第三者)によって作成されており、ZPO 407a条の趣旨である「個人の作成」要件を満たさない。(b) 鑑定人はAIの利用や第三者の関与を開示せず、説明義務に違反した。(c) 結果として、当該鑑定書は信頼性が担保されず、裁判の証拠として「利用不能」である。(d) ゆえに、JVEG 8a条2項により、利用価値ゼロに相当する「0ユーロ」と査定する。

 AIは、ここでは「義務違反」と「利用不能性」を可視化した媒介変数にすぎない。もし人間が代筆し、それを隠していたとしても、同様の結論になったであろう。ただ、AIの場合はその痕跡が(ハルシネーション等により)あまりに杜撰で露見しやすかったという点に特質がある。

3 透明性の核心 「個人の著述」と「監査証跡」

 では、裁判所がこの決定を通じて守ろうとした法的利益、あるいは司法の価値とは何か。鍵は二つある。個人性(personal authorship)と監査可能性(auditability)である。

 第一に、個人性の問題である。鑑定書は、鑑定人の専門的判断(Professional Judgment)を通じて、裁判所が事実認定を行うための装置である。裁判所は「医学一般」の意見を聞きたいのではなく、「選任された特定の専門家」が、本件の具体的な事実関係に専門知を適用した結果どう判断するか、を知りたがっている。

 鑑定人が自らの判断過程を説明できないなら、当事者は反対尋問(あるいはドイツ法における質問権の行使)によってその信用性を検証することができず、裁判所も証拠評価ができない。ZPO 407a条3項が「他人の協力」の名指しを求めるのは、単に裏方の存在を暴くためではない。鑑定の中核部分(推論と結論)が、誰の思考に属するのかを特定し、責任の所在を固定するためである(注2)。AIが生成したテキストをそのまま貼り付けた場合、その思考の主体は不在となり、責任の所在は霧散する。

 第二に、監査可能性の問題である。生成AIは、確率的に尤もらしい文章を生成するが、真実性に対する責任を引き受けない。AIが誤った事実関係を混入させたとしても、AIは偽証罪に問われず、法廷にも立たない。

 したがって、AIを使うことそれ自体が問題なのではなく、AIの出力を、鑑定人が「自らの判断として引き取った」ことを示す監査証跡(Audit Trail)がないことが問題となる。鑑定人が「AIが出力した草案を読み、医学的知見と照らし合わせて修正し、最終的に自分の責任で承認した」と言えるならば、それは「個人の著述」になり得るかもしれない。しかし今回の事案では、裁判所からの照会に対し、鑑定人が作成過程を説明せず、沈黙した。この「プロセスのブラックボックス化」が、疑義を確信へと変え、0ユーロ評価を加速させた(注1)。

 透明性とは、間違いがないこと(無謬性)ではなく、間違いがあったときに検証可能であること(追跡可能性)を指す。この担保がない文書は、司法の場では紙屑と同義である。

4 効率性と信頼性のバランス設計 裁判所側のオプション

 LG Darmstadtの決定は一つの極致であるが、今後、裁判所がAI利用を一律に禁止することは現実的でないし、望ましくもない。専門家の時間単価は高騰しており、司法アクセスの観点からも、AIによる効率化の恩恵は享受すべきである。

 問題は、いかにして「手抜きのAI利用」を排除し、「適正なAI利用」を許容するかという制度設計にある。具体的には、(i)利用の申告、(ii)検証の方法、(iii)記録の保存、という三点セットを制度化する方が、効率と信頼を両立させやすい。

 第一に、申告である。鑑定人に対し、鑑定書提出時に「AI利用の有無・範囲」を明示させる。ここで重要なのは、AIを"使ったか否か"ではなく、"何に使ったか"である。単なる文章整形・要約なのか、事実認定や医学的評価の推論部分に踏み込んだのかで、リスクが異なる。推論部分にAIを用いた場合、それは実質的に「AIへの再委託」となり、ZPO 407a条の禁止する丸投げに抵触する可能性が高まる。

 第二に、検証である。鑑定人に、AI出力の検証手順(例えば、参照資料、検査結果との突合、反証可能性の確認)を短いチェックリストとして記載させる。生成AIは「それらしく」誤るため、検証手順が形式化されていないと、鑑定書は急速に"それっぽい虚偽"へ堕する。裁判所としても、AI利用が申告された鑑定書については、従来よりも厳密に「事実の引用元」を確認する姿勢が求められる。

 第三に、記録である。裁判所が必要とする範囲で、プロンプトや入出力ログを保存し、求めがあれば提示できる体制を整える。これは、技術のための技術ではなく、紛争化したときに因果関係と責任の分配を可能にするための最低限のインフラである。ZPO 407a条5項が、裁判所の求めに応じて資料や調査結果の提出を求め得るのも、同じ方向を向いている(注2)。もし鑑定内容に誤りがあった際、「AIが勝手に書いた」という言い訳を許さないためにも、入力指示(プロンプト)の保全は必須となる。

5 専門家側の実務 「AIを使うなら、AIより厳格に」

 翻って、医師、建築士、会計士等の専門家側に求められる態度は何か。端的に言えば「AIを信用しないこと」である。

 鑑定人はAIを補助者として使ってもよいが、補助者としてのAIは、無責任な新人よりも危うい。新人は少なくとも、何を見て何を考えたかを答え得るが、生成AIはそれができない。

 したがって、専門家は、(a)AIの関与範囲を自ら区分し、(b)中核判断は自らの言葉で書き直し、(c)事実・引用・計算を二重に検証し、(d)説明できる形で作業記録を残す、という運用が必要となる。

 これは倫理の話に見えるが、結局は報酬と信用の話である。LG Darmstadtの0ユーロ決定は、鑑定人が"沈黙"した瞬間に、AIが語り始めることを示している(注1)。専門家としての付加価値は「書くこと」から「検証し、責任を負うこと」へとシフトしていることを認識すべきである。

6 日本法・企業実務への示唆

 このドイツの事例は、日本法の下でも対岸の火事ではない。

 日本においても、裁判所が鑑定人に対して鑑定を嘱託し、その報酬等を支給する枠組みは存在し、民事訴訟費用等に関する法律において、請求により報酬及び必要な費用を支給する旨が定められている(注5)。

 また、最高裁判所による「鑑定料の検討に当たり考慮することが考えられる要素」においても、調査・鑑定の難易や作業量に加え、「鑑定人の関与の態様」等が考慮要素として挙げられている(注6)。もし、日本で同様に「AIが丸写しした鑑定書」が提出され、それが発覚した場合、裁判所が「鑑定人としての誠実な職務遂行がなされていない(民事訴訟法207条等の趣旨に反する)」として、報酬算定において大幅な減額、あるいは事実上の支給拒否(極めて低額な査定)を行うことは十分に考えられる。また、信義則上の義務違反として、損害賠償請求の対象となるリスクすらある。

 さらに、この問題は訴訟における鑑定にとどまらない。企業内のAI利活用、例えば内部監査報告書、コンプライアンス評価、事故調査報告書等の作成においても、同型の問題が生じる。

 効率化のためにAIを入れた結果、誰も説明できない報告書が出来上がると、組織は意思決定不能に陥る。取締役会や監査委員会に提出されたレポートがAIのハルシネーションを含んでいた場合、それをチェックしなかった担当役員の善管注意義務が問われることになるだろう。

 裁判所が求める透明性は、企業ガバナンスの世界でも、そのまま「監査対応可能性」として跳ね返ってくる。


7 雑感

 AIは、文章を速くする。思考の速度を超えて、アウトプットを加速させる。しかし、法は、文章の速さではなく、説明できる責任の所在を要求する。鑑定書に署名をするということは、そこに書かれた全ての言葉に対し、「私が検証し、私が真実であると判断した」という保証を与える行為にほかならない。

 LG Darmstadtの0ユーロ評価は、AI時代の専門家に対し、「便利な道具を持ったのなら、道具を制御できるだけの記録と説明を持て。さもなくば、お前の言葉には1セントの価値もない」と告げているように見える。

 効率化と信頼はトレードオフではない。信頼の条件(透明性と検証可能性)を先に設計したときにだけ、AIによる効率化は持続可能なものとして社会に受容されるのである。

参考資料

注1 LG Darmstadt, Beschl. v. 10.11.2025 – 19 O 527/16(Martin Zwick, "Landgericht verweigert Sachverständigem die Vergütung: Für ein KI-generiertes Gutachten gibt es kein Geld" LinkedIn Post, Jan 6, 2026, 最終閲覧日2026年1月8日)。

注2 Zivilprozessordnung (ZPO) § 407a(buzer.de、最終閲覧日2026年1月8日)。

注3 Justizvergütungs- und -entschädigungsgesetz (JVEG) § 8a(buzer.de、最終閲覧日2026年1月8日)。

注4 Justizvergütungs- und -entschädigungsgesetz (JVEG) § 4(freiRecht.de、最終閲覧日2026年1月8日)。

注5 民事訴訟費用等に関する法律(昭和46年法律第40号)20条(e-Gov法令検索、最終閲覧日2026年1月8日)。

注6 最高裁判所「鑑定料の検討に当たり考慮することが考えられる要素」(裁判所ウェブサイト掲載PDF、最終閲覧日2026年1月8日)。

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