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英国著作権・AI報告書 / 「選好なし」宣言と立法の棚上げ 雑感


Ⅰ オプトアウト案の撤回

 人工知能のモデル学習に既存の著作物をいかに適法に利用させるかは、各国の法制において対立を呼ぶ問題である。英国政府は2026年3月18日、Data (Use and Access) Act 2025(D(UA)A)136条が課す法的義務を履行するものとして、科学・イノベーション・技術省(DSIT)等の連名で125頁に及ぶ報告書を公表した〔注1〕。同報告書における最大の焦点は、政府がこれまで検討してきたオプトアウト権付きデータマイニング例外規定の導入案を事実上撤回し、当面は現行著作権法を維持する方針を示した点にある。

 政府はかつて、権利者が明示的に利用を拒絶しない限り、開発企業が著作物を学習データとして利用できる広範な例外規定(オプション3)を優先案として掲げていた。2024年12月から2025年2月にかけて実施されたコンサルテーションには1万1520件の回答が寄せられたが、その大多数は権利者側・創作産業側のものであった〔注2〕。ポール・マッカートニー、エルトン・ジョン、デュア・リパ、コールドプレイ、俳優のイアン・マッケランらが連名で反対を表明し、著名人による異例の政治的動員が行われた〔注3〕。

 科学・技術担当国務大臣リズ・ケンダルは同日の下院審議において「われわれは耳を傾けた(We have listened)」と述べ、「政府はいかなる選好オプションも持たない」と宣言した〔注4〕。特定の産業を振興するために既存の財産権を制限する立法は、利害関係者の合意なしには正当性を獲得しえない。この判断はその意味で現実的な選択であると筆者は考えるが、同時に問題の解決を先送りしたにとどまるという批判も免れない。

Ⅱ 報告書の論理構造

1 四つのオプションと「証拠の欠如」

 報告書が論じる政策オプションは四つである。オプション0は現状維持(著作権法改正なし)、オプション1は著作権の強化(AIモデル学習へのライセンス義務化)、オプション2はオプトアウトを認めない広範な例外、オプション3はオプトアウト付きの広範な例外である。報告書はこれら四つを引き続きテーブルの上に置きつつ、いずれについても「確定的な判断を下すための証拠が不十分である」との立場をとる〔注5〕。AI開発に対する著作権の影響については「限られた、かつ不確実な証拠しかない」とされており、当面は証拠の蓄積と国際的動向の観察を優先するという姿勢が明確にされている。

 現行の英国法は、テキスト・データマイニング(TDM)例外を非営利目的の研究にのみ認めており、商業的なAI学習については明確な例外規定が存在しない〔注6〕。この点はEU(DSM指令)や日本(著作権法30条の4)との比較においても、英国法が権利者寄りの規律を維持していることを意味する。もっとも、モデルが実際には域外で学習されたうえで英国内に展開される場合、現行法の執行力は事実上限定的にとどまる——報告書がこの問題を裁判所の判断に委ねていることは、後述する通りである。

2 コンピュータ生成著作物の保護廃止提案

 報告書が独自の提案を示す数少ない論点のひとつが、コンピュータ生成著作物の保護規定の廃止方針である。英国の著作権・意匠・特許法(CDPA 1988)9条3項は、人間の著者を持たないコンピュータ生成著作物について、著作者を「著作物の創作に必要な手配を行った者」とみなす規定を置いており、この規定は1988年以来AIの台頭を見越した立法的手当として機能してきた。

 この規定の解釈をめぐっては二つの立場が対立してきた。一方は、同規定はあくまで著作者の帰属に関するものであり、著作物の独創性要件は別途充たす必要があるとする見解である。この立場によれば、確率的手法で生成されたAI出力物はPainer事件〔注7〕等で確立された「著者自身の知的創作」基準を満たさない。他方は、同規定が1987年の議会審議〔注8〕を経て明示的に設けられた以上、独創性要件の例外として機能するという見解である。報告書はいずれの解釈が正しいかについて明示的な判断を避けつつも、AIが単独で生成した著作物を保護対象から外す方向性を示した〔注9〕。著作権の根拠が人間の創造性へのインセンティブ付与にある以上、この方向性は理論的に一貫しており、米国・中国のいずれもAI生成著作物に特段の保護を付与していない実態とも整合する。

3 透明性とライセンス市場

 法改正が見送られた結果、英国における学習データの利用は、現行法の解釈と当事者間のライセンス契約に委ねられることとなる。政府は権利者が適正な対価を得られる市場の発展を支持する姿勢を示しているが〔注10〕、巨大な資本力を持つ開発企業と個人のクリエイターの間には交渉力の非対称性が存在する。公正な契約が自律的に形成されるかは未知数であり、どの著作物が学習データとして利用されたかを権利者が検証するための透明性確保が実効性を伴って実現されるかが、今後の制度設計における中心的な論点となると思料する。報告書は透明性要件についても、EUや米国カリフォルニア州の動向を観察しつつ産業界と協働してベストプラクティスを形成するという姿勢にとどまっており、立法的な義務付けは見送られた〔注11〕。

Ⅲ デジタルレプリカと新たな権利の模索

 本報告書が今後の検討課題として踏み込んでいるもう一つの論点は、生成AIによる人物の精巧な模倣、デジタルレプリカの問題である。これは他の論点と異なり、報告書が相対的に積極的な姿勢を示している領域である。

 特定の俳優や歌手の声・容姿を無断で模倣する技術が高度化している。現行の著作権法はあくまで著作物を保護の対象としており、実演家の属性そのものを直接保護することは困難である。英国法においては詐称通用(passing off)の法理やデータ保護法などを通じた断片的な対応に頼らざるを得ないのが現状であり、保護の網羅性に欠ける〔注12〕。

 政府は実演家らが直面する被害リスクを認め、英国の法体系に新たなパーソナリティ権(personality right)を導入すべきかを含めた制度的選択肢を夏に向けたコンサルテーションで検討すると表明した〔注13〕。これは多くの国で何らかの形で存在する権利であり、立法的実現可能性という点では本報告書中で最も具体性のある提案といえそうである。もっとも、単なる無断利用の禁止にとどまらず、表現の自由・パロディとの境界をいかに画定するか、AIとは直接関係のない文脈への波及を含む制度設計上の難題が残ることも、報告書は率直に認めている。

Ⅳ 立法府が判断を回避することの問題

 本報告書を読んで最も気になるのは、英国の裁判所が1980年代に起草された現行法に基づき、域外でAI学習が行われたモデルを英国内で展開することの適法性を判断することを、政府が事実上前提としている点である〔注14〕。IPKatのOliver Fairhurst氏は、これをロード・サンプション卿が2019年のBBCリース講義で述べた言葉——訴訟は差異を調停できず、勝者がすべてを得るゼロサムゲームである——と対比させて批判している〔注15〕。この指摘は鋭い。

 立法府が明確な政策判断を下すことを回避し、私人間の訴訟の結果に規範形成を委ねるという構造は、AI・著作権の問題でその代償を両方向に及ぼす。権利者は現行の比較的強い保護を名目上は保持しつつも、域外学習という現実の前に執行手段を持てない。AI開発者は法的不確実性が続くなかで投資判断を迫られる。作曲家で著作権活動家のエド・ニュートン=レックスが「事実上すべての選択肢がテーブルの上にある。これは問題を先送りしているに過ぎない」と評した〔注16〕ことは、ひとつの観察として真摯に受け止める必要がある。

 Getty Images対Stability AI事件の控訴審判断が出れば、少なくとも英国法の解釈という文脈では方向性が示されよう〔注17〕。しかしそれは特定の事実関係に基づく判断であり、権利者・開発者・ユーザーの三者の利害を政策的に調整するための立法的判断を代替するものではない。

Ⅴ むすびにかえて

 英国のAI・著作権報告書が示すのは、「正解を持ち得ない問題」に誠実に向き合った記録であるとともに、その誠実さが立法府の決断の棚上げとして機能してしまっている文書でもある、と筆者は評価する。オプトアウト案の棄却は表面上は創作産業の主張を受け入れた形をとっているが、その論拠は感情的共鳴ではなく、証拠の欠如と国際的不確実性に基づく判断であった。それは慎重さ(prudence)と呼ぶべきものであり、単純な迎合ではない。

 しかし同時に、急速な法整備を急ぐよりも民間のライセンスモデルの成熟を待つという姿勢が明確な期限と方法論を欠いたまま長期化するとき、現状の均衡は誰の利益にも服しないまま固定化しかねない。Creative Content Exchange(公文書館・博物館等のデジタルコンテンツをAI開発者に提供するライセンス試験的プラットフォーム)の本格稼働〔注18〕、国際的な司法判断の蓄積、透明性要件の標準化——これらが積み重なったとき、英国が次に示す「選好」が何であるかは、AI・著作権政策の比較法研究においても重要な参照点となるであろう。

(参考) IPKat, "UK Report on Copyright and Artificial Intelligence published" (Oliver Fairhurst, 18 March 2026) https://ipkitten.blogspot.com/2026/03/uk-report-on-copyright-and-artificial.html

〔注1〕 Department for Science, Innovation and Technology ほか「Report on Copyright and Artificial Intelligence」(2026年3月)https://assets.publishing.service.gov.uk/media/69ba692226909a14239612e4/CP2602959_-_Report_on_Copyright_and_Artificial_Intelligence_web.pdf(最終閲覧日:2026年3月20日)〔以下「本報告書」〕。

〔注2〕 本報告書para. 12。

〔注3〕 The Register, "UK backs off default AI training on copyrighted material" (19 March 2026) https://www.theregister.com/2026/03/19/uk_ai_copyright/(最終閲覧日:2026年3月20日)。

〔注4〕 HC Deb 18 March 2026, Copyright and AI(https://hansard.parliament.uk/commons/2026-03-18/debates/26031818000010/CopyrightAndAI, 最終閲覧日:2026年3月20日)。

〔注5〕 本報告書para. 19。

〔注6〕 Oliver Fairhurst "UK Report on Copyright and Artificial Intelligence published" IPKat (18 March 2026) https://ipkitten.blogspot.com/2026/03/uk-report-on-copyright-and-artificial.html(最終閲覧日:2026年3月20日)〔以下「IPKat記事」〕。

〔注7〕 Case C-145/10 Eva-Maria Painer v Standard VerlagsGmbH and Others [2011] ECR I-12533。

〔注8〕 Hansard, HL Deb 12 November 1987(https://hansard.parliament.uk/Lords/1987-11-12/debates/9b959a7b-172a-4e28-8676-1a6747b0f370/CopyrightDesignsAndPatentsBillHl, 最終閲覧日:2026年3月20日)。

〔注9〕 本報告書pp. 104-105。IPKat記事も同箇所を詳細に分析している。

〔注10〕 本報告書para. 40。

〔注11〕 本報告書para. 30。

〔注12〕 IPKat記事(前掲注6)参照。

〔注13〕 本報告書para. 49。

〔注14〕 IPKat記事(前掲注6)参照。

〔注15〕 Lord Sumption, BBC Reith Lecture 2019, Lecture 2 "In praise of politics"(https://downloads.bbc.co.uk/radio4/reith2019/Reith_2019_Sumption_lecture_2.pdf, 最終閲覧日:2026年3月20日)。

〔注16〕 前掲注3 The Register 記事中のEd Newton-Rex 発言。

〔注17〕 Hogan Lovells, "AI and copyright: UK outlook for 2026" https://www.hoganlovells.com/en/publications/ai-and-copyright-uk-outlook-for-2026(最終閲覧日:2026年3月20日)。

〔注18〕 Creative Content Exchange の詳細については前掲注4 HC Deb 18 March 2026 および前掲注17 Hogan Lovells 記事参照。

(マガジン)「AIと法雑感」

※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。
P.S. This is shared for academic discussion only.

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