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ペルー公立病院のAI行政指令 / 医療現場におけるガバナンスの実装 雑感


Ⅰ 公衆衛生分野におけるAIルールの具体化

 医療機関における人工知能の利用をいかに規律するかという問いに対し、ペルーの一公立病院が具体的な行動規範を示した。2026年1月、同国保健省の管轄下にあるリマ・エステ・ビタルテ病院が、人工知能システムの適切な導入と利用に関する行政指令を策定し、同年2月に公表された〔注1〕。

 注目すべきは、本指令が制度的な真空の中で誕生したわけではない点である。ペルーでは2022年に人工知能の責任ある開発と利用を促進するための法律(Ley N° 31814)が制定され、2025年にはその施行規則(Decreto Supremo N° 115-2025-PCM)が公布されていた。本指令はこれらの国家的な法的枠組みを受けて、単一の病院が具体的な内部規則へと落とし込んだものと位置づけられる。抽象的な規範を医療現場の実務手順へ変換する作業がどのような形で行われるのかという観点から、本事例を検討する。

1 システムの一律高リスク指定と監視体制

 本指令において筆者が着目するのは、院内に導入されるすべての人工知能システムを原則として高リスクと分類する方針を採用している点である〔注2〕。診断やトリアージといった直接的な医療行為の支援にとどまらず、予約管理や需要予測といった事務用途であっても同様の扱いを受けると解される。医療空間という環境そのものが患者の生命・身体・プライバシーに直結するという判断が反映されている。

 高リスク分類に伴い、システムには厳格な監督体制、定期的な監査、データの追跡可能性の確保が義務付けられた。機能ごとの精緻なリスク評価を実施するのではなく、医療機関への導入という事実をもって安全側に倒した運用を強いるアプローチは、現場の負担を増大させる可能性をはらむ。他方で、自動化バイアスによる医療過誤を防ぐための現実的な設計でもあると考える。

2 人間の監督義務と責任の所在の固定化

 本指令は、人工知能をあくまで医療スタッフの支援ツールと明確に位置づけている〔注3〕。システムへの意思決定の完全な委譲を禁じ、人間による監督を必須要件とした。推論結果に対する最終的な法的責任は、システムを利用する人間に帰属する。

 不適切なデータ処理や守秘義務違反など、監督義務を怠った利用に対しては行政的、民事的、あるいは刑事的な責任が問われうると規定された。機械の自律性が強まる状況下において、人間側の法的責任を現場の行動規範として固定化する態度は、既存の責任体系を維持しながら新技術を運用する上での一つの基準となりうる。

Ⅱ 理念を実務手順へと変換する組織的統制

 世界保健機関が提唱する人間の自律性保護、公平性の確保、透明性の保障といった六つの原則〔注4〕は、そのままでは現場の職員が遵守すべき手続きとして機能しづらい。本指令は、それらの原則を具体的な評価シートや審査プロセスへと落とし込んでいる。

1 ガバナンス委員会による一元管理

 院内に人工知能ガバナンス委員会を新設し、すべてのプロジェクトについて導入前の評価と承認を行わせる体制が構築された〔注5〕。委員会には病院長室、統計・情報技術部門、医療品質部門、個人データ保護担当官、デジタルガバナンス委員会の各部署から代表者が参加し、システム稼働後の品質監視や問題発生時の運用停止の判断までを一貫して担う。さらに、医療情報の国際標準規格であるHL7やFHIRの採用、データの暗号化、脆弱性テストの実施といった情報セキュリティ対策も技術的な必須要件として指定されている。

2 付属書による手続の定型化

 指令の末尾には四つの書式が添付されている。システム登録票、導入前プロジェクト評価票、データ保護影響評価票(DPIA)、インシデント発生時の対応記録票であり、現場の運用担当者がどの時点でどのような評価を行うべきかという手順を定型化している〔注6〕。倫理的な要請を審査手続きという実務の言語に変換する工夫であると解する。とりわけDPIAを事前評価の必須要素として組み込んだ点は、データ保護を事後的な対応ではなく設計段階からの課題として位置づける考え方と符合する。

Ⅲ むすびにかえて

 技術の進化に対し、国家による網羅的な法整備は常に後れを取る。そのような間隙を埋めるように、直接的な危険と直面する医療機関が自ら管理の仕組みを構築した事実は重い。ペルーはすでに国家レベルのAI法とその施行規則を有しているが、それでもなお、個別の医療機関が内部規則によって補完的なガバナンスを整備する必要があった。法令の存在が現場の実装を自動的に保障しないことを、本事例は示している。

 一律の高リスク指定と厳格な人間の監督、そして定型化された評価手続を組み合わせたアプローチは、他の医療機関が運用ルールを設計する際の一つの参照点となりうる。

(参考)ペルーのAIガバナンス


〔注1〕 Hospital de Lima Este-Vitarte "Directiva Administrativa N° 001-OETI-HLEV-2026: Directiva Administrativa para la Adecuada Implementación y Uso de los Sistemas de Inteligencia Artificial en el Hospital de Lima Este – Vitarte" Versión 01 (Enero 2026).

〔注2〕 前掲注1・第6.1条「Los sistemas de Inteligencia Artificial que se implementen en el HLEV serán considerados de alto riesgo」。

〔注3〕 前掲注1・第6.3条。人工知能への意思決定の完全委任、データの操作、守秘義務の侵害を不適切な利用として、行政的・民事的・刑事的責任の根拠としている。

〔注4〕 前掲注1・第5.3条。世界保健機関(OMS)の定める六原則として、人間の自律性の保護、人間の福祉と安全の促進、透明性・明確性・可理解性の確保、責任と説明責任の促進、包摂と公平性の確保、応答性と持続可能性の促進が列挙されている。

〔注5〕 前掲注1・第7条。委員会の構成員として、病院長室(Dirección del Hospital)、統計・情報技術部門(Oficina de Estadística y Tecnologías de la Información)、医療品質部門(Oficina de Calidad en Salud)、個人データ保護担当官(Oficial de Datos Personales)、デジタルガバナンス委員会(Comité de Gobierno Digital)が明記されている。

〔注6〕 前掲注1・第8条(付属書1から4)。各付属書はシステム登録票(Anexo N° 01)、プロジェクト事前評価票(Anexo N° 02)、データ保護影響評価票(Anexo N° 03)、インシデント管理・システム撤退票(Anexo N° 04)から構成される。

(マガジン)「AIと法-雑感」

 ※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
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