ペルー労働雇用促進省「デジタル政府計画2026-2028」 / 労働行政へのAI実装 雑感
Ⅰ 公共サービスとアルゴリズムの交錯
2月12日、ペルー労働雇用促進省(Ministerio de Trabajo y Promoción del Empleo、以下MTPE)が2026年から2028年までのデジタル政府計画を発表した旨がSNSを通じて共有された。同省の公表した原典にあたると、全96頁にわたり、労働市場の公式化や雇用促進を目的とする24件のデジタルプロジェクトが計上され、そのうち複数に人工知能を組み込む方針が打ち出されている〔注1〕。総予算は約1,113万ソルであり、年度別に2026年約377万ソル、2027年約540万ソル、2028年約196万ソルと配分されている〔注2〕。
国家機関が提供する公共サービスにアルゴリズムを実装する試みは各国で進行している。具体的な行政文書からその狙いと課題を読み解く作業は、技術と法制度の交差領域を考察するうえで独自の示唆を与えてくれる。筆者は、行政による機械的推論の活用がもたらす実務的および法的な論点について検討する。
1 求職活動への個別的支援
MTPEの計画において目を引くのは、市民の経済生活に直結する領域へアルゴリズムを直接的に介入させている事実である。具体的には、人工知能を用いたインテリジェントCVシステム(P7)の構築が提案されている。これは求職者の履歴書作成をウェブおよびモバイル環境で支援し、個人の属性に合わせた求人情報の提供、就職面接のシミュレーション、雇用可能性向上のための推薦取得という4つの主要サービスを市民が自己管理できるように設計されたプラットフォームである〔注3〕。国家雇用サービス総局(Dirección General del Servicio Nacional del Empleo)が所管し、予算は約112万6千ソル、WhatsAppを通じたチャネル連携も想定されている。行政機関が単なる求人情報の提供を超え、面接訓練や自己アピールといった個人的な領域にまで機械を通じて支援を試みる姿勢は、雇用政策のアプローチとして踏み込んだものといえる。
同時に、就職面接のシミュレーションや履歴書の最適化といった機能は、求職者の経歴データに基づくプロファイリングを伴う。機械による評価が特定の集団に対する偏見を増幅させないよう、判断過程の透明性と公平性を担保する仕組みが求められる。ペルーでは人工知能の使用を促進する法律(Ley N° 31814)およびその施行規則(Decreto Supremo N° 115-2025-PCM)が整備されており、デジタル政府計画も当該法的枠組みを前提としている〔注4〕。施行規則は行政機関に対し1年以内の適用・実施を義務づけ、AIの開発・実装・使用を安全、倫理的、持続可能、透明、再現可能、責任ある、かつ包摂的な態様で行うことを求めている〔注5〕。MTPEの計画はこの期限を意識した設計となっているが、システムの出力に対する説明責任をいかに果たすかが、実装段階における課題となる。
2 法的支援の自動化と責任分配
行政手続や法的支援の領域でも、機械の支援に基づくセルフサービス方式の導入が企図されている。統合労働サービスシステム(P19)のプロジェクトでは、市民が自らの権利を理解し、法的指導を受けたうえで各種申請をオンライン処理できるよう支援する設計がなされている〔注6〕。予算は約452万5千ソルにのぼり、24件中で最大規模である。労働者向け無料法的防衛・助言サービスの領域において、相談、社会的給付の精算、行政調停、無料司法支援を単一のデジタルプラットフォームに統合し、給与台帳電子システム等の既存の行政情報との相互運用も想定されている。加えて、手続きの案内を担うデジタルサービスプラットフォーム(P24)には、同省のあらゆるサービスについて即時に回答を提供するAIチャットボットが組み込まれ、専門的対応が必要な場合は人間の担当者へ引き継ぐ設計となっている〔注7〕。
労働法制は複雑であり、労働者自身が権利を正確に把握することは容易ではない。機械を通じて法的知識へのアクセス障壁を下げる試みは、司法アクセスの観点から評価しうる。他方、行政が提供する法的指導に機械処理を用いる場合、出力結果の正確性と適法性が厳しく問われることになる。統合労働サービスシステムは市民の権利行使を直接的に補助する機能を持つと想定されるが、不適切な法的助言がなされた場合に市民が被る不利益の救済手法を確保する必要がある。出力結果に依拠して市民が不利益を被った場合、その責任をシステム側に帰属させることは困難である。システムの自律性を一定程度許容しつつも、事後的な検証可能性と救済の経路を明確に定めておくことが不可欠であると解する。
Ⅱ データ駆動型行政における予測と統制
労働市場の需要を分析する職業需要調査コンピュータシステム(EDO、P9)の強化において、AIツールを用いたデータの一貫性確保と記述分析のモジュール、さらに統計レポートの動的生成や潜在的受益企業の焦点化のための予測モデルが組み込まれる点も看過できない〔注8〕。市場の労働需要を機械処理で予測し、それに基づいて若年者向け職業訓練プログラムや能力認証サービスなど、MTPE傘下の各種施策の資源配分を最適化する手法は、データ駆動型行政の典型である。
収集したデータを処理して労働市場の動向を把握する手法は、より実効性の高い雇用政策の立案に直結する。MTPEの計画では、データガバナンスの制度基盤として、デジタル変革国家システム施行令(Decreto Supremo N° 157-2021-PCM)第13条に基づくデジタル政府・変革委員会が省内に設置され、デジタル変革リーダー、セキュリティ・デジタル信頼担当官、データガバナンス担当官、個人データ担当官という4つの法定ロールが分掌されている〔注9〕。個人データ保護、情報セキュリティ、データガバナンスをそれぞれ独立した担当官に割り当てる仕組みは、責任の所在を明確にする点で合理的である。
もっとも、こうした分析モデルは過去のデータに依存するため、既存の労働市場に存在する構造的偏りを再生産する危険を常に孕んでいる。ペルーの2024年の常用雇用国家調査によれば、正規雇用の労働者の平均所得は月額3,040ソルであるのに対し、非正規雇用の労働者は月額1,165ソルにとどまる〔注10〕。約1,200万人を擁する非正規労働者登録の対象者に対して、過去データから学習したモデルがどのような推薦を行うかは、公平性の観点から注視を要する。技術的な処理能力の向上と法的な公平性の担保をどのように両立させるかが問われていると思料する。
Ⅲ むすびにかえて
ペルーの事例は、推論技術がいかにして具体的な行政サービスに組み込まれつつあるかを示すひとつの実践例である。労働や雇用という市民生活の根幹に関わる領域への技術導入は、利便性の向上をもたらす反面、推論の偏倚や法的責任の所在といった複雑な課題を伴う。AI促進法という単行法と施行令によって行政機関のAI関連義務が明確に規定され、省内ガバナンス体制が法定ロールとともに制度化されている点は、ガイドラインへの依存度が高い日本の現状と対比した際、制度設計の一つのあり方として参照しうる。
計画の段階から実際の実装と運用に至る過程で、新興技術と法制度との摩擦がどのように調整されていくのか。自動化による支援と人間の専門家による介入の均衡を取りながら、市民の権利保障を中心とする仕組みづくりが求められる。
〔注1〕 Ministerio de Trabajo y Promoción del Empleo「Plan de Gobierno Digital 2026-2028」(2026年)51-54頁, last visited 2026年2月28日.
〔注2〕 同上、54頁。
〔注3〕 同上、72-73頁(Ficha Técnica del Proyecto P7)。
〔注4〕 同上、18-19頁。
〔注5〕 同上、18-19頁。Decreto Supremo N° 115-2025-PCMは、AIの開発・実装・使用に関する一般的義務を行政機関に対し1年以内に適用・実施することを求めている。
〔注6〕 同上、88-89頁(Ficha Técnica del Proyecto P19)。
〔注7〕 同上、95-96頁(Ficha Técnica del Proyecto P24)。
〔注8〕 同上、76-77頁(Ficha Técnica del Proyecto P9)。
〔注9〕 同上、19頁および26頁。Decreto Supremo N° 157-2021-PCM第13条に基づく。
〔注10〕 同上、74-75頁(Ficha Técnica del Proyecto P8)。Encuesta Permanente de Empleo Nacional(EPEN)2024年のデータとして引用されている。
(マガジン)「AIと法-雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
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