AI推進法 / 日本のAIガバナンスの全体像 / HAIP・AISIと「ソフトロー」雑感
つい先日、国民の生成AI利用を将来8割にすることなどを掲げた日本政府の初基本計画案の全容が先ほど発表されたところである(2025.12.2)。
日本のAIまわりの制度が、最近かなり賑やかになってきている。AI推進法、HAIP、AISI、サイバー対処能力強化法、そして各種ガイドライン群、雑多な断片が増えてきたため、この機に日本のAIガバナンスの全体像について大まかに書き留めておきたいと思う。
以下、AI推進法を起点に、附帯決議・国際枠組み・ソフトロー・抽象的規定の効用といった話題を、あくまで雑感レベルで並べるものである。
※バージョンアップ版は以下を確認ください。
1 日本のAI推進法の位置づけ
日本法制の中でAIを真正面から掲げる法律として、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(令和七年法律第五三号、以下「AI推進法」)が成立した。 名称からも分かるとおり、この法律はAIを「規制」するというより、「研究開発と活用を推進する」方向にベクトルを持つ基本法である。
目的条項は、AI関連技術の研究開発および活用に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、国民生活の向上と国民経済の健全な発展に寄与することと定める。
本法において政府は、「人工知能基本計画」を定めるものとされている(18条)。この基本計画のもとで、研究開発、人材育成、教育、国際協力など、AIに関する横断的な政策パッケージが組まれていく構造になっている。
民間側との接点として特徴的なのは、第7条が定める「活用事業者の責務」である。AI活用事業者は、基本理念にのっとり、自ら積極的なAIの活用により事業活動の効率化・高度化や新産業の創出に努めるとともに、国および地方公共団体が実施する施策に協力しなければならないとされる(7条)。ここでは、AI活用事業者に対し、AIの積極活用と公的施策への協力という二つの方向での「努力義務」が規定されているにとどまり、罰則を伴う義務付けではない点が重要である。
また国は、国内外のAIの研究開発および活用の動向に関する情報収集、不正な目的または不適切な方法によるAIの研究開発または活用に伴って国民の権利利益の侵害が生じた事案の分析、それに基づく対策の検討等を行う(16条)。
その結果に基づいて、研究開発機関、活用事業者その他の者に対する指導、助言、情報提供その他必要な措置を講ずるとされるが、ここでも行政指導・情報提供レベルにとどまり、罰則付きの義務付けは設けられていない。
さらに、第17条は、AI推進に向けた国際協力および国際的な規範の策定への積極的な参画を国に課している。国内政策と国際ルール形成とを接続するハブとしてAI推進法が位置づけられた構造といえる。
人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和七年法律第五三号) E-Gov法令検索(総務省行政管理局)
(参考)AI戦略動向「人工知能戦略本部」の始動と国家の基本方針「AI基本計画」
2 AIホワイトペーパーと附帯決議
AI推進法をめぐっては、法文そのものよりも、周辺に積み上がった政策文書や附帯決議の方が、将来の具体的な運用像を示しているように感じられる。
与党プロジェクトチームが取りまとめた「AIホワイトペーパー」は、生成AIを含むAI技術をめぐる便益とリスクを整理し、「世界一AIフレンドリーな国」を標榜しつつ、安全性・信頼性の確保を図るという基本トーンを明確にしている。
自由民主党AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム『AIホワイトペーパー2025』 自由民主党政策調査会ウェブサイト(PDF資料) https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/210615_12.pdf
これと並んで、AI推進法には衆参両院で附帯決議が付されている。内容を極めてラフに整理すると、次のような方向性が読み取れる。
・人間の尊厳を尊重することを前提に、いわゆるAIアライメント(人間の倫理観・価値観・目的に沿うAI)を踏まえた研究開発を推進すること。
・AIのリスク最小化と導入促進による便益の双方を考慮した政策運営を行うこと。
・AIの便益とリスクについて、事業者・国民への周知徹底と、学校教育・社会教育を通じたリテラシー教育の推進を図ること。
・ディープフェイクポルノを含む有害な生成物への厳正な対処と、その対策の実効性を強化すること。
・日本語生成AIの研究開発支援を国家戦略上の重点と位置づけること。
・AI関連市場の環境整備と新規参入障壁の撤廃を通じ、競争とイノベーションを促すこと。
・学際的なAI人材育成と、官民双方による投資促進を行うこと。 ・行政・地域におけるAI活用を促進しつつ、適正利用を徹底すること。
・事業者指導においては、知的財産保護と規制の実効性確保とのバランスを図ること。
・HAIP等の国際行動規範に基づく報告と、国内法制度との連携を通じて、効率的な運用を図ること。
これらは、AI推進法の「推進」ベクトルの背後に、人間の尊厳・アライメント・リテラシー・日本語生成AI・産業競争力・国際協調といったキーワードが並んでいることを示している。条文の抽象性を、附帯決議が補う構図である。
内閣府「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」関連ページ(概要・附帯決議リンク等)
3 HAIPとOECD透明性フレームワーク
国際的な枠組みとしては、G7広島AIプロセス(Hiroshima AI Process, HAIP)の一環として策定された「透明性報告フレームワーク」が重要な参照点となっている。 このフレームワークは、先端的なAIシステムを開発する事業者に対し、リスク評価や緩和措置の内容等について一定の項目に沿った自己報告を促すものであり、OECDのプラットフォーム上に各社のレポートが集約されている。形式が統一されているため、各社のリスク認識や対応策を比較しやすく、実務上も便利なリファレンスになっている。 世界的テック企業の多くが参加し、日本企業も含めたレポートが一ページにコンパクトに整理されていることから、プラットフォーマー企業の日本法人の法務部門でも、HAIPレポートを参照する場面が増えているように感じられる。HAIPは、国際的なAIガバナンスの「情報公開インフラ」として機能しつつあり、日本の事業者実務ともゆるやかに接続している。
4 国内の各種ガイドラインと契約チェックリスト
国内のAI規律を俯瞰してみると、現時点で中核を成しているのは、広義のソフトロー、すなわち各種ペーパーや業界・協会ごとのガイドライン群である。
経済産業省・総務省が策定した「AI事業者ガイドライン」(第1.0版、1.01版、1.1版)は、AI開発者・提供者・利用者を広く想定し、AI原則を実務でどう運用するかを示す包括的なガイドラインである。最新版では、リスクベースアプローチやマルチステークホルダー・プロセスが前面に出ており、政府主導の一方通行というよりも、関係者間の合意形成を重視する構造になっている。
経済産業省・総務省「AI事業者ガイドライン」(第1.0版、第1.01版、第1.1版)関連ページ
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/index.html
https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004.html
また、経済産業省は「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」を取りまとめ、生成AIの普及を含む市場環境の変化を踏まえた契約実務上の留意点を整理している。チェックリストは、利用型契約と開発型契約を区分しつつ、インプット(データ・プロンプト)とアウトプット(生成物)の取扱い、個人情報保護、セキュリティ、規約改定などの論点を具体的なチェック項目として示すものであり、AIに不慣れな事業者でも使いやすいフォーマットになっている。
経済産業省「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」および同ニュースリリース
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/connected_industries/sharing_and_utilization.html
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/connected_industries/sharing_and_utilization.html
https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218003/20250218003.html
行政自身のAI活用に関しては、デジタル庁が「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」を策定している。このガイドラインは、政府の各種業務への生成AIの利活用促進とリスク管理を「表裏一体で」進めることを目的とし、政府内部のAIガバナンス・ベストプラクティスの共有体制、生成AIの調達・利活用における留意すべきリスク、費用対効果や品質確保の考え方等を整理している。
デジタル庁「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」関連ページ・PDF
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e2a06143-ed29-4f1d-9c31-0f06fca67afc/80419aea/20250527_resources_standard_guidelines_guideline_01.pdf
以上のようなガイドラインやチェックリストは、いずれも法的拘束力をもたないソフトローであるが、実務上はAI推進法とセットで参照される「準基準」のような役割を果たしつつある。
5 AISIと国際ネットワーク
AI推進法第17条が国際協力と国際規範形成への参画を掲げる一方、その具体的な受け皿として、日本版AIセーフティ・インスティテュート(AI Safety Institute, AISI)が設立されている。 AISIは、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の中に設置された機関であり、安全・安心で信頼できるAIの実現に向けて、AIの安全性に関する評価手法や基準の検討・推進を行う役割を担う。
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)公式サイトおよび設立に関するプレスリリース(内閣府・経済産業省)
日本政府のプレスリリースでも、米国や英国のAI Safety Instituteとの連携を前提とした国際ネットワークの一角として位置づけられている。 海外側では、英国AI Safety Instituteが大規模言語モデル評価フレームワーク「Inspect」を公開しており、モデルのコーディング能力、推論能力、エージェント的振る舞いなどに関する評価基盤として利用されている。 AISIの公表資料や関連ガイドラインでは、こうした海外の評価ツールや基準が逐次紹介されており、日本としても、国際AISIネットワークと協調しつつ、安全性評価の共通言語を整備していく方向性が見えてきつつある。
OECD「G7 Hiroshima AI Process (HAIP) Reporting Framework」およびTransparencyプラットフォーム
https://transparency.oecd.ai/ https://www.oecd.org/en/events/2025/02/launch-of-the-hiroshima-ai-process-reporting-framework.html https://www.oecd.org/en/about/news/press-releases/2025/09/oecd-finds-growing-transparency-efforts-among-leading-ai-developers.html
UK AI Safety Institute「Inspect AI」公式サイトおよびGitHubリポジトリ https://inspect.aisi.org.uk/
https://inspect.aisi.org.uk/tutorial.html https://github.com/UKGovernmentBEIS/inspect_ai
6 サイバー対処能力強化法との接点
AI安全保障と隣接領域として、「サイバー対処能力強化法」およびその整備法も触れておきたい。正式名称は「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」(令和七年法律第四二号)であり、いわゆる能動的サイバー防御法として報道されているものである。 この法律および整備法は、サイバー安全保障分野における対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させることを目指し、次のような要素を中核に据えていると整理できる。
・官民連携の強化 基幹インフラ事業者からのインシデント報告義務や、情報共有・対策のための協議会の設置などを通じて、政府と重要インフラ事業者との間の情報連携を制度化する。
・通信情報の利用 サイバー攻撃の実態把握のため、一定の条件の下で通信情報を機械的に取得・分析し、その運用については独立した監視機関によるチェックを受ける。
・アクセス・無害化措置 重大な危害を防止するため、警察・自衛隊等が攻撃サーバ等に対してアクセスし、必要な技術的措置(無害化)を講じる枠組みを整備する。
・組織・体制整備 サイバーセキュリティ戦略本部の改組、内閣サイバー官の新設など、政府内の司令塔機能を強化する。
この法律自体はAI規制法ではないが、AIがサイバー攻撃の文脈で利用されうること、またサイバー空間における通信情報の収集・分析がAI評価実務とも技術的基盤を共有しうることを考えると、AIガバナンスとの重なりは今後増していくと予想される。
重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律(サイバー対処能力強化法)(令和七年法律第四二号)および同整備法 内閣官房「サイバー安全保障に関する取組(能動的サイバー防御の実現に向けた検討など)」
内閣官房・国家サイバー統括室ほかによるサイバー対処能力強化法の説明資料・リーフレット
7 日本のAI規制は「ソフトロー」が中核
以上のような法制度・ガイドライン群を眺めると、現時点の日本におけるAI規制は、広義のソフトロー(各種ペーパー、業界や協会単位のガイドライン)の重層構造として整理するのが適切であると考える。AI推進法は文字通り、AIを「規制」する法律ではなく、「推進」するベクトルを持つ基本法であり、具体的な行動規範の多くはソフトロー側で肉付けされている。 AIの動きは本当に早く、一日単位で状況が変わりうる。情報の陳腐化も極めて速い。そのような環境では、厳格なハードローで細かく定めるよりも、まず実務対応や自主規制が先行し、後から法制度が追いかける構造にならざるをえない。上述のソフトローによる対応は、その意味で時流に即した合理的なアプローチと評価しうる。 世界的に見ても、EU AI Actのような包括的ハードローは例外的であり、多くの国・地域では、原則レベルの文書やガイドライン・ベストプラクティス集といったソフトローが依然として少なくない。
8 抽象的・理念的規定の効用
このようなソフトロー中心の状況において、示唆として挙げておきたいのが「抽象的・理念的規定の創設の有用性」である。 AI時代における規制の在り方を考えるとき、民法における不法行為(709条)や、会社法における取締役の善管注意義務などの抽象的な義務規定は、依然として使い勝手のよいツールであると感じる。AI技術や利用態様が刻々と変化する状況では、技術に密着した詳細規定よりも、一定の解釈空間を残した抽象的規定の方が、むしろ柔軟に機能する場面が少なくない。 抽象的・理念的規定の創設は、今後のソフトロー策定においても、さらには約款や社内規程レベルのルール設計においても有用な視点になりうる。AI事業者ガイドラインや契約チェックリストなども、究極的には「AIの利活用における望ましい行動原則」を抽象的に提示しつつ、具体事案ごとにそれをどう具現化するかを各主体に委ねる構造として理解できる。
9 民主主義的プロセスと情報提供
他方、このような形でAI規制を検討する場合、実質的な意味での民主主義的な立法・規制立案プロセスをフルに機能させることが難しい側面が、一定程度やむを得ず生じる。 テクノロジーの変化スピードと、議会民主主義の熟議プロセスのスピードとのギャップは、どうしても埋めがたい。AIガバナンスにおいては、すべてのルールを議会で細かく定めるよりも、行政機関や専門機関(AISIなど)がソフトローや技術的基準を迅速にアップデートしていくことが求められる。その結果、形式的には民主的な正統性を持たないガイドラインが、実務上は強い規範力を帯びることになる。
このような環境でAI規制を設計するにあたっては、少なくとも次の二点がより重要性を増すと考える。 第一に、予見可能性の担保である。ソフトローや行政指針が頻繁に更新されるとしても、どのような方向でルールが動きうるのか、事業者や市民が合理的に予測できる程度には、原理原則やプロセスの透明性を確保する必要がある。 第二に、市民がAIに関連する意思決定を行う際に、その意思決定に至るまでの過程で適切な情報提供がなされる体制の構築である。AIの便益とリスク、利用されているAIシステムの性質、トレードオフの所在などについて、理解可能な形で情報が提供されていることが、民主主義的コントロールの最低限の前提になる。
AI推進法・HAIP・AISI・サイバー対処能力強化法・各種ガイドラインといった制度群は、単なる「AI政策パッケージ」ではなく、民主主義とテクノロジーのスピード差をどう埋めるかという、もう少し根の深い問題に対する暫定的な答えでもある。その暫定性を引き受けつつ、「抽象的規定+ソフトロー+情報提供」という三つ巴の組合せをどう成熟させていくかが、日本のAIガバナンスの次の論点になっていくと感じている。
(マガジン)「AIと法-雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
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