見えない撮影と同意の臨界 / スマートグラスと肖像権の射程 雑感
0 アブストラクト
撮られる側の同意を軸とする保護は、撮られていることを本人が知覚できるという前提の上に成り立っている。フレームに埋め込まれたセンサーで装着者の視界を写し続けるスマートグラスは、通常の眼鏡と外見上区別がつかず、周囲の者が撮影の有無を知覚する手がかりを奪う。本稿は、この知覚の前提が失われるとき、問題が個々のデータ処理の当否から、常時監視という集合的な負荷へと移ることを論じ、日本の肖像権判例と個人情報保護法がこの局面にどこまで届くのかを検討する。
フランスのデータ保護当局である情報処理と自由に関する国家委員会(CNIL)は、2026年の注意喚起と、G7データ保護・プライバシー機関ラウンドテーブルの議長として取りまとめた比較文書において、スマートグラスが不可視で遍在する監視を常態化させる危険を指摘した。2026年1月に成人2128人を対象に行った調査では、回答者の67%がこの機器をプライバシーへの危険とみなしている。CNILは同時に、問題がデータ保護の枠を超えるとして、欧州データ保護会議(EDPB)や他の当局との連携を求めている。データ保護を所管する当局が自らの枠の外を指し示していることに、本稿は問題の在りかを読む。
Ⅰ スマートグラスが崩す通知と同意の前提
スマートグラスは、マイクとカメラをフレームに収め、専用のアプリを介して装着者の携帯電話に接続する眼鏡である。CNILの整理によれば、多くの機種はAIシステムと結ばれ、天気のような一般的な問いにも、目の前の光景を説明せよといった環境依存の問いにも応答し、その応答のためにカメラやマイクが起動する。撮影や録音が、装着者の明示的な操作を経ずに引き起こされうる構造だといえる。
1 向ける端末と、見るものを常に写す端末
スマートフォンとの違いが、この機器の性格を決めていると思われる。携帯電話は取り出して向きを定める必要があり、利用者が向けたものしか写らない。これに対し、スマートグラスは装着者が見ているものをそのまま写す。周囲の者にとって、それが通常の眼鏡かセンサーを備えた眼鏡かを外見から見分けることは難しい。CNILは、録画を知らせるための表示灯のような技術的な仕組みが、及ぶ範囲が限られ、用途によっては備わってすらいないと指摘する。撮られていることを知覚し、応じるか否かを選ぶという同意の前提が、機器の物理的な条件によって掘り崩されていると読める。
2 個別のデータ処理から、常時監視という集合的な問題へ
さきの調査で示された懸念は、自己の肖像と同意、ディープフェイクのような悪用、収集された情報の行方に向けられている。CNILの見立てでは、危険は個々の撮影の当否にとどまらない。固定され、規律され、識別可能な監視、すなわち私たちが見慣れ、それと分かる映像による監視から、移動し、ほとんど見えず、遍在する監視への移行が起きうる。機器の価格が高くないことは、社会空間がセンサーで飽和する事態につながりうる。だれもが自らの一挙一動が記録されているかもしれないと絶えず疑い、恒常的な自己検閲が育つならば、表現や集会、示威行動といった自由の行使そのものが脅かされる、というのがCNILの懸念である。ここで問われているのは、特定個人の一枚の写真というより、社会全体にかかる萎縮という拡散した負荷であろう。
不可視の撮影が抽象的な懸念にとどまらないことは、現実の事例が示している。G7各機関の比較文書は、スマートグラスが撮影した映像を人手による確認のために第三者の委託先へ送っていたことをめぐり、米国で集団訴訟が提起されたことに触れている。装着者すら、人が映像を見ていることを明確に意識しないまま、私的な場面を含む記録が外部の作業者に渡っていたとされる。撮影の不可視性は、被写体だけでなく装着者の把握をも超えたところで作動しうる。
Ⅱ データ保護当局が自らの管轄外を語ること
CNILは、スマートグラスの利用が原則としてGDPR(EU一般データ保護規則)とフランスのデータ保護法の適用を受けるとしつつ、この法的枠組みを超えて、より広いプライバシー上の危険と倫理的・社会的な問題が生じ、それはCNILの権限だけでは扱いきれないと述べている。純粋に私的な利用にGDPRが及ぶかどうかについて、CNILがこの注意喚起で明確な立場をとっていない点も、問題の位置を映していると思われる。個人が私的・家庭的な活動として行う処理を適用外とするGDPR2条2項cの存在が、そこには影を落としている。
CNILが援用するのは、データ保護法制の外にある一般法である。フランス民法典9条はあらゆる場所での私生活の尊重を保障し、フランス刑法典226-1条は、私的な場所における人の像を同意なく固定し、記録し、または伝達する行為を、1年の拘禁と4万5000ユーロの罰金で処罰する。フランスには、データ保護法とは別に、私生活と像を保護する一般的な民事・刑事の規律が用意されている。CNILの行動計画は、法的・技術的な論点の分析をEDPBの水準で欧州の他機関と進め、データ保護を超える論点については他の所管当局と協議し、催事の場で啓発を図るという方向をとる。あわせて、利用者に向けた実務上の心得が示された。周囲への告知、不要になった時点での機能停止、携帯電話の使用が禁じられる場所での電源切断、社会的な場に公表する前の被写体の同意取得などである。G7の比較文書やEDPBに委嘱された社会的受容性に関する報告は、この取組みが一国にとどまらないことを示している。
筆者は、この一連の動きを、規制の失敗としてではなく、枠組みの限界の自認として読みたい。データ保護法は、識別された個人のデータ処理を、通知と同意を軸に規律する制度である。ところが、スマートグラスが生む主要な負荷は、特定個人への一回の処理というより、社会空間に広がる不可視の監視と、それがもたらす萎縮にある。個人の権利を基軸とするデータ保護の枠は、この拡散した集合的な負荷を正面から捉えるようにはできていないのであろう。社会的信頼へと議論が移るという語り口は、当局が担うべく設計された枠の外側に、肝心の負荷が位置していることの言い換えのようにも見える。
Ⅲ 判例法としての肖像権と個人情報保護法の隙間
同じ不可視の撮影という問題に、日本の法はどう向き合うのか。ここでは、原典が扱う論点と直接対応する範囲で、肖像権と個人情報保護法の届く範囲を検討する。
1 みだりに撮影されない自由と、公表されて初めて争える現実
日本では、肖像の保護はもっぱら判例の積み重ねによって形づくられてきた。京都府学連事件で最高裁は、憲法13条を根拠に、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有すると述べた〔注3〕。これは警察による撮影が問われた事案であったが、私人間の撮影については、最高裁が、人はみだりに自己の容ぼう等を撮影されないことについて法律上保護されるべき人格的利益を有するとし、撮影が不法行為法上違法となるかは、被撮影者の社会的地位や活動内容、撮影の場所・目的・態様・必要性などを総合考慮し、受忍の限度を超えるかで判断すべきものとした〔注4〕。同判決は、撮影された像をみだりに公表されない人格的利益にも言及している。
もっとも、この枠組みは事後の不法行為責任を通じて働くため、被写体が撮影の事実を知らなければ動き出しにくい。ひそかに撮られた場合、その事実は写真が公表されて初めて知られることが多く、撮影と公表の双方を併せて争う形になりやすい。スマートグラスは、この知覚の欠落をさらに広げると思われる。撮影が日常の動作に溶け込み、外形からは見えなくなるほど、受忍限度の総合考慮が前提とする、本人が知って訴えるという契機は遠のく。判例が築いた保護は、公表という可視の入口を欠いた不可視の撮影に対しては、弱くしか及ばないのであろう。
2 個人利用の隙間と、継続的・網羅的な把握という視点
個人情報保護法の側にも、届きにくい領域がある。同法にいう個人情報は、特定の個人を識別できる情報であり(2条1項)、その取扱いに義務を負うのは、個人情報データベース等を事業の用に供する個人情報取扱事業者である(16条2項)。私人が私的にスマートグラスで周囲を写す限り、事業者としての義務は原則として及ばない。個人情報保護委員会は、カメラで撮影した顔画像も特定個人を識別できる場合には個人情報にあたるとし、利用目的の特定や通知・公表を求めているが、この規律が働くのは事業としての利用の場面である。私的利用を適用外とする構造は、CNILが触れたGDPRの家庭内活動の例外と軌を一にしている。
視点を変える手がかりとして、筆者はGPS捜査事件を挙げたい。最高裁は、車両に無断でGPS端末を取り付けて位置情報を継続的に把握する捜査について、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴い、私的領域への侵入を伴う強制の処分であるとして、令状なしには許されないとした〔注5〕。これは捜査機関の権限が問われた刑事手続の事案であり、私人が用いる装着型機器にそのまま重ねられるものではない。ただ、G7の比較文書自身が、この判断をスマートグラスに引き寄せている。固定カメラに対する日本の裁判例が、特定個人の追尾を目的としない限り違法とされにくい傾向にあるのに対し、AIや顔認識、位置情報と結びついたスマートグラスは、特定個人の移動を追う道具となりうる。単なる一回の視覚的記録が、継続的で網羅的な追跡へと質を変えるとき、プライバシー侵害と評価され、損害賠償や差止めといった民事上の救済が導かれる余地は広がると読める。争点の軸は、一枚が撮られたかではなく、継続的・網羅的な把握があったかへと移るのであろう。
筆者の見立てでは、日本の保護は、事後の不法行為として働く肖像権と、事業者を名宛人とし私的利用を大きく外す個人情報保護法とに支えられており、CNILが描く不可視で集合的な負荷を正面から受け止める構えには、なお距離がある。フランスと同じく、データ保護を超えた民事・刑事の規律と社会的な規範、場合によっては立法上の手当てへと目を向ける方向が考えられる。もっとも、単一の新法で解決すると言い切るのは早計であろう。GPS捜査事件が示した継続的・網羅的な把握という着眼は、加重された追跡の局面については、既存の民事法理の中でも足がかりになりうるように思われる。
Ⅳ むすびにかえて
CNILの警告が目を引くのは、危険を鳴らしたこと自体よりも、自らの制度が担いうる範囲の限界を認めた点にあると筆者は考える。不可視の撮影は、撮られていることを知覚するという同意の前提を掘り崩し、生じる負荷は特定個人を超えて社会空間に広がる。データ保護法が担えるのはその一部であり、残りはフランス民法典9条のような私生活の一般的保護や刑事規律、そして社会の側の慎みに委ねられる。集合的な警戒を呼びかける言葉は、この分担を映していよう。日本に引き寄せれば、判例法としての肖像権と事業者向けの個人情報保護法は、同じ隙間を抱えている。ただ、GPS捜査事件の継続的・網羅的な把握という視点は、加重された事案に限れば、既存の法理の中で使える足場を与えているように見える。技術への楽観的な放任と、単一の新法への性急な期待のいずれにも与せず、継続的な追跡の事案について既存の民事・刑事の法理を丁寧に調律しつつ、遍在する監視がもたらす萎縮を、単独の規制機関では閉じない集合的な問題として引き受けることが、さしあたり穏当な向き合い方であろう。
出典
〔注1〕 CNIL「Smart glasses: the CNIL calls for vigilance」(2026年6月29日)https://www.cnil.fr/en/smart-glasses-cnil-calls-vigilance, last visited 2026/07/03.
〔注2〕 CNIL(ed.)「Smart glasses – Compendium of G7 Data Protection and Privacy Authorities' Approaches」(2026年)https://www.cnil.fr/sites/default/files/2026-06/g7_dpas_compendium_of_approches_on_smart_glasses.pdf, last visited 2026/07/03.
〔注3〕 最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁(京都府学連事件)。
〔注4〕 最高裁平成17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁。
〔注5〕 最高裁平成29年3月15日大法廷判決・刑集71巻3号13頁(GPS捜査事件)。
〔注6〕 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)。条文は令和3年法律第37号による改正後のもの。https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057, last visited 2026/07/03.
(マガジン)「AIと法雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
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