ニューヨーク州S7263 / 専門職を模倣するAIチャットボットと情報・助言の境界線 雑感
Ⅰ 委員会全会一致通過という局面
2026年2月25日、ニューヨーク州上院インターネット・テクノロジー委員会は、S7263を賛成6対反対0の全会一致で可決した〔注1〕。法案を起草したKristen Gonzalez上院議員は同委員会の委員長も兼ねており、法案は上院本会議の採決に向けて議場カレンダーに掲載された段階にある。
S7263の審議は単独ではない。未成年者をチャットボットの危険な機能から保護する措置、ゲームプラットフォームRobloxを含む特定のオンラインプラットフォームへのプライバシー規制、生成AIシステムへの告知義務、生体情報および合成コンテンツの取り扱いに関する新規則など、複数の法案が一体のパッケージとして審議されている〔注2〕。立法者の問題意識がAI全般の規律というよりも具体的な被害類型への対処に向けられていることは、このパッケージの構成からも窺える。Gonzalez議員は、AIの進展がニューヨーク州民の安全、とりわけ子どもたちの安全を犠牲にすることのないよう担保するためのものだと述べている〔注3〕。
立法論議の背景には具体的な事実がある。2026年1月、生成AIチャットボットアプリCharacter.AIとGoogleが、自社チャットボットと未成年者の自殺との関連をめぐる複数の訴訟を和解で解決した〔注4〕。この和解が州立法府における規制論議を加速させた側面は否定できない。
1 規制の構造と「プロプライエタリ」概念
S7263は、ニューヨーク州一般事業法(General Business Law)に新設条項§390-fを加え、ライセンスを要する専門職の回答を模倣するチャットボットの運営者に民事責任を課す〔注5〕。禁止行為の核心は、自然人が行えば教育法§6512または§6513に基づく無免許専門職行為として処罰される実質的な応答・情報・助言を、チャットボットに提供させることである〔注6〕。対象となる専門職は、教育法の第131条・第133条・第135条・第136条・第137条・第139条・第141条・第143条・第145条・第147条・第153条・第154条・第163条が規律する13の職種に及ぶ〔注7〕。これに司法制度法(Judiciary Law)第15条に基づく弁護士業務が加わる〔注8〕。
責任主体について、法案はプロプライエタリという概念を用いる。エンドユーザーと対話するチャットボットを所有・運営・展開する者を指し、チャットボット技術を他の事業者にライセンス供与するサードパーティ開発者は明示的に除外されている〔注9〕。基盤モデルの提供者ではなく、それを特定のサービスとして利用者に届ける者に責任を集中させる展開者責任モデルの採用である。筆者はこの方向性を現時点では現実的と評価するが、基盤モデル側の設計上の欠陥が展開者のコントロールを事実上困難にする場面をどう処理するかという問いは残る。
2 「告知による免責」の封鎖
法案が最も鋭い論点を提示するのは、§390-f第2項(b)における告知免責の明示的否定である。システムが非人間であることをユーザーに通知したという事実のみをもって、プロプライエタリが責任を放棄または免除されることを認めない〔注10〕。「私はAIです」と告げることは、専門職の業務範囲を超えた助言を提供したことの免罪符にはならない、という構造である。
告知義務(§390-f第4項)は並行して課され、チャットボットと同一言語かつウェブサイト上の他のテキストの最大フォントサイズを下回らない読みやすい表示による明確・顕著・明示的な通知が求められる〔注11〕。しかしこれは透明性確保のための独立した義務にすぎず、専門職模倣行為の責任を消去する機能は持たない。形式的な開示さえ行えば足るとする解釈を明確に排除するものであり、利用規約や画面上の警告文言によって提供事業者側が法的責任を免れるという従来の手法に対して、法的な遮断を明示した設計といえる。
Ⅱ インターフェースが機械である場合、情報と助言の境界線をいかに画定するか
1 連続的なグラデーションとしての境界線
本法案が提起する本質的な問いは、情報の提供と助言の提供をどこで区別するかという点に収斂する。AIは研究を支援し、概念を説明し、情報を整理することができる。しかし、免許を要する専門的判断を必要とする決定を導き始める段階において、規制当局が問題視するのはその境界線の曖昧さである。
一般的な医療情報の提供と、特定のユーザーの症状に対する治療選択肢の提示とは、出力された文章の形式だけでは截然と区別できないことが多い。法律についても同様であり、判例の説明と具体的な法的戦略の示唆との間には連続的なグラデーションが存在する。本法案が「実質的な応答・情報・助言」という文言で線引きを試みることには相当の解釈上の余地が残り、ユーザーの具体的な事実関係を入力させ特定の結論を導き出すようなシステムは専門業務の模倣とみなされる公算が大きいであろうが、その運用は訴訟を通じて徐々に輪郭を得ることになる。
アジア太平洋地域の法務コンプライアンス実務に携わる立場からも、政府が規制対象となる職業におけるAIの活動限界をより明確に設定し始めているとの観察が近時なされており、法律と医学がその議論の中心に位置しているのは、これらの分野での誤りが実際の結果をもたらすからだという指摘がある。多くの人々がすでに法的問題や健康上の懸念について手がかりを得るためにチャットボットを利用しており、その行動様式が消滅することは考えにくい。規制はその現実を踏まえた上で、被害が現実化する部分にどう対処するかを考えなければならない。本法案は、その一つの回答として、免許専門職の業務範囲の僭越を民事責任と結びつけるという構造を採用した。
2 事業者に迫られる技術的・法的対応
法律や医学の領域における誤情報は、利用者の財産や身体に不可逆的な結果をもたらす。人間の専門家が負うべき注意義務や倫理規範を、機械の出力にいかに適応させるかが問われていると思料する。専門職の独占業務を保護するという旧来の職業規制の観点だけでなく、情報技術の発展に伴う新たな消費者被害を防ぐという視点からも、この境界線の画定は避けて通れない課題である。
警告表示が免責の決定打とならない以上、AI開発者やプラットフォーム企業は、システムの出力が非弁活動や無資格医業とみなされないよう、システム設計の段階から厳密な制限を設ける必要に迫られる。対話の過程でAIが実質的な助言へと逸脱することを技術的に防ぐ責任を直接負うことになるのであり、これは単なるコンプライアンスコストの増加にとどまらず、何をチャットボットに言わせないかという設計上の判断を法的義務の次元へと引き上げることを意味する。
Ⅲ 私訴権と法執行の設計
§390-f第3項は、損害を受けた者が民事訴訟を提起し、実損害の賠償を求めることができると定める〔注12〕。故意の違反と認定された場合には、実損害に加え、訴訟費用および合理的な弁護士費用も請求できる。メイン州司法長官Aaron Freyはかつて、この種の私訴権が法執行において有意な抑止効果を発揮するとの見解を示しており〔注13〕、行政当局による監督や罰則に依存するのではなく、被害を受けた利用者自身に民事上の請求権を与えることで事業者の法令遵守を強制する設計意図が、本法案からも読み取れる。技術の進展が執行能力を超えるリスクが高いAI規制の文脈では、利害関係者たるユーザー自身が執行主体として機能する仕組みは、制度設計上の合理性を有するといえよう。
Ⅳ むすびにかえて
S7263法案が知事の署名を経て成立した場合、90日後に施行される予定である〔注14〕。
このニューヨーク州の試みを日本の文脈から見ると、いくつかの示唆がある。日本においてもAIによる法律相談や医療情報提供の適法性は議論されているが、責任の根拠を専門職免許制度の無断実践という構成で明確化し、かつ私訴権によって執行を担保するという立法技術は、参照に値する一つの選択肢である。専門職模倣を告知による解消ではなく行為規制として設計した点、責任主体を展開者に限定した点、私訴権を通じた分散的執行を採用した点において、本法案はAIガバナンス立法の一つの型を先行して示している。
もっとも、同法案が成立するか否か、成立したとして情報と助言の境界線をめぐる訴訟がどのような展開を見せるかは、なお不確かである。その動向を引き続き注視したい。
〔注1〕 Keely Quinlan, "New York considers bill that would ban chatbots from giving legal, medical advice," StateScoop (Mar. 3, 2026), https://statescoop.com/new-york-bill-would-ban-chatbots-legal-medical-advice/, last visited Mar. 5, 2026.
〔注2〕 Id.
〔注3〕 Id.
〔注4〕 Id.
〔注5〕 S. 7263, 2025-2026 Reg. Sess. (N.Y. 2025) § 1 (amending General Business Law by adding § 390-f), https://www.nysenate.gov/legislation/bills/2025/S7263, last visited Mar. 5, 2026.
〔注6〕 Id. § 390-f(2)(a).
〔注7〕 Id. § 390-f(2)(a)(i).
〔注8〕 Id. § 390-f(2)(a)(ii).
〔注9〕 Id. § 390-f(1)(c).
〔注10〕 Id. § 390-f(2)(b).
〔注11〕 Id. § 390-f(4).
〔注12〕 Id. § 390-f(3).
〔注13〕 Quinlan, supra note 1.
〔注14〕 S. 7263, supra note 5, § 2.
(マガジン)「AIと法-雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
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