野生と飼育でニホンザルの「性格」はどう違うか
はじめに
「性格」という言葉を動物に使うことに違和感を覚える人もいるかもしれない。しかし霊長類研究の世界では、個体ごとに安定した行動傾向——いわゆるパーソナリティ——が存在することは、すでに広く認められた事実である。
問題は、そのパーソナリティがどこから来るのかだ。遺伝か、経験か、年齢か、性別か、それとも環境か。van der Mescht氏らはこの問いを、ニホンザル(Macaca fuscata)202頭を対象に検証した。比較したのは野生群(幸島)と動物園飼育群——それぞれ異なる「世界」に生きる個体のパーソナリティを、同じ尺度で測り比べた研究だ(Animal Behaviour, 2026)。
背景:パーソナリティ研究 なぜ野生vs飼育か?
ヒトでは、性格の性差・年齢差は繰り返し確認されてきた。女性は平均して神経症傾向・協調性が高く、加齢とともに誠実性は上がり外向性は下がる傾向がある。こうしたパターンは類人猿でも確認されているが、マカク属(ニホンザルなどが属する分類群)での研究はまだ少ない。
さらにこれまでの霊長類研究は飼育個体を対象にしたものが多く、野生個体との直接比較がほとんどなかった。動物園個体は捕食圧がなく、食事が定期的に提供され、群れ構成も管理される。そうした違いがパーソナリティに影響する可能性は考えられるが、実際にデータで検証した例は少なかった。
手法:幸島の野生群と複数動物園の飼育群
対象は計202頭(年齢<1〜36歳、平均12.2歳)。野生群104頭は九州沖合の幸島(こうじま)で暮らす半野生の群れ。餌付け研究で世界的に有名な島で、イモ洗い行動の発見地でもある。給餌は週2〜3回の小麦散布のみで、採食時間の約90%は天然の食物に費やされる。飼育群98頭は米国とイタリア(ビオパルコ・ディ・ローマ)の動物園に暮らす個体で、データは2009〜2020年にわたって収集された。
評価者(飼育員・フィールドスタッフ・研究者)18名が各個体を「支配性(Dominance)」「友好性(Friendliness)」「開放性(Openness)」「不安性(Anxiousness)」の4因子で7段階評価した。分析には混合効果モデル(glmmTMB)を用い、性別・年齢・グループ(野生vs飼育)の主効果と、それらの交互作用を検定した。
主な発見
動物園個体は友好的で、不安が低い
最も顕著な差は「どこで生きているか」だった。動物園個体は野生個体と比べ、支配性と友好性が有意に高く(支配性: b=0.162, P=0.040;友好性: b=0.180, P=0.033)、不安性が大きく低かった(b=−0.533, P<0.001)。
動物園での低い不安性は、捕食圧がなく食事と医療が保証された安定した環境を反映していると解釈できる。密な群れでのグルーミング頻度の高さも、不安低下に寄与している可能性がある。友好性の高さは、密飼育環境での社会的親和行動の増加と整合する先行研究とも一致する。
野生メスの「好奇心」は失われにくい
加齢と開放性(好奇心・探索傾向)の関係が特に興味深い。両群とも加齢とともに開放性は低下するが、その速さが異なる。動物園での低下幅(b=−0.122)は野生幸島(b=−0.063)のほぼ2倍だった。
さらに、野生ではメスがオスより有意に開放性が高い(b=0.357, P=0.015)。しかし動物園ではこの関係が逆転し、オスの方が開放性がやや高い傾向を示した(有意差なし)。幸島の豊かな自然環境——多様な食物・地形・社会関係——が、特に野生メスの探索欲を歳をとっても維持させているという解釈が成り立つ。
支配性は、オスほど年齢で変わる
年齢と支配性の関係は、オスとメスで方向が異なる。オスでは加齢とともに支配性が有意に上昇(b=0.048, P=0.019)する一方、メスでは加齢と支配性の間に有意な関係がなかった(b=−0.008)。ニホンザルの社会ではメスは母系的な順位を受け継ぎ、オスは競争によって順位を勝ち取る——この構造と整合する結果だ。
なぜ重要か
この研究が示すのは、動物のパーソナリティが遺伝的な基盤を持ちながらも、生きる環境との相互作用によって形成・維持されるということだ。特に開放性については、豊かな自然環境や環境エンリッチメントの充実が加齢に伴う低下を緩和できる可能性がある。飼育下の福祉管理への具体的な示唆だ。
野生動物管理の観点からも、性別や年齢によるパーソナリティ差は重要だ。たとえば、若齢オスと成熟メスとでは捕獲ストレスや環境変化への反応が異なりうる。捕獲・移送・再導入などの介入を計画する際に、個体の性・年齢構成を考慮することが、ストレス軽減や適応成功に直結するかもしれない。
また、動物園から野生への再導入プログラムでは、飼育個体が野生個体とは異なるパーソナリティ(低い不安性、高い友好性)を持つ可能性があることを前提に、環境適応の評価指標を設計する必要がある。
おわりに
幸島のニホンザルは、1953年にイモ洗い行動を世界で初めて観察された群れとして知られる。その島で今も生きるサルたちは、それぞれのパーソナリティを携えながら、豊かな自然環境の中で好奇心を保ち続けている。
環境が性格に影響を与え、性格が行動の幅を決め、行動が集団の文化を形づくる。パーソナリティ研究は、そのつながりを解くためのヒントを与えてくれる。野生動物管理においても「個体数」だけでなく「個体の個性」にも注目される昨今、こうした知見の蓄積はますます重要になるだろう。
参考文献
van der Mescht, J., Inoue-Murayama, M., Suzumura, T., Hopper, L. M., Majolo, B., MacIntosh, A. J. J., Altschul, D. M., & Weiss, A. (2026). Personality, age and sex differences in wild and zoo-housed Japanese macaques, Macaca fuscata. Animal Behaviour. https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2026.123577
