相場が持つ不確実性の引力|ロイエンタールの独り言
旗艦トリスタンの光と影
相場というものは、実に愚かしいな。
人間は変化を渇望するがゆえに、この不確実性の渦へと身を投じる。安穏とした日々より、明日の予期せぬ変動にこそ「生の鼓動」を感じるという。その感覚は、生存競争の記憶か、あるいは自己欺瞞の産物か、どちらにせよ浅薄だ。
この市場が帯びる不安定は、夢想と挫折の混淆した感情の掃き溜めであり、我々の飽くなき欲望を映す醜い鏡に他ならない。
投資だと? 結構。確率論と期待値に従う限り、それは賭博と何ら変わりない。ただ、世界経済の未来に己の野心を乗せるという、大義名分をまとっているだけのことだ。その薄っぺらな衣こそが、ギャンブルとの唯一の違いであり、我々が潔癖を装うための偽善的な方便だろう。
だが、この戦場には、得も言われぬ躍動がある。無機質な数字の羅列が、一瞬にして歓喜と絶望を運んでくる。そこに我々は感情を投影し、生の充実などという空虚な満足を得ることになるのだ。
そして何より、ローエングラム侯は強い敵を求めておられる。
この相場という薄汚れた戦場で、己の才覚の鋭さを試す。その果敢な戦いに身を置くことこそ、忠臣たることの証であり、勝利を以て、己の存在価値を証明する義務があるのではないか。
フン。本質を見抜いてもなお、この陶酔を止められぬとは。欲望とは、かくも抗いがたい引力を持つものなのか。
まったく、度し難いとしか言いようがないな。吾ながら。

このあと、盟友のミッターマイヤーは「ロイエンタールの大馬鹿野郎!」と言ってモニターを叩き割るのだが、その実は自分のトレードに大失敗した腹いせが一気に出たということのようだ。
貴官もそういう思いをしたことは、一度や二度ではあるまい… ん?

ベルゲングリューン:
そういえば、閣下。閣下のファンは多いと伺っておりますが、帝国数学アカデミーの会員と思われる方からファンレターが届いておりますぞ。
拝啓 ロイエンタール閣下
寒冷の候、いかがお過ごしでしょうか。
提督が常々抱かれる、あの相場の不確実性に対する渇望、そして生の充実を見出される様を拝見するにつけ、私どもの構築する論理の世界と、提督の立つ現実の戦場との間に、ある種の不気味な相似を見る思いがいたします。
私ども数学者は無矛盾性という名の聖域を守るため、何よりも厳格さを旨といたします。数を定義する最初の環、「単位の1」を確立するのにも、「何もない」を公理とする空集合{}に頼らねばなりませんでした。
これは、一切の論理的脆弱性を排除しようとする、我々数学者の臆病と矜持が織りなす苦肉の策に他なりません。
この絶対的な基準から、無限の数の世界を構築し、「高々可算」などという濃度の概念で、無限にさえ秩序を与えたと信じていました。
この体系は、人間理性の到達点として、永遠不変の真理であるはずだったのです。
しかし、ご存知の通り、クルト・ゲーデルという一人の青年が、その幻想を打ち砕きました。
彼は、「十分に強力な公理系は、自身の無矛盾性を証明できない」という、論理的な自己破壊を証明してみせたのです。
我々が命を懸けて築き上げた無矛盾の聖域に、「不完全性」という永遠の影が差した瞬間でございました。完璧に見えた数学でさえ、自己の内側から完全な世界を構築することは叶わなかった…
この真実を知るにつけ、私は思うのです。
閣下がローエングラム侯への忠誠と矜持を賭け、矛盾の塊のような現実に身を投じ、相場という名の戦場で「生の充実」を求めるその姿こそ、論理の限界を知った人間の本質を表しているのではないかと。
完全な論理体系など幻想に過ぎない。
であるならば、閣下。
この宇宙に、閣下が本当に信頼し、その絶対的な無矛盾性を証明できるものが、一体何処にあるというのでしょうか?
敬具 一介の数学者より
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