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下町音楽夜話 Reloaded 346「ECMの音(1)」

■■■本稿は下町音楽夜話346「ECMの音(1)」(2009年2月7日)に加筆修正したものです■■■

昨年(2008年)10月に、ECMレーベルの音源が大量に再発された。この機会に買い逃していたアルバムを15枚ほど購入したのだが、これがいずれもアタリばかりだった。すべてドイツから輸入された紙ジャケットCDで、日本盤の紙ジャケットと比べるとさすがに質は劣るが、音のほうは問題ない。

日本の紙ジャケットCDは縦横とも13cm強のサイズだが、このシリーズは縦が12cm強しかない。つまり、通常のCDケースと同じ大きさなのだ。棚に並べたときに飛び出さないので有り難いことは有り難いが、ジャケットから取り出しづらくていけない。盤を直接つまんで、かなり力を入れて引っ張り出さないといけないほどなのだ。しかし、そんなことがどうでもよくなるほど、価格は安かった。円高傾向が強まっていた昨年末に、安値で売り出されたものに飛びついたというわけだ。価格相応の商品といったところだが、中身はいいものばかりだったのが嬉しい。

ECMはマンフレッド・アイヒャーが率いるヨーロピアン・ジャズの名門レーベルである。「エディション・オブ・コンテンポラリー・ミュージック」のイニシャルをレーベル名にしているとおり、実に先進的なミュージシャンが集まっている。図太い音を聴かせるアメリカのブルー・ノートとは対極をなす音質で、クリアで繊細な透明感のある音に特徴がある。

最近愛聴しているジョン・スコフィールドなどは、ECMでの演奏とブルー・ノートでの演奏との間で、やっていることは大きく違うわけではないのだが、やはり印象がまるで違う。明らかにレーベルの個性を感じさせる音質を持っている。ブルー・ノートの音は、迫力はあるのだがバランスにクセがあり、特にピアノの音は強調しすぎる嫌いがある。人によっては、ピアノの中に頭をつっこんで聴いているようだといって、嫌がる場合もある。その点、ECMはオーディオ・ファンから愛されるレーベルの代表といったところで、高音の美しさや透明感を大事にしており、実にバランスのよい録音である。印象としては、低音が弱いようにも思えたのだが、今回その考えを改めることになった。

というのも、廃盤状態が長く続いていてなかなか入手できなかった、マーク・ジョンソンの「ベース・ディザイア」の二枚を入手して、彼のベース音に開眼させられたのである。この男、最晩年のビル・エヴァンス・トリオに迎えられ、なかなかテクニックがあるところを聴かせていたのだが、何枚かリリースしている自己名義のアルバムでは、どういう訳かボヨンボヨンの音であまりよい印象を持っていなかった。

先の二枚は、ビル・フリーゼルとジョン・スコフィールドという2人のギタリストをフィーチャーし、ドラムスはジャック・デジョネットという面白い4ピース・バンドで、他のメンツに釣られて購入したものだった。メンツのわりには、恐ろしく地味な演奏が続く内容だが、これが案外心地よいのだ。必要以上に強調されたベース音ではなく、必要な音が必要なときに出てくる。しかも、ベスト・バランスで鳴っているのである。

こういった部分を狙って作られたのかどうかは定かではないが、もし意図して作ったとすれば、やはりマンフレッド・アイヒャーはただ者ではないと思う。おかかえエンジニアのヤン・エリック・コングショウやマルティン・ヴィーラントの好みかもしれないが、全体の構図をしっかりイメージし、その構成要素としての個々の楽器の音がどうあるべきかを考えて作られている音、といった印象なのだ。

もし、ブラインド・テストをされると、ECMの音だということは直ぐにわかるのだが、個々の演奏者が誰かを当てるのは、意外に難しいかもしれない。ジョン・アバークロンビーなのか、ラルフ・タウナーなのか、ビル・フリーゼルなのかが区別できるか自分には自信がない。そこにテリエ・リピダルが加わると、…もっと難しくなる。やはり全然区別がつくとは思えない。

それぞれのアルバムを集めて聴けば、みなそれなりに個性的なギタリストなのだ。かなりクセのあるフレーズも持っており、そういった部分を注意して聴けば区別はつくだろう。しかし、音の傾向や雰囲気ということで区別をしようとすると、全く歯が立たない。…面白い。

何も音の傾向が似てしまうのは、ギタリストに限ったことではない。チック・コリアやキース・ジャレットといった有名どころのピアニストも名盤を残しているが、ここでも同じことが言える。そもそもギターよりも音の個性が出にくいピアノだけに、誰が弾いているかはフレーズで判断するしかない。音質からは、他のレーベルでの録音に比べると、明らかに高音の伸びが良く、透明感がある。非常に魅力的だが、決して媚びない音楽が多いので、とっつきは悪い。むしろその分、気高さを感じてしまうというと褒めすぎか。

ブルー・ノートか、ECMか、ヴァーヴか、コロンビアか、などと言ったところで、ミュージシャンにすれば「俺は俺だ」と言うだろうが、そうでもないところがレコードというものの面白いところだ。結局原音再生といったところで、マスター自体にかなりレーベルのフィルターがかかっていることは否定できないだろう。生音とは明らかに違うと思われる個性的なレーベルの方が、かえって生き永らえているあたりがまた面白い。

高音質を売りにしたところで、個性がないと評価されないとすれば、これもまた難しいことになる。つまり、ご存知のように音楽業界も業界再編の嵐が吹き荒れて、かなり淘汰されてしまったのだが、ユニヴァーサルやソニーのような巨大会社が効率優先で優れたミュージシャンの優れた録音を提供したところで、オーディオ的には評価されないということになってしまわないかと思うからだ。

巨大な産業となってしまった音楽界の再編後の大企業には、各レーベルの個性を大事にすることをお願いしたい。例えば、マルイに個性的なテナントが集積しているように、個性的なレーベルが集まっているデパート企業でもいいではないか。大阪の澤野工房のように、高音質に拘った再発活動をしている独立系の中小レーベルもあるが、こういった部分をないがしろにすると、リマスターして再発されたところで、「何かしら違うんだよな…」といった印象のモノばかりになってしまいそうで恐れているのだ。ライノのように、嬉しい再発活動を続けているレーベルもあるにはあるが、昔のアナログ盤とは違ったレーベルで再発されたCDには、いただけない代物が多いことも事実なのだ。

ECMの音はマンフレッド・アイヒャーの拘りでもあり、単なる個性として片付けるものでもないが、この個性を薄めてしまったような代物は聴きたくもない。大衆音楽としてのジャズの素晴らしさや楽しさを認知させてくれたブルー・ノート、ジャズの先進性や気高さを持って芸術性を打ち出しているECM、どちらもジャズが大好きな二人によって生まれたレーベルだが、世界中のジャズ・ファンはこの二人のドイツ人に、もっと、もっと感謝すべきだろう。


■2026年の独り言■
面白いですねぇ…。言いたいことはよく分かります。アナログに拘るようになって、ECMは難しいと思うようになってしまいましたが、パット・メセニーをはじめ、良い鳴りの盤はありますねぇ…。でも上手く鳴らすのはなかなか難しいでしょうね。


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