下町音楽夜話 Reloaded 128「ミュージック・ライフ/コンピュータ・ライフ」
■■■本稿は下町音楽夜話128「ミュージック・ライフ/コンピュータ・ライフ」(2004年12月4日)に加筆修正したものです■■■
リズムの正確さは音楽を演奏する上では、ある程度重要な意味をもつのだが、遊びのない演奏はかえってつまらないものになるような気がする。別にルーズなリズムがよいと言うつもりはないのだが、やはりコンピュータのリズムにどうしてもなじめないことが多いのだ。
人間的なゆらぎのあるリズムの方が心地よいということは、誰でも感じるのではないだろうか。だんだん興奮してきてリズムが走るということは事実あるわけで、正確に一定のリズムを刻まないといけないという法はない。それはそれでいいのだというスタンスのサンバのような音楽だってあるわけだし、ライブの現場では、観客と会話しながらもったいぶってみるもよし、きめのフレーズを出すタイミングを計るようなこともするのだから、それでいいのだろうと思う。
では現在のコンピュータに限界はまだあるのだろうか。突っ込み気味の前のめりなりズムさえ創作できるし、ゆらぎだってもちろんOKだ。バンドの練習用ソフトの中には、わざわざスティックを落とすドラマーまでいる。ステージでは瞬時に反応する必要があるのは事実だろうが、そこまでやってどうするという気もしないではない。そういったソフトウェアもやはり人間が作るものなので、その辺は製作者の性格が出るのか、はたまた国民性か、面白いものである。中国の台頭も著しいというが、ソフトウェア製作の技術は日進月歩、相変わらずものすごい様相を呈している。ただ技術力だけではなく、センスも重要なファクターであろうこの世界で、日本はやはり世界のトップクラスであろう。
またデジタル音のクオリティは向上する一方で、もうすでにアナログを凌駕しているかも知れない。デジタル・リマスタリングを施された最近のCDは、リアルタイムで聴いてきた1970年代や1980年代前半のアナログ盤の音を再現するのではなく、現代の音として再提示しているように思う。再現力の高さではすでに人間の可聴範囲では完璧と言えるものとなり、むしろ高音も低音もアナログ以上に豊かだったりするので、むしろ別物とも言えるほど高音質という状況になってきている。このことの良し悪しは今後も繰り返しここで書くことになろうが、技術面だけを取り出して評価する限りは、もう文句なしの時代になったようだ。
さて、最近はパソコンを使って音楽を聴くことが多いということは何度か書いたが、先日当のパソコンを買い換えた。自宅のリビングで使うパソコンなので、あまり大きなものは好ましくない。先代のものもそうだったのだが、小ぶりなものではその時点で考えうる最高スペックのものである。
それにしても今回は大きな失敗をしてしまった。とにかく無駄なソフトが一切入っていないものが欲しかったので、ビジネスモデルの中から選ぶことになるのだが、その点はうまくいったのだ。しかしこういったビジネスモデルはオフィス環境での利用が大前提、自宅のリビングに置くと意外なほどファンの音が大きいのである。それなりの性能を維持するには冷却能力は絶対必要なものだが、これには閉口した。起動した直後からブォーッと猛烈な音を出して回転している。みるみる猫の毛がファンの小窓に張り付く。凄い吸引力である。…でもこれは掃除機ではない。空気清浄機でもない。デスクトップ・パソコンなのである。トホホである。
パソコンに繋いであるスピーカーは、JBL製のダースベイダーのヘルメットのような形をしたアクティブ・タイプだが、低音は非常に豊かで、これを思い切り鳴らすと気持ちよいのだが、近所迷惑になるのでそうそうできることではない。ホームシアターと同様に、低音の再現力を追求すると、もう振動の域になってしまう。家を揺るがすような低音を出して一体何を観るのかは知らないが、当のヘルメット、我が家ではいろいろな作業のBGMを流してくれており、大活躍している。ファンの騒音のせいで、最近は少々ボリュームが上がり気味なのが、実は気にならなくもない。他人の迷惑になってまで聴くものでもないし、またまたヘッドホンの研究でもしなければいけないようだ。
近頃はDVDに書き込む時代であるからデータのバックアップなどは、大容量ディスクが存分に存在意義を示している。そして同時にコンピュータで音楽を聴くスタイルも微妙に変化してきている。何せ音楽もののDVDが安価で大量に出回っているのだ。CDと比較すると面白い。DVDのタイトルにはベスト盤的なものが多いのだが、そのミュージシャンのベスト盤CDと比較すると、映像つきのDVDの方が安い場合だってあるのだ。DVDを普及定着させるための戦略的価格なのかも知れないが、ここは冷静に一消費者として、今何に手を出すべきかを見極めながら買っている。つまり、CCCD(コピー・コントロール機能がついたCD)なんぞに高い金を払う気がしないということとあいまって、CDよりもDVDを購入する機会が非常に増えているのである。
ただしDVDの画質にもろ手をあげて満足しているわけではない。作業をしている脇で、小さな画面を表示させながら観ている分には問題ないのだが、全画面表示にした場合は、とても満足できる画質ではない。当然ながら自分が好んで買ってくるタイトルは遠い昔に収録されたものが多いので、マスターもさほど高画質であることを望めまいが、今後はこういったものをリマスターしていくところに商機があるのだろうか。まったく飽くなき欲望の世界でもある。
それにしても、MTVやベストヒットUSA全盛期の1980年代より少し前が自分の青春時代でもあったものだから、好んで聴く時代のミュージシャンのヴィデオクリップは、ヴィデオエイジ黎明期とも呼ぶべきか、観ていて恥ずかしくなるものが多い。産業ロックと揶揄されたジャーニーやエイジアのクリップですら同様である。しかし映像つきで聴くと、また感慨ひとしおであることも事実である。少々気恥ずかしいながらも、エイジアの「ヒート・オブ・ザ・モーメント」のクリップなどを小さなウィンドウで観ながら妙に感動してしまい、作業が捗らないで困っている下町のオヤジであった。
■2026年の独り言■
若干陳腐化した内容でしょうか。最近ではPC冷却用ファンの騒音が…という悩みは無くなりましたねぇ。またCCCDなどという忌まわしい仕様も過去のものでしょう。この後配信主流になって行きますが、並行してアナログが復活してくるわけで、その辺の時代感覚を再確認できることが案外面白い作業だったりします。一音楽好きな地方公務員の視点ですが、この後のリーマンショックに、東日本日本大震災に、コロナ禍まであるわけで、そういったことが予見できていない時点の呑気な空気感も実は確認しておきたい部分なんです。失われたものの大きさ…ですかねぇ。
