秋分という季節——なぜ金融危機は9月に集中するのか
1931年9月21日。
イギリスが、金本位制を離脱した。
この決定は、世界経済の歴史を変えた。基軸通貨国だったイギリスの離脱をきっかけに、その年のうちに25カ国が金本位制を放棄し、第一次世界大戦後に再建された国際金本位制は完全に崩壊した。
日付を見てほしい。9月21日——秋分の日、あるいはその前後だ。
これは偶然だろうか。
「秋に危機が起きやすい」という経験則
金融の世界には、昔から語られてきた経験則がある。「9月から10月にかけて、市場は荒れやすい」というものだ。
具体的な事例を並べてみる。
1929年10月、ウォール街大暴落(暗黒の木曜日は10月24日)。1931年9月21日、英国の金本位制離脱。1992年9月16日、いわゆる「ブラック・ウェンズデー」——ジョージ・ソロスがポンドを空売りし、英国が欧州為替相場メカニズム(ERM)からの離脱を余儀なくされた日。1998年9月、ロシア国債のデフォルトを引き金にLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が破綻した。2008年9月15日、リーマン・ブラザーズの破綻。
これを一覧にすると、こうなる。
1929年10月:世界恐慌の始まり
1931年9月21日:英国の金本位制離脱
1992年9月16日:ブラック・ウェンズデー(ポンド危機)
1998年9月:LTCM破綻(ロシア国債危機の余波)
2008年9月15日:リーマン・ブラザーズ破綻
5つの大きな金融危機が、すべて9月から10月に集中している。
なぜ秋に集中するのか——構造的な説明
これは単なる偶然の一致だろうか、それとも構造的な理由があるのだろうか。
いくつかの説明が考えられている。
①決算・会計年度の節目
多くの企業や金融機関にとって、秋は決算や予算編成の節目にあたる。夏の間、比較的静かだった市場参加者が、9月に入ると本格的に活動を再開する。ポジションの見直しや、含み損の処理が集中しやすい時期だ。
②夏枯れ相場からの反動
7月から8月にかけては、欧米の市場参加者の多くが休暇を取り、取引量が薄くなる「夏枯れ相場」になりやすい。取引量が薄い市場は、価格が実態以上に振れやすい。そして夏が終わり、参加者が戻ってくる9月に、溜まっていた懸念や売り圧力が一気に表面化する、という見方だ。
③心理的な「区切り」の力
これは科学的に実証された話ではないが、人間の心理として、季節の変わり目——特に秋分という「昼と夜の長さが逆転する日」——には、無意識のうちに「区切り」を意識しやすいという指摘もある。金融市場も、結局は人間の集団心理が動かしている。
フランツ・ピックという人物
この「秋の金融危機」という経験則について、ある一人の人物の名前がしばしば引用される。
フランツ・ピック(Franz Pick、1898〜1989年)。オーストリア=ハンガリー帝国出身で、後にアメリカに渡った国際金融アナリストだ。
ピックは若き日に、ワイマール共和国のハイパーインフレを間近で経験した。この体験が、彼の生涯を通じた思想の原点になったとされる。
戦後ニューヨークに渡ったピックは、『Pick's World Currency Report』という月刊誌と、『Pick's Currency Yearbook』という年鑑を発行した。世界中の闇市場(ブラックマーケット)における為替レートや、金・銀の取引データを収集・記録する第一人者として知られた。
ピックの主張は一貫していた。政府は増大する債務や支出を賄うために通貨を増刷し続けるため、法定通貨の購買力低下は避けられない。インフレとは「隠れた課税」であり、最終的には政府の信用破綻か、通貨の切り替えに行き着く——そう分析していた。
そして、信用リスクの存在しない実物資産、つまり金や銀をシステムの外で直接所有することこそが、通貨危機に対する唯一の防御策だと結論づけていた。
なお、ここで一つ、正確を期しておきたいことがある。
ピックの著作としてしばしば「The Death of the Dollar」というタイトルが引用されるが、調べた限り、このタイトルの本はピック自身の著作ではなく、ウィリアム・F・リッケンバッカーという別の著者が1968年に発表した書籍であるようだ。ピック本人の代表作は『The U.S. Dollar 1940-1980: An Advance Obituary』や『The Triumph of Gold』とされている。似た書名の本が複数の著者から出版されているため、混同されやすい。
思想の系譜としては近いものの、書名の出典は正確に区別しておきたい。
2026年、9月21日という日付
今年、2026年の秋分は9月23日頃だ。1931年にイギリスが金本位制を離脱した「9月21日」とは、わずか数日のずれがある。
この記事で書いてきた「季節性」の議論は、統計的に厳密な実証がなされているわけではない。金融危機が9月に集中しているように見えるのは、後から振り返って目立つ事例を選び出しているだけ、という「後知恵バイアス」の可能性も十分にある。
しかし、記録しておく理由がある。
2026年の夏、すでに複数の兆候が積み重なっている。米30年国債の利回りは、2007年以来の高水準を更新し続けている。日米は28年ぶりの協調為替介入に踏み切った。AI関連企業の株価は、循環型の資金調達構造への懸念とともに揺れている。そして日本銀行は、次の政策判断——利上げのペースを加速させるかどうか——を控えている。
これらの構造的な圧力が、もし「秋という季節」の中で、何らかの形で表面化するとすれば——それは9月から10月にかけての数週間になる可能性がある。
断言はしない。ただ、過去の五つの事例と、今の状況を並べて記録しておく。
準備しておくことの意味
季節性の経験則を、絶対的な予言として受け取るべきではない。1931年、1992年、1998年、2008年——それぞれの危機には、季節とは無関係の、固有の構造的な原因があった。
しかし、備えておくことに損はない。
もし今年の秋、何らかの形で市場の緊張が高まるとすれば、それに備えて現物資産を持っている人と、持っていない人の差は、その後にはっきり出るだろう。
フランツ・ピックが生涯をかけて主張したように——政府の紙幣がどれだけ増刷されても、システムの外で直接所有する金や銀の価値は、揺るがない。
土星の逆行は、12月11日まで続く。その途中に、9月21日前後の秋分がある。
何が起きるか、記録を続けていきたい。
銀明庵でした。
参考資料
坂出健「欧米経済史 第5章 大恐慌」京都大学OCW、ocw.kyoto-u.ac.jp
金井雄一「〈歴史パネル〉1931年のポンド危機と金本位停止」名古屋大学、jsmeweb.org
金井雄一『ポンドの苦闘——金本位制とは何だったのか』名古屋大学出版会、2004年
Y-History「イギリスの金本位制停止」y-history.net
一橋大学HQウェブマガジン「世界経済危機の連鎖から考える」hit-u.ac.jp、2018年
Franz Pick『The U.S. Dollar 1940-1980: An Advance Obituary』/『The Triumph of Gold』(書誌情報)
Real Investment Advice「Death Of The Dollar: An Eternal Tale」realinvestmentadvice.com(Rickenbacker著作の解説)
銀明庵「28年ぶりの協調介入——観測していた構造が、数日後に確認された」note.com、2026年8月
銀明庵「巻き戻し、インフレ、締め上げ——通貨リセットという一つのシナリオ」note.com、2026年7月
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