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毛長川を越えて、私が捨てたもの。「あの人はスゴイ」という幻想—なぜ我々は「比較」の呪縛に囚われるのか? ビジネスとnoteで自分だけのゲームを生き抜く思考法。

割引あり

はじめに:足立区の朝、橋の向こうに見える景色と、頭の中のノイズ

先日、私は東京の足立区にいました。

正確には、足立区と埼玉県の草加市の県境。目の前には、毛長川という、どこか生活の匂いが染み付いた川が流れていました。

東京出張の3日目の朝。昨夜は、気の置けない経営者仲間たちとの飲み会で、少しばかり羽目を外しすぎました(その顛末は、前回の記事で触れた通りです)

少し重い頭を抱えながら、私はこれから草加市にある取引先へと向かうところでした。

普段、人口密度の低い北陸で暮らしている身からすると、東京はもちろんのこと、その隣の埼玉の人口密度にも圧倒されます。

まだ世間は日曜日。休日ということもあり、そこまで人は多くありませんでしたが北陸よりは多いのは確かです。橋の上を行き交う、無数の自転車と人々。皆、一様に忙しそうで、それぞれの目的地に向かって脇目も振らずに進んでいく。

まるで、巨大な都市というシステムの一部として機能しているかのようです。

その日、私は少し時間があったのと、昨夜のアルコールを抜きたかったこともあり、最寄りの駅から取引先まで、30分以上かけて歩いてみることにしました。

見知らぬ街を歩くのは、私の数少ない趣味の一つです。マーケッターとしてその街の特徴、人の恰好やどんな店があるのかなど歩かないとわからないことは多いものです。

それらは、日常から少しだけ逸脱し、思考を整理するための貴重な時間でもあります。

しかし、その時の私の頭の中は、決して穏やかではありませんでした。

成功者たちの残像と、現在の自分

正直に告白すれば、私の貿易ビジネスは今、決して順風満帆とは言えません。むしろ、明らかな「停滞期」に入っています。

円安の逆風、海外市場の冷え込み、そして新たな競合の出現。様々な要因が重なり、思うような成果が出せない日々が続いています。

一方で、昨夜集まった「梁山泊(りょうざんぱく)」の仲間たちの多くは、相変わらず絶好調でした。

「今期は過去最高益を更新しそうだ」

「新しいブランドがバズって、生産が追いつかない」

「事業売却の話が来ている」

そんな景気の良い話を聞くたびに、私は心の中で、彼らと自分自身を比較してしまっていることに気づきます。

「なぜ、彼らはあんなにうまくいっているのに、自分はこんなにもがいているのだろう?」

そんな劣等感や羨望、そして焦燥感。

もちろん、彼らは私の現状を知っています。そして、心から心配し、励ましてくれました。

「ツイ鳥さんなら大丈夫ですよ。またすぐに波が来ますって」

「何か手伝えることがあったら、いつでも言ってくださいよ」

その気遣いは、本当にありがたいものでした。しかし、同時に、それは私の心の中に、ある種の「ノイズ」を生じさせる要因にもなっていたのです。

「自分は、彼らに比べて何が足りないのだろう?」

そんなことを考えながら歩いているうちに、私はある一つの結論に達しました。

「ああ、また自分は『無意味な比較』の罠に陥っているな」と。

橋を渡りながら、私が気づいたこと

毛長川にかかる橋の真ん中あたりで、私はふと立ち止まりました。

その時、私はある当たり前の事実に気づかされたのです。

「いつも思っているけど、人と自分。単純比較なんて、できるわけがないんだよな。」

昨夜集まった仲間たち。彼らと私の共通点は、せいぜい「ECモールでの販売経験がある」ということくらいです。

それ以外は、全てが違います。

育ってきた環境も、持っているリソースも、ビジネスの規模も、戦略も、そして目指しているゴールすらも。

彼らは彼らのゲームをプレイしているのであり、私は私のゲームをプレイしている。それなのに、なぜ私は、彼らのスコアを見て一喜一憂しているのだろう?

それは、まるでサッカー選手が野球選手の打率を見て落ち込んでいるような、滑稽な話ではないか。

私たちは、社会的な動物であるが故に、常に他人と自分を比較してしまいます。そして、その比較によって、不必要な苦しみを生み出してしまう。

今回の記事は、あの足立区と草加市の県境で私が考えた、「他者比較」という名の呪縛について、徹底的に深掘りしていくものです。

なぜ、私たちは他人と比べてしまうのか? その心理的なメカニズムは、一体どうなっているのか?

そして、その比較から自由になり、自分だけのゲームを生き抜くためには、具体的に何をすべきなのか?

私自身の失敗談と、心理学や行動経済学の知見を交えながら、その答えを探求していきます。

もしあなたが今、ビジネスやnote運営において、他人と比べてしまい、焦りや劣等感を感じているとしたら。

この記事は、あなたがその呪縛から解放され、自分自身の人生を力強く歩み出すための、思考の羅針盤となるはずです。

さあ、始めましょう。「比較」という名の幻想を解き明かし、自分だけの価値を見出す旅を。


第1章:草加への道すがら—「隣の芝生」の多様性と無意味さ

足立区から草加市へ。見知らぬ住宅街を歩きながら、私の頭の中では、昨夜出会った成功者たちの残像が浮かんでは消えていきました。

そして、歩を進めるごとに、彼らと自分を比較することの「無意味さ」が、より鮮明になっていきました。

「梁山泊」の住人たち:同じようで全く違うゲームのプレイヤー

昨夜の集まりを思い返してみても、その多様性には驚かされます。

例えば、あるメンバーは、たった1つの商品だけで、月商2,000万円、3,000万円という規模の売上を上げています。

彼は、その商品の開発とマーケティングに全リソースを集中させ、圧倒的な競争優位性を築き上げています。まさに「一点突破」の戦略です。

一方で、別のメンバーは、10種類以上の商品を扱いながら、同じ規模の売上を上げています。彼は、市場のトレンドを素早く察知し、次々と新しい商品を投入していく。

リスクを分散させながら、全体のパイを拡大していく「ポートフォリオ」戦略です。

どちらが優れているという話ではありません。彼らは、それぞれの強みやリソースに合わせて、最適な戦略を選択しているだけなのです。

さらに言えば、扱っている商材もバラバラです。大型の家具を扱う者もいれば、小型の精密機器を扱う者もいる。

ファッション、食品、化粧品……。カテゴリーが違えば、必要とされる知識やスキルも、直面するリスクも全く異なります。

販売している市場も違います。国内市場に特化している者もいれば、積極的に海外市場に挑戦している者もいる。中には、すでに日本を離れ、海外に移住してビジネスを展開している者すらいます。

そして、ライフスタイルも様々です。何十人もの従業員を雇い、自分は実務から離れて経営に専念している者もいれば、あえて組織を拡大せず、少人数で自由な働き方を追求している者もいる。M&Aで事業を売却し、投資家としての道を歩み始めている者もいます。

こうして見ていくと、彼らの共通点を探す方が難しいくらいです。彼らは皆、同じ「EC物販」という看板を掲げてはいますが、その実態は、全く異なるゲームをプレイしているプレイヤーたちなのです。

「同じ競技場で戦っている」という幻想

それなのに、なぜ私たちは、彼らと自分を比較してしまうのでしょうか?

それは、私たちが無意識のうちに、「自分たちは同じ競技場で、同じルールで戦っている」と思い込んでしまっているからです。

例えば、学生時代の試験であれば、全員が同じ問題を解き、同じ基準で評価されます。そこでの比較は、ある意味で公平であり、意味のあるものです。

しかし、ビジネスの世界は違います。そこには、法律は存在しても、それ以外に統一されたルールも、客観的な評価基準も存在しません。

ある人は、短距離走でスピードを競っています。ある人は、長距離走で持久力を競っています。またある人は、そもそも走るのではなく、泳いだり、飛んだりしているかもしれません。

それなのに、私たちは、自分とは全く違う競技に参加している人のタイムを見て、「なぜ自分はあんなに速く走れないんだ」と落ち込んでしまうのです。

これは、非常に滑稽で、そして悲劇的なことです。


比較がもたらす「機会損失」という最大のリスク

他者との比較は、単に私たちの心を苦しめるだけではありません。それは、ビジネスにおける「機会損失」という、より深刻なリスクをもたらします。

もし私が、一点突破型の戦略で成功している仲間を羨み、「自分も彼のように、一つの商品に集中すべきだ」と考えてしまったらどうなるでしょうか。

私の強みは、多様な商品を扱い、リスクを分散させながら、柔軟に市場の変化に対応していくことです(あるいは、そう信じています)

もし、その強みを捨てて、他人の真似をしようとすれば、私は自分自身の競争優位性を失い、結果として失敗する可能性が高いでしょう。

あるいは、もし私が、M&Aで成功した仲間を見て、「自分も早く事業を売却して楽になりたい」と考えてしまったらどうなるでしょうか。

確かにそれは魅力的ですが、タイミングがあります。私はまだ、自分のビジネスを通じて達成したいことがあります。

そちらに注力しすぎて、もし、その情熱を失い、短期的な利益だけを追求するようになれば、私のビジネスは成長を止め、やがて衰退していく可能性もあります。

他者との比較に囚われることは、自分自身の可能性を閉ざしてしまうことと同じです。

「結局のところ、他人の成功を羨んでも、自分の現実は1ミリも変わらない。」

私は、誰に言うともなく、そう呟きました。

「変えられるのは、自分の行動だけ。自分のゲームに集中するしかない」

当たり前の結論ですが、その当たり前のことを実践するのは、決して容易ではありません。

なぜなら、私たちの心には、他者と比較せずにはいられない、根深いメカニズムが組み込まれているからです。

次の章では、その「比較の呪縛」の正体について、心理学的な視点から深掘りしてみたいと思います。

第2章:なぜ我々は「比較」の呪縛から逃れられないのか?—心理メカニズムと現代社会の罠

「他人と比べても仕方がない」。頭ではそう理解していても、私たちはつい、他人と自分を比較してしまいます。なぜ、私たちはこれほどまでに「比較」の呪縛から逃れられないのでしょうか?

それは、決して私たちの意志が弱いからではありません。比較することは、人間が進化の過程で獲得してきた、生存のための本能的なメカニズムなのです。

社会的比較理論:自分を知るための「鏡」としての他者

心理学者のレオン・フェスティンガー氏は、「社会的比較理論(Social Comparison Theory)」を提唱しました。

これは、「人間は、自分の能力や意見を正確に評価するために、他者と比較する傾向がある」という理論です。

私たちは、自分自身を客観的に評価するための絶対的な基準を持っていません。だからこそ、他者を「鏡」として利用し、自分の立ち位置を確認しようとするのです。

例えば、あなたが新しいビジネスを始めた時。「自分のやり方は正しいのだろうか?」「自分は他の人よりもうまくやれているだろうか?」そんな不安を感じるのは、ごく自然なことです。

その不安を解消するために、私たちは無意識のうちに、他者と比較してしまうのです。

相対的剥奪(Relative Deprivation):客観的な豊かさよりも、主観的な格差

そして、もう一つ重要な概念が、「相対的剥奪(Relative Deprivation)」です。

これは、客観的な状況に関わらず、他者と比較して自分が不当に低い状態にあると感じることで生じる不満感のことを指します。

例えば、あなたの年収が1000万円だったとしましょう。客観的に見れば、それは十分に高い水準です。

しかし、もしあなたの周りの友人が皆、年収2000万円だったとしたら、あなたは強い不満を感じるかもしれません。「なぜ自分だけがこんなに低いんだ」と。

これが、相対的剥奪です。人間は、絶対的な豊かさよりも、他者との「格差」に敏感に反応する生き物なのです。

この心理メカニズムが、私たちが「隣の芝生」を見て苦しむ根本的な原因です。たとえ自分が成長していても、それ以上に他者が成長しているように見えると、私たちは満足感を得ることができないのです。

SNSという「比較の増幅装置」の恐怖

そして、現代社会において、この比較の罠をさらに深刻化させているのが、SNSの存在です。

SNSは、まさに「比較の増幅装置」として機能しています。そこには、他人の人生の「ハイライトシーン」だけが切り取られ、美化されて提示されています。

「新しい事業が成功した」「高級車を買った」「豪華な旅行に行った」……。

私たちは、その断片的な情報を見て、「あの人はこんなに成功しているのに、自分は……」と落ち込んでしまう。

しかし、それは真実ではありません。SNSに投稿されているのは、あくまで編集され、美化された現実の一部に過ぎません。その裏には、彼らなりの苦悩や葛藤、そして泥臭い努力があるはずです。

私たちは、他人の「ハイライトシーン」と、自分の「舞台裏」を比較して、勝手に落ち込んでいるのです。こんなに馬鹿げたことはありません。

第3章:「嫉妬」という名の猛毒と、それを「燃料」に変える技術

他人の成功を目の当たりにした時、私たちの心に生まれる最も厄介な感情。それは「嫉妬(Envy)」です。

この感情は、非常に強力で、時には私たち自身を破壊してしまうほどの猛毒となり得ます。しかし、その一方で、それは私たちを成長させるための強力な「燃料」にもなり得るのです。

嫉妬の二つの顔:悪性と良性

心理学では、実は嫉妬には二つの種類があると言われています。

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【本文予告】
1,停滞期をどう乗り越えたかの考察
2,収益から見る、この出来事の気づきなどの考察
3,今後、専門分野や文章で仕事をしたいという場合、どのようにしていくべきかの考察、など


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