見出し画像

短編小説:下町のお勉強会

舞台は未来の東京の下町。

私の名前は星宇(シンユー)。五十歳になる。

生まれは上海。若い頃、就職を機に日本へ渡り、そのまま東京で暮らすようになった。

妻も同じ上海出身で、日本で出会った。

今では娘の​欣怡(シンイー)と三人、長年この下町で暮らしている。

春の柔らかな日差しが町を包む朝、私は古い集会所の戸を開けた。

「おはようございます」

近所の子どもたちが元気よく入ってくる。

その後ろから高校生や若い職人、日本人の主婦、そして中国人の親たちも姿を見せた。

黒板には、大きく中国語の文字を書いておく。

「今日は数字の読み方から始めます。それから市場で使う言葉も覚えましょう」

私の隣では娘の欣怡が笑顔で教材を配っていた。

「わからなかったら何度でも聞いてね。」

今では毎週開かれる、この勉強会も地域にすっかり根付いた。

だが、八年前までは想像もできなかった。

あの頃、私は都内の会社で日本人の同僚たちと働き、ごく普通の会社員として暮らしていた。

しかし突然、東京を中心に不動産バブルが崩壊し、それに続いて貨幣経済そのものが大きく揺らいだ。

会社は倒産し、仕事は消えた。

在日中国人も例外ではなかった。

生活に困る人が次々と現れた。

私たち家族も途方に暮れた。

その時、助けてくれたのは世界中に散らばる親戚や同郷の仲間たちだった。

上海から送られてくる生活資材。

東南アジアに住む親戚が紹介してくれた商売の仕入れ先。

海外送金に代わる信用取引。

昔なら気にも留めなかった人と人とのつながりが、私たちの暮らしを支えてくれた。

私たちも受け取るだけではなかった。

地域の日本人へ食料を分け、仕入れの手伝いをし、一緒に市場を立て直した。

そうして少しずつ生活が落ち着くと、中国人コミュニティではある話が持ち上がった。

「子どもたちに言葉や文化を残そう。」

それが、この勉強会の始まりだった。

最初は中国人だけが参加していた。

そんなある日の夕食で、娘の欣怡が私に話しかけた。

「お父さん。」

「どうした。」

「日本の友達がね、どうして私たちは海外とつながって生活できるのって聞くの。中国語も文化も知りたいから教えてほしいって。」

私は返事に困った。

日本人を受け入れるべきなのか。

それとも、この場所はコミュニティだけのものとして守るべきなのか。

私はその話を会議で切り出した。

「日本人にも門戸を開いてはどうでしょうか。」

部屋は静まり返った。

「反対だ。」

「私たちの文化は私たちで守るべきだ。」

「いや、共に生きるなら学び合うべきだ。」

意見は真っ二つに割れた。

誰も結論を出せないまま時間だけが過ぎていく。

その時、最年長の偉(ウェイ)さんが静かに口を開いた。

「民族は違えど、同じ土地で暮らす者だ。」

皆が顔を上げる。

「我々が心を閉ざせば、この町も閉ざされる。我々が開けば、新しい社会が生まれる。受け入れよう。共倒れではなく、共に生きる道を選ぼう。」

誰も反対しなかった。

その日から、この勉強会は地域のみんなのものになった。

「先生、この字で合っていますか。」

日本人の少年がノートを差し出す。

「うん、とても上手だ。」

隣では市場での値段の交渉を練習する若者たちが笑い合っている。

欣怡も熱心に教えていた。

「発音、すごく良くなったよ。」

「本当?」

「もちろん。」

その笑顔を見ていると、不安ばかりだった八年前が遠い昔のように思える。

国籍は違っても、この町で暮らす日常は同じだ。

互いの言葉を知り、文化を知り、助け合うことは、生きる力になる。

集会所の窓から外を見ると、川沿いの桜のつぼみがゆっくりと膨らんでいた。

もうすぐ花が咲く。

それは、この町に根を張り始めた新しい未来もまた、静かに花開こうとしているように私には見えた。

いいなと思ったら応援しよう!