見出し画像

現代的論語2 心同じくした仲間が集まる喜び

朋遠方より來る有り、亦(また)樂しからずや。
「共に学ぼうとして、思いがけなく遠方から同志がやってくるのは、何と楽しいことではないか」

『仮名論語』 学而第一より

幼き頃から共に学び、志を同じくする友・仲間はかけがえのない存在であり、離れてもまたやってきてくれるのは有難いことであり、大変喜ばしい。
また、その繋がりがいつまでも続いていくことも喜ばしい。

そのようなことが語られていますが、最近は、昔仲良かった人と離れてもなお、会って交流を深められるというのは乏しくなってきているのではないでしょうか。

互いに仕事や生活が多忙で、滅多に会えない、メールのみのやりとりで実際どのように過ごしているのか分からないことも、付き合いの中でよくありませんか。
また会おうねと言いながら、結局その日が来ないまま過ぎていく、など…

一方で、コロナを機に、Zoomを利用して集まりやオンライン飲み会など、新しい交流の仕方も増えました。
遠く離れて滅多に会えなくとも、オンライン上で会える機会が増え、友達との交流がより深まったという方も多くおられるでしょう。

遠方にいる友・仲間と、新しい形で繋がりを維持できるようになった時代です。

オンラインでの勉強会も増えました。
学びたいという思いで集まった勉強会、研修、サロンなど…
その機会が無ければ、出会うことも無かった人達と新たに知り合い、気持ちを同じくして学ぶ。それもまた喜ばしいことです。

オンラインで勉強会をするのに抵抗があった人も以前は多くおられたでしょう。
「そんな形で勉強することに意味はあるのか」
「実際に勉強の場に来なければ、学ぼうという意思を感じられない」
そう言っていた人も実際います。

コロナ禍も経験したこの時代、「現場に来なければ本気じゃない」なんて言われても困りますよね。
オンラインの方が移動もしなくて楽だという人も確かにいますが、
学びたくても遠くて行けない、事情があって行けない。
でも学びたいし、人と関わりたい。そう思っている人だって多くおられます。
そういう人しかむしろ参加してこないでしょう。
楽なこと重視で、本気で学ぶ気が無い人は勉強会の場にもオンラインの場にもそもそもやってきません。
そういう人が参加するとしたら、何か資格を取るために、必要な単位があるからなど、何か目的を果たすために仕方なく受けに来るという人が主です。
本気の人はどんな形であれ、本気の目で学びに来ます。
それを一概に「現場に来ないから」と言っていては、ただの偏見ですね。
せっかくの学びの場を台無しにしかねない考え方でもあります。

本気で学びたい人はどんな形であっても、学びの場に向かってきます。
そこでの学びや交流を楽しみます。
よっぽどのことがない限り脱落はしません。

このnoteや共同運営マガジンなど、SNSを通して学ぶために同志が集まってくる。
その集まる意味と、各々が何を学び、楽しもうとしているのか。
それらを見つめ、考えを発信し、交流し、自他共に高め合っていく。
それもまた朋遠方より來る有り、亦(また)樂しからずや。
「共に学ぼうとして、思いがけなく遠方から同志がやってくるのは、何と楽しいことではないか」ということなのでしょう。

『現代的論語』では章句をとりあげ、現代に合わせて考えるならこのような言葉だろう、ということを記事にしていきたいと思います。
現代人になじみやすく、イメージしやすい事柄で解釈をしていくことで、もっと論語を身近に、耳が痛い言葉もありつつも身に染みる…そう感じてもらえたらなと思います。
共に論語を学ぼうではありませんか。

マガジンに論語に関する記事を収録しています


いいなと思ったら応援しよう!