血は、自動更新される関係なのか。名前のない関係性、『ババヤガの夜』から。
人生の中で、大きな喪失を経験したあと、
人との関係の見え方が少し変わった。
かつて婚約者を亡くしたときがある。
まだ四十九日も終わっていない時、父親がお金を借りにきた。
私の悲しみより、自分の見栄と金を優先し、母を盾にして。
弟は葬式にすら来なかった。
婚約者は結婚してないうちから、私の祖母を見舞い、ペットの死にも駆けつけてくれたのに。
こちらがどんなに尽くしても、彼らにとって私は『家族』ではなく『都合のいい装置』でしかなかったのだ。
どんな相手でも真心をもって接すれば通じる、とよく言われるがそんなことはない。
してもらって当たり前という人間はいる。
それが私の場合は家族だった、というだけの話だ。
むしろ家族だからという甘えがあるのかもしれない。
それが家族なのなら、私はいらない。
それまでは疑いもしなかった「家族」というものが、その日を境に、少し違って見えるようになった。
血のつながりとは、なんだろう。
無条件に続くものなのか。
それとも、ただの“前提条件”にすぎないのか。
弱っているときに、思いがけない形で関係の重さを突きつけられた。
そのときに感じたのは「これは愛情ではなく、義務なのかもしれない」という違和感だった。
血がつながっているというだけで、
当然のように何かを求められる関係。
そこには、選択の余地がなかった。
『ババヤガの夜 』を読んでいて、尚子の父親の姿に、少しだけ既視感を覚えた。
娘は所有物なのでどう扱おうが自分の勝手。
血縁という名のもとに、相手を「家」という枠組みの中の存在として扱う関係。
そこには、愛ではなく、債権や債務のような重さがあった。
一方で、尚子と依子の関係には名前がない。
『ババヤガの夜』の主人公、新道依子は腕っぷしを買われ、極道の組長の娘、内樹尚子のボディガード兼運転手となる。もともとは雇い主と雇われみたいな関係だが、ある出来事を境に依子と尚子は2人で逃げることとなる。
友達でも恋人でもない。
けれど、お互いにとって欠かせない存在だった。
血がつながっていないからこそ、その関係は「自動更新」されない。
だからこそ、 彼女たちは日々、相手を選び続けていたのだと思う。
血縁が「自動更新のサブスク」だとしたら、
彼女たちの関係は「手動で更新し続ける契約」だった。
解約できない(とされている)固定費の煩わしさと、他者と築く「毎瞬更新し続けるコストのかかる絆」
面倒で、不安定で、いつでも終わり得る。
それでも続いていく関係のほうが、私にはずっと濃くて尊いものに見えた。
あの日以来、私は「誰とつながるか」を少しだけ選ぶようになった。
血がつながっているかどうかではなく。
どう扱われるか。
どう関わってくれるか。
それを大事にしたいと思った。
関係は、与えられるものではなく、選び続けるものなのかもしれない。
更新ボタンを押す手が震える夜もあるけれど。それでも私は、自分の意志で選んだ温もりだけを信じていたい。
作中、2人は綺麗な服を着たお姫様よりも雷や雨を降らせる不思議な力を持った鬼婆になりたい、と語る。
私も見た目は姫でも(!)お姫様ではなく鬼婆になりたい。その為に生きる。
『お姫様』は物語に消費されるが、『鬼婆』は物語を支配する。
誰かに守られるのを待つお姫様ではなく、自らの意志で森の奥に居を構え、邪魔する者を一蹴し、大切な者だけを招き入れる鬼婆。
血のつながりとは所詮はただの塩基配列だ。お姫様は『宿命という名の魔法』を信じるが、鬼婆は『エビデンスという名の現実』で武装する。
親だから、家族だからという呪文を解き放ち、私は私の意思で、側にいる人を決める。
その『選択』の積み重ねこそが、私の本当の輪郭なのだ。
その覚悟が決まった人間は、もう誰にも傷つけられない。
私たちは、なぜか名を欲しがる。
名を与えることで、輪郭を縁取ろうとする。
けれど「名前」とは、ほんとうに世界を定めるものなのだろうか。
記号を脱ぎ捨てて、ただ、二人であることだけを生きる。
名づけられない関係の中に、ひそやかな美しさが宿ると知る夜。
それは、奪われ続けた二人の女が、血の匂いの中から掴み取った、かすかな自由のかたち。
世間が貼りつけようとする「枠」を、静かに拒む。
暴力のただ中でなお灯る、剥き出しのシスターフッド。
その光に、どうしようもなく心が震える。
読み終えたとき、世界はわずかに、しかし確かに反転する。
幾重にも張り巡らされた伏線が、静かに回収されていく快感。
思わず、来た道を辿り返したくなるほどに。
暴力の先に仕掛けられた、胸を突くその瞬間を
どうか、その目で確かめてほしい。
この物語が、あなたにとって何になるのかを。


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