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【愛縁奇縁/前世編〈鬼〉】第十七話:封じられた祈りと願い

 月が沈んだ、静寂の山奥。

 人の来ない山奥で、俺は静かに暮らしていた。
 誰にも頼らず、独りで生きている。

 傷ついた者に手を差し伸べ、
 襲われる人を守るためだけに鬼の力を使った。
 助けた幼子に、泣きながらしがみつかれたこともある。
 目の前で妻を守れず悔しさに震えた男の背を、
 黙って支えたこともあった。

 だが――。
 人々は、恐れと憎しみしか口にしなかった。
 
 「鬼が娘を攫ったらしい」
 「人を喰らう【酒呑童子】が山に棲んでいる」
 「討伐せねば、村が滅びるぞ!」

 悲しいことに黑が守った命より、流された噂の方が多かった。
 名も知らぬ誰かの嘘が、いつしか真実として独り歩きしている。

 人は、俺を“悪い鬼”と断じた。
 それでも俺は、人を憎まず。ただ、静かに耐えた。

 今世の母のように。
 前世で共に生きた、如月のように。

 そんなあくる日。
 俺の元に、一人の男が訪ねて来た。

「我は安倍晴明。都より参った陰陽師である。
 ……貴殿を滅するように、お上より命を受けて参った」

 白の狩衣を纏い、清廉な気配を持つ男だ。
 俺を討ちに来たというより……まるで【話しに来た】ように思えた。

「……それが本当じゃったとして、
 なしてこげな堂々と話し掛けてきとんじゃ? 頭沸いとんのけ?
 
 まぁ、なんでも良か。
 ここさは、話し相手が居らんでの。暇しとったとこじゃ。

 話すんじゃったら付いてこっ」

 俺は晴明と名乗った男をねぐらにしていた洞窟へ案内する。
 もちろん、完全に気を許した訳ではない。

 だが男は大人しく後をついて来て洞窟の中に腰を下ろした。
 綺麗な狩衣が泥で汚れるのも厭わず、当然のように寛いでいる。

 その姿を見ていると、この男になら全てを打ち明けてもいい気がした。
 前世のこと。母のこと。

 修行の日々と、……自分が死なせた名も知らぬ娘の話。
 そして、今現在。【酒呑童子】と、呼ばれるに至った経緯。

 晴明は最後まで遮ることなく、じっと耳を傾けていた。
 語り終えたあと。沈黙の中で、晴明が呟いた。

「……分かりました。ですが、
 このままでは、あなたは遅かれ早かれ……人の手によって討たれます」
「分かっちょる。……けど、俺は人を襲わん。
 じゃから、覚悟ば出来ちょる。

 俺ん命ば、ここまでじゃったと言うこっちゃ」
「……それでは、あまりに惜しい。あなたの力も、あなたの願いも」

 そして、晴明は一つの提案をする。

「……ならば、こうしましょう。一騎打ちの末、封じたことにするのです」
「封印?」
「世は【鬼が退治された】と知れば、あなたを追う理由は失われる。
 
……あなたは時の流れに身を委ねて、眠るのです。

 そして。時が満ちた時、再び目を覚ますように仕掛けます」

 ……しばらく、何も言えなかった。
 やがて、細い声で問いかける。

「……次に目が覚めっ時、俺は……今度こそ、会えるんじゃろか?」
「貴方の魂と結ばれた【縁】に再び巡り会える術を、
 施して差し上げましょう。

 ……相手の魂も貴殿との再会を望んでいれば必ず導かれます」
「…………わかった。お前さんを信じるけ、ゆっくりと眠らしてくれ」
「はい」

 そして俺は洞窟の奥に横たわり目を閉じた。

 夢でまた出会えることを願い、
 次に目覚める時は現実で触れられるよう祈って。

 安倍晴明は全ての力を尽くし、鬼の身体ごと、
 俺の魂を【封印】し、同時に……――――【縁の術】を結んだ。

「黒き鬼を、ここに封ず。されど縁の糸は断たれず、
 巡る命の果てにて再び出逢うことを願う――」

 術の最後、封じられる間際。俺の耳に晴明の声が届いた。
 その言葉を聞いて、俺は小さく呟く。

「……待っちょるけん。
 …………また……笑顔ば、見して………くれ……―――――――」

 俺の身は光に包まれ、洞窟の奥深くに封じられた。

鬼の眠りしその地は、まるで視えない何かに護られているように。
そのまま数百年――ただ静かに待ち続けた。


▶ 次の話


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