【番外】8年間、同じコップを使う息子
息子が2歳になった頃に、アンパンマンのコップを買った。
近場で、とりあえず買ったものだ。
持ち手がついたプラスチックのコップに、アンパンマンの主要キャラクターが描かれ、ストローをさせる蓋も付いていた。
いつしか、ストローと蓋は使わなくなった。
そして、マグカップと化したプラコップを息子は使い続けた。
というか、小5の今も使い続けている。
かれこれ8年間使っている。
時々普通のグラスも使っているが、気づくと8割はアンパンマンのプラコップを使っている。
私は、食器を洗うたびに「さすがにもうアンパンマンのコップは…」と思っているのに、また食器棚に戻してしまう。
息子にとったら、それはもう自分の一部みたいなものなのかもしれない。
アンパンマンのコップを使っているという意識すらなさそうだ。
息子は、いつかこのコップを卒業するだろう。
でも、アンパンマンのコップを卒業すると決めるのは誰なのか。
私は「さすがにもう…」と思いながら、気づけばまた棚に戻している。
息子は、当たり前のようにまたそのコップを棚から出して使っている。
そして、見慣れた「アンパンマンのコップを使っている息子」がいる風景を見て、安心している私がいるのだ。
息子は小5になった。
同じコップで飲んでいる息子の姿が、幼いころの姿と重なって見えて、私の口元が緩んでしまう。
私はコップではなく、この風景を手放したくないのかもしれない。
数十年後には、もうこの気持ちを忘れているかもしれない。
でも、今はまだ、そうなる自分が想像できない。
それでも、近い将来、息子から「新しいコップ買ってほしいな」と言われたら、私はたぶん喜んで買うのだろう。
その時、アンパンマンのコップをどうするかは、まだ決めていない。
