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進め方の答えはひとつではない ── 自分の地図は、自分で歩く

この記事について

対象読者

  • 新卒や若手メンバーの育成を任されているけれど、どこまで教えるべきか迷っている方

  • 自分のやり方を後輩に伝えるのが、なんとなくしっくりこないと感じている方

  • 口を出すほど、かえって相手の手が止まる感覚を覚えたことがある方

要点
ここ1年、久しぶりに若手の育成に関わっていました。経過に踏み込まず結果で評価する、フィードバックは感情を抜いて未来志向で渡す。自分で考えた経験はその後に繋がる、という感覚が根っこにあります。



進め方の答えはひとつではない

ここ1年、久しぶりに若手メンバーの育成に関わっていました。

タスクを任せたとき、自分が思い描いた手順と違う進め方をされると、つい口を挟みたくなることがあります。「そこ、こうしたほうが早いよ」と。

でも、考えてみるとそれは、自分の手順が「唯一の正解」だと無意識に決めつけているだけなのかもしれません。

ゴールにたどり着く道は、たいてい複数あります。私の道が最短だとも限らないし、相手にとっての最短は別のルートかもしれない。

そう思うようになってから、できるだけ経過には立ち入らないようにしていました。少なくとも、多少の時間的猶予がある仕事では。

ただし、経過に立ち入らないことと、放っておくことはまったく違います。隣にいて、聞かれたら応える。聞かれていないことには口を出さない。そういう距離感を心がけていました。


なぜ経過に介入しないようにしていたか

理由は3つありました。

ひとつめは、「やらされ感」を生まないためです。手順まで指定されたタスクは、当人の中で「自分の仕事」になりにくい気がします。指示通りに動いた結果がうまくいかなくても、それは指示した側の責任に見えてしまう。

ふたつめは、自分自身で考える機会を奪わないためです。手順を自分で組み立てる過程には、判断・試行・修正の小さなループが何度も含まれます。このループを経験しないまま結果だけ出してしまうと、次に似た状況がきたときに、また誰かの指示を待つ姿勢になりやすい。

みっつめは、考える力そのものが伸びないためです。手順を与えられ続けた人は、手順を与える側にはなれない気がしています。回り道は、本人の中に「次はこう動こう」という地図を作る作業でもあるので、その地図を奪ってしまうのは、長い目で見ると損失のほうが大きいのかもしれません。

なので、自分のやり方と違っても、時間が多少かかっても、結果にたどり着くまでは黙って見ていました。

これが、ここ1年の基本姿勢でした。

回り道しながらでも、本人の力でゴールにたどり着いた場面に出くわすと、こちらも素直に嬉しくなります。先回りして整えていたら、この手応えはたぶん得られない気がします。

あとで本人から聞いた話では、最初は「放置されているのかと思った時もあった」と笑っていました。なので途中から、明示的に「何かあったら聞いてね、こちらからは口を出さないけれど」と一言添えるようにしました。


フィードバックは未来志向で

ただし、見ているだけで何も伝えないのは、それはそれで育成にならないと考えていました。

完走したあとに、ギャップは事実として伝える。「ここはこういう作り方もあったよ」「この判断のときに、こういう観点があるとよかったかもしれないね」と。

このときに気をつけていたのは、感情を入れないことです。

これは脳の仕組みから見ても筋の通る話のようです。人は強く責められたり否定されたと感じると、感情を担う扁桃体が反応して、学習や判断を担う前頭前野の働きが一時的に弱まることが知られています。感情が前面に出るフィードバックは、誰がやってしまっても、相手の「学ぶ準備」そのものを下げてしまうことになる。

なので、感情を抑えるのは「甘やかし」ではなく、相手のパフォーマンスを落とさないための意識的な選択でもあります。優しさからというよりは、相手が伸びる状態を保つための運用、という感覚に近いです。

過去を遡って指摘するようなトーンは、フィードバックの本来の目的(次に活かす)を遠ざけてしまう気がします。叱られた記憶だけが残って、何を学んだかは残らない、というのも、たぶんこの仕組みと地続きなのだろうと感じています。

事実としてのギャップと、次にどうすれば良くなるかの話。この2つに絞って、未来志向で渡す。どうすれば?は伴走しながら基本的に本人に考えてもらいます。

そうすると、フィードバックを受ける側も身構えずに聞いてくれる場面が多かったように思います。

「叱られた」ではなく「次はこう動けばいい」が残るので、本人の中に蓄積していく感覚があるみたいです。


ステークホルダーがいるときは、そうもいかない

もちろん、いつでもこのスタイルでやれるわけではありません。

納期が切迫していたり、顧客が絡んでいたり、失敗が他の人に迷惑をかける場面では、悠長に「自力でやってみて」とは言えない。そういうときは、手順まで踏み込むこともありました。

なので、これは「常に」のスタイルではなく、「猶予が許される範囲で」のスタイルです。

ただ、注意してみると、思っているより「猶予が許される仕事」は多い気がしています。締切の前倒し設定や、レビューポイントの設計次第で、本人に試行錯誤の余白を残せる場面はけっこうある。

たとえば、社内向けの資料、初回の顧客案件のドラフト、改善提案の素案。締切に少し余白を持たせれば、本人の手による完走を待てる場面は多い。逆に言うと、余白を持たせない仕事の組み方は、本人の自走経験を奪っているとも言えます。

特にキャリアの浅い若手メンバーなど、まだ自走までの余地が大きい相手に対しては、この余白の確保があとから効いてくるはずです。


本人たちは、どう感じていたか

このスタイルを通すなかで、本人たちから返ってきた声は、想像していたよりも幅がありました。

「自力でやり切ったときの達成感は他に変えられない」「叱られないので相談しやすい」という声がある一方で、「もう少し早く声をかけて欲しかった」「自分が遠回りしているんじゃないかと、不安になる時もあった」という声もありました。

距離感を取りすぎていた場面では、強い言葉で迫った方が本人の覚醒を促せたかもしれない、と思うこともあります。緊急時や、本人が方向を見失っているとき、場面によっては、強さが必要な瞬間もあるのが現実です。

「自分の地図は、自分で歩く」を基本に置きつつ、状況によっては隣を歩いたり、ときには地図の一部を見せたりする。固定したスタイルではなく、相手と状況で使い分けるもの、というのが、ここ1年で改めて見えてきた感覚です。


振り返ると、AIとの関わり方も同じだった

この1年、育成を進めるなかで、ある手順を身につけていました。

2ヶ月ほど前から Claude Code というタスク支援型のAIエージェントを使い始めたのですが、触っているうちに気づいたことがあります。

私がAIに対して自然と取っていた態度は、メンバー育成でやってきたことと、構造としては同じでした。

タスクを渡したら、極力途中の手順には介入しない。結果を見て、ギャップを未来志向で伝える。次のセッションで、同じ轍を踏まないように仕組みやルールを直す。

自走させて、結果で対話する。

もちろん、AIに渡すタスクによっても変わりますし、人間のメンバーとAIを同じレベルだといっているわけではありません。前提も土俵もまったく違います。重なっているのは相手の能力ではなく、私の関わり方の構えの方です。

考えてみると、これは「相手を信頼する」という話とも繋がっているのかもしれません。経過に踏み込まないというのは、相手が自力で結果にたどり着く能力を信じている、ということでもある。

順序としては、育成のほうが先にありました。1年かけて手の中にあった育成スタイルが、AIに対しても適用されていた、というかたちです。

これは私だけが感じていることではなく、AI エージェントの設計指針としても明示されている方向のようです。

Anthropic の「Building Effective Agents」では、エージェントが手戻りできない操作の前で立ち止まり、人間に判断を返す「チェックポイント設計」が推奨されています。

OpenAI の「A Practical Guide to Building Agents」も、高リスクの操作や、失敗回数が一定を超えた場面で人間が介入する設計を勧めていて、逆に「すべての行動を人間が承認する」運用は、摩擦を生むだけで安全性には貢献しないとまで書かれています。

経験のあるユーザーは、エージェントの行動を一つひとつ承認するスタイルから、必要なときだけ介入するスタイルへ自然と移っていく、というのが Anthropic 自身の観察です。これは、メンバー育成で私がたどり着いた距離感と、ほぼ同じものに見えます。

もう一段考えてみると、これは結局「自分で考えた経験は、その後に繋がる」という話に行き着くのかもしれません。メンバーなら本人の次のタスクに、AIエージェントなら次のセッションの設計に、自分で歩いた跡が地図として残り、次の道行きを支える。

最低限、ゴールへの軌道から外れないようにする必要はありますが、経過に過度に介入することは、目の前の結果を整えるかわりに、その持ち越せるものを奪ってしまう。

育成にしても AI 運用にしても、私が経過に過度に立ち入らない根っこは、たぶんそこにあります。


いま思っていること

完璧な育成スタイルなんてないと思っていますし、私のやり方もまだ試行錯誤の途中です。

ただ、ここ1年振り返ってみて、進め方の答えがひとつではないと信じられること、結果を待てる胆力を持てること、フィードバックから感情を抜けること。

このあたりが、いま自分に見えている範囲での、育てるという仕事の核なのかもしれません。

壁の前で立ち止まるメンバーを、つい先回りして助けたくなる衝動を抑える。本人が壁を越えたぶんが、地図にも跳躍力にもなる、というのは、今回また確認できた感触でした。

完走したあとに「時間はかかりましたけど、自分でやって良かったです」と本人から言葉が出てくることがあります。その手応えは、こちらの言葉では生まれません。

短期的には遠回りに見えるやり方が、長期的にはちゃんと届く。目の前の利益を取るか、将来のレバレッジを取るか。育成という仕事の難しさと面白さは、この時間軸のズレに付き合えるかどうかなのかもしれません。



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