【続】 AI と 戦争
【第2弾】「安全性は、商売の邪魔だ」──排除された企業に、世界が味方した週末
はじめに──予想外の「逆転劇」が起きた
第1弾で私はこう書いた。
「断った1社が排除された翌日、戦争が始まった」
あの記事を書いた時点では、話はそこで終わったように見えた。 AIの良心を訴えた企業が国家に潰され、戦争が始まり、残った3社が軍と手を組んだ。 そういう結末に見えた。
だが、その後の数日間で、誰も予想しなかった展開が起きた。
排除されたはずの企業のアプリが、App Storeの無料ランキング1位になった。 軍と手を組んだ企業のアプリは、アンインストール率が前日比295%増に跳ね上がった。
世界中の一般ユーザーが、静かに、しかし明確に、「どちら側につくか」を選択した。
これは第1弾の続きであり、ある意味では第1弾よりも重要な話だ。
PART 1|「裏切り者」と呼ばれた企業の48時間
第1弾のおさらいを一言で。 2月27日、AnthropicはAIの軍事利用を一部拒否し、国家に排除された。 同日、OpenAIが動いた。
Anthropicが排除されてからわずか数時間後。 OpenAIのサム・アルトマンCEOは、米国防総省(現:戦争省)との契約締結をXで発表した。
その契約の内容は、Anthropicが拒否したものとほぼ同じ条件—— 「あらゆる合法的目的」でのAI利用を認める——というものだった。
ここで一つ、重要な事実を押さえておく必要がある。
アルトマンはその同じ日の午前中、CNBNのインタビューでこう語っていた。 「Anthropicが主張する『レッドライン』は、私たちも共有している。 大規模監視と自律型兵器への使用は、認めてはいけない」
午前中に「Anthropicに同意する」と言い、 午後に「Anthropicが拒否した契約」にサインした。
この行動が、後に世界規模の炎上を引き起こすことになる。
PART 2|48時間で世界が動いた
2月28日(土)・午前
OpenAIの契約発表がニュースになると、SNSは即座に反応した。
Redditの「r/ChatGPT」コミュニティに、あるスレッドが立った。 「ChatGPTを解約した証明を貼るスレッド」
数時間で数千件の賛同票が集まった。
2月28日(土)・午後
ハッシュタグ「 #CancelChatGPT 」と「 #QuitGPT 」がXで急拡散。 24時間以内に、150万人以上がサブスクリプション解約を宣言した。
同日、Sensor Towerのデータが示した数字は衝撃的だった。
ChatGPTのアンインストール率:前日比295%増(通常の日次アンインストール率は9%) ChatGPTの1つ星レビュー:土曜日に775%増、日曜日にさらに倍増 ChatGPTのダウンロード数:土曜日13%減、日曜日さらに5%減
そして一方で——
Claudeのダウンロード数:金曜日37%増、土曜日51%増 ClaudeのApp Store順位:アメリカで無料アプリ1位(ChatGPTを抜いて初の首位) Claudeの1日のダウンロード数:ChatGPTを上回る(史上初)
排除された企業のアプリが、軍と契約した企業のアプリを初めて追い抜いた。
3月1日(日)・深夜
サンフランシスコのOpenAI本社前で、異様な光景が広がっていた。
歩道一面に、チョークで書かれたメッセージ。 「Do the right thing(正しいことをしろ)」 「Red Line(越えてはいけない一線)」
OpenAI本社を囲むように引かれた、赤い一本線。 市が消したが、活動家たちは夜通し書き直し続けた。
同じ夜、Anthropicの本社前にも人が集まった。 こちらのチョークメッセージは、全く別の内容だった。「ありがとう」
PART 3|アルトマンの「言い訳」と、さらなる疑惑
3月3日(月)、アルトマンはXでついに後退を認めた。
「我々の発表は日和見主義的で雑なものに見えた。それは認める」 「本当の意図は事態を沈静化させることだったが、そうは見えなかった」
翌日、OpenAIは契約内容の一部修正を発表した。 追加された文言はこうだ。 「AIシステムは、米国市民・国民の国内監視に意図的に使用してはならない」
だが、批判は止まらなかった。
元米下院議員で現在AI政策グループを率いるブラッド・カーソンはNBCニュースに語った。 「OpenAIは都合のいい時だけ契約書を見せる。監視禁止の条項について、公開を求めたが拒否された」 「私はこの条項が実際には存在しないと結論せざるを得ない」
MITテクノロジーレビューは、この問題の核心をこう指摘した。 「Anthropicは道徳的な境界線を求め、OpenAIはより緩やかな法的な境界線で妥協した」
「合法的な範囲で」という文言の危険性は、法律そのものが変わりうる点にある。 今は違法でも、明日には合法になるかもしれない。 その判断を、AIを使う国家が行う。
PART 4|さらに深まる「構造的矛盾」
この一連の騒動で、もう一つの重大な事実が浮かび上がった。
アルトマンは謝罪の中で、こう述べている。 「AGI(汎用人工知能)の開発は、政府プロジェクトであるべきかもしれないと、私は以前から思っていた」
同時に、こう言い添えた。 「私は民主主義を深く信じている。民間企業が政府より大きな権力を持つ世界は恐ろしい」
これは一見、正論に聞こえる。 だが同時にこう問いたい。
その政府が、民間の利用規約を無効化する権力を持つ世界は、恐ろしくないのか。
アルトマン自身が「恐ろしい」と言った「AI企業が政府より強い世界」を避けようとした結果—— 「政府がAI企業に何でもさせられる世界」が生まれた。
この構造的矛盾を、誰も正面から解決していない。
PART 5|「最も安全意識の高い企業」が抜けた後に残るもの
オックスフォード大学のマリアロサリア・タッデオ教授はBBCにこう語った。
「Anthropicが排除されたことで、最も安全意識の高いプレーヤーが部屋からいなくなった」
この言葉の重さを、私はしばらく考え続けている。
AIの軍事利用を議論するテーブルに、今は誰が座っているか。 「何でも使えます」と言った企業たちだ。 「ここまでは使えません」と言い続けた企業は、そのテーブルから外された。
交渉の場に残るのは、断らない者だけになった。
PART 6|「市場」という名の民主主義
今回の騒動で、私が最も注目したのは数字ではなく、行動だ。
政治家は動かなかった。 議会は沈黙した。 メディアは報じたが、何かを変える力はなかった。
しかし、150万人がサブスクリプション解約を宣言し、Claudeが初めてApp Storeの1位になった。
これを「消費者の感情的反応」と片付けることもできる。 実際、数週間後には多くのユーザーが戻るかもしれない。
だが、私はこの出来事を別の角度から見たい。
国家の力が、企業の良心を排除した。 議会も、法も、すぐには動けなかった。 だが、一般の人々が「財布と選択」で応答した。
これは、市場という名の、非常に不完全な民主主義の話だ。 不完全だが、今この瞬間、機能していた。
おわりに──第2章は、まだ終わっていない
本稿執筆時点(2026年3月5日)、Anthropicと国防総省の交渉が再開されたことがFTによって報じられている。
Anthropicのアモデイは今、国防総省の高官と「最後の交渉」を続けている、と。
排除されたはずの企業が、また交渉テーブルについた。 それは、150万人の「アンインストール」と、App Store1位という数字が、国家を動かしたことを意味するのかもしれない。
あるいは、単に国防総省がAnthropicの技術を必要としているからかもしれない。
どちらが真実かは、まだわからない。
ただ一つだけ確かなことがある。
「良心を持つことは、排除される理由になる」——第1弾でそう書いた。
だが今週、それは「良心を持つことは、世界中の人に選ばれる理由になる」に変わったかもしれない。
この物語の第3章がどう書かれるか。 私たちは今、その目撃者だ。
※本記事はTechCrunch、MIT Technology Review、Fortune、NPR、NBC News、Sensor Tower、Financial Times、CNN、Axios等の公開報道をもとに構成しています。第1弾と合わせてお読みください。
