急成長スタートアップに学ぶ「NRRを最大化する」エンプラCSのヒント
独立系ベンチャーキャピタルのグローバル・ブレイン(GB)にてブランドコミュニケーションチームに所属している、岡本です。
近年、日本でもThe Model型の組織が広まり、カスタマーサクセス(CS)という職種も一般化してきています。そうした中で、SMBの企業と向き合うCSのナレッジは広まりつつありますが、エンタープライズ向けのCSに関しては経験者の数も少なく、知見が限られている状況です。
そこで今回、GBでは「新・解体新書:エンプラCSのリアル最前線で活躍するスタートアップ3社の赤裸々トーク」と題した勉強会を開催。急成長中のスタートアップのエンプラCSとして活躍している3名と、モデレーターとして元HubSpotの1人目のカスタマーサクセスマネージャー(CSM)であり、現在は日本カスタマーサクセス協会のレビューボードでもあるTSUMAMI CONSULTINGの川村 拓司氏をゲストに招き、業務内容ややりがい、将来のキャリアについて深く掘り下げた議論を展開しました。
登壇者
・増田 隆洋氏:株式会社RightTouch Customer Growth Parter
・下川 拓哉氏:MNTSQ株式会社 Customer Success Planning マネジャー
・倉内 彰氏:Lazuli株式会社 Customer Success Lead
・川村 拓司氏(モデレーター):TSUMAMI CONSULTING株式会社 代表取締役
CSは「変革をマネジメント」する役割
川村:まず、皆様の自己紹介からお願いします。自社のCSの業務内容ややりがい、抱えている悩みなどについてもお話しいただけますか。

増田:こんにちは。カスタマーサポート領域で複数のSaaSを提供する、RightTouchの増田です。私はCSとしてNRR(Net Revenue Retention:売上維持率)を追いながら、既存セールスやアカウントマネジメント(AM)も兼任する働き方をしています。
RightTouchでは、1人のCSがオンボーディングからリニューアル、エクスパンションまで担当する一気通貫型で業務を進めています。また、当社にはすでにプロダクトが6個あり、お客様の業界も金融、メーカー、小売など幅広いのが特徴です。
悩みからお話しすると、エンプラ顧客特有の課題として、ユースケースの個別性が高い点があるかと思います。当社も同様で、同じプロダクトでも「ある会社ではこういう使い方をしていて、別の会社ではこう使っている」などのバリエーションが多くあります。そのため、CSのデリバリーやタッチの仕方を完全には型化しきれないのが正直な悩みです。
一方でやりがいもあります。たとえば、顧客と共に未来に向けた大きな絵を描けることです。常に未来の事業を見据えて働かれている方々と、中期計画を踏まえて「3年後何を目指すか」を深くディスカッションし、実現していくステップまで含めて一緒に伴走していくこと。これらは非常に面白く、やりがいがあると感じます。

下川:はじめまして。リーガルテックのMNTSQにて、CSチームのマネジャーをしている下川です。CSの役割に加え、CSOpsやCSの採用なども担当しています。
当社では、お客様が弊社のプロダクトを利用開始するまでに業務フローの整備などを行う「オンボーディング」にかけるCSのリソースがとても高いのが特徴です 。弊社のMNTSQ CLMというプロダクトは事業部と法務部門のコミュニケーションのハブになるサービスであり、全社で利用いただくことも多く、お客様の社内で法務領域の基幹システム・インフラとしてご利用いただくことになります。そのため、お客様の全社に関わる業務フローをオンボーディング時にきちんと整理した上で導入を進める必要があります。
一方で、プロダクトを使う現場の方のオンボーディングに注力しすぎると、NRR向上に影響を与える経営層や決裁者との距離が遠くなり、コミュニケーションしづらくなる点は悩みの1つです。
やりがいは、弊社のプロダクトが大企業の皆様が使う基幹システムのような位置付けになっていくことですね。お客様の長い企業史の中に弊社のプロダクトが残り、常日頃使うサービスになっていく、その過程に携われることに魅力を感じています。加えて、お客様がこれまで課題と感じていた事象の解決が目に見えてわかるのも、面白いです。

倉内:Lazuliの倉内です。私はCS業務も行いつつ、営業サポートも行ったり個別コンサルティングを行ったりと既存顧客の対応全般を担っています。
Lazuliは、あらゆる商品のデータを統合し管理する「プロダクトデータプラットフォーム」というサービスです。これはとても新しい概念であるため、お客様側もLazuliのメリットを理解しづらいという難しさがあります。
理解しづらいサービスの場合、オンボーディングが始まる「前」が非常に大事です。Lazuliでできることをお客様にきちんと理解いただけていないと後々苦しくなるため、要件を整理し、どこからどこまでをLazuliで実現していくのかをきちんと設計しています。
川村:ありがとうございます。個別に深堀りもしていければと思います。RightTouchさんは一気通貫型のCS体制でいらっしゃるとのことでしたが、1人で何社の顧客を担当しているのでしょうか。
増田:平均で12~13社です。社内で議論した結果、既存顧客のエクスパンションを見据えたプラン作成や壁打ちの余力を残すためにも、ベストは10社ぐらいではないかという結論に至りました。
クロスセル提案のために別部門の決裁者に会いに行く際などは、私1人ですべて対応するのではなく、代表に同席してもらうなどしています。一気通貫型ではありますが、1人で全部抱え込むのではなく、社内メンバーをオーケストレーションしながら進めている感じですね。

川村:決裁者とのコミュニケーションの話が出ましたが、先ほど下川さんもまさにこの課題に言及されていました。実際、MNTSQさんでは決裁者とのつながりをどう維持されているのでしょうか?
下川:まず「ハイレイヤーな方にはアプローチできない」という心の壁を払うことが大事です。現場の担当者に言ってみると、意外とすんなり決裁者層とつないでいただけることもあります。また、弊社では年1回大規模なユーザー会を開催しており、そこで当社の代表と顧客側の決裁者が直接コミュニケーションする機会を設けています。そこで今後の弊社の事業展開やプロダクトの開発計画を共有するというのは意識的にやっていますね。
川村:直接コミュニケーションを取れる場があるのは良いですね。一方、現場の方とのコミュニケーションに関しては倉内さんがおっしゃっていた課題感もよくわかります。新しい概念のプロダクトを現場に浸透させるために、Lazuliさんでは何か工夫されていますか。
倉内:いまの仕事に慣れていらっしゃる現場の方の中には、新しいプロダクトの導入に抵抗感を感じる方も少なくありません。そこで大事なのは「あなたの味方ですよ」という姿勢を示すことです。先方の上層部向けのプレゼン内容を一緒に作成したり、「現場で3か月後にこの状態を目指す」というような実行目標を共有したりして、プロジェクトを一心同体で進めていると理解してもらうように努めていますね。そういった状態になれば、個別具体の話も進み、スモールサクセスをちょっとずつ積み上げられるようになります。
川村:なるほど。最近アメリカではCSは「チェンジマネジメント」、顧客の変革をマネジメントする役割だと言われています。倉内さんがおっしゃったように現場と上層部をつなぎながら少しずつプロジェクトを進めていくのはまさにチェンジマネジメントですよね。エンプラ顧客のCSであれば巨大な企業を1人で動かしているように感じられる場面も多く、やりがいも多いかと思います。
「総合格闘技」的な仕事から広がるキャリア

川村:次に、各社におけるCSのキャリアについてお聞かせください。どのようなキャリアステップや成長のルートが用意されているのでしょうか。
増田:RightTouchでは、エントリープロダクトのオンボーディングを3ヶ月程度で経験し、半年後には1人で複数社を担当、1年後程度でAMができるようになっているような成長イメージです。CSを起点として、CSOps、カスタマーエンジニア、PMMやPdMなど、多様なキャリアを描ける体制になっています。
私自身は先ほども申し上げたように、顧客と未来の絵を描いていくのが好きなので、将来的には顧客とビジネスのアーキテクチャを共創し推進していくキャリアを積みたいですね。
下川:エンプラCSって「総合格闘技感」がありますよね。ステークホルダーの多い大企業を相手にするコミュニケーションスキルだけでなく、社内の開発側に顧客の声や課題感を届けるなど、社内外のハブとして多方面のスキルセットが必要です。アップセルやクロスセルもあるため営業スキルも求められます。
そうした総合的なスキルを得た先で、弊社ではCSからセールスを兼務し、事業責任者になったメンバーもいます。CSは顧客と関わっている時間が1番長く、事業解像度が高くなる立場でもあるので事業責任者へのキャリアは、1つの魅力的な選択肢なのではないかと思います。私自身も3年後くらいには事業責任者を目指したいですね。
倉内:Lazuliでは習うより慣れろという感じで、入社後には比較的すぐアカウントを持っていただきます。顧客の声を反映したプロダクト開発を推進することも、顧客と新しい事業パッケージを作り出すこともあるので、CSは開発側のキャリアも歩めますし、事業開発的なキャリアも歩めます。キャリアの選択肢の幅が広がり、視野が広がるという点で、CSはいいポジションだなと感じます。
Lazuliには小売やメーカーなど幅広い業界のお客様がいらっしゃるので、私自身はそうした異業種をつなぐようないままでにないプラットフォームを作るキャリアを積んでみたいですね。社会に貢献できる新しい仕組みを自分の意思で形づくりたいと考えています。
会場からの鋭い質問に議論も白熱

会場からは各社のCS業務についてや、キャリアに関する質問も多数寄せられました。その際の内容を一部抜粋してお届けします。
Q:NRRを目標として追っているのですが、担当社数が増えるにしたがって業務が逼迫してきています。どのようなリソース配分で業務を進めるのが理想ですか?
増田:私は顧客との定例ミーティングにリソースの40%程度、決裁者層との拡大交渉に向けた準備と時間に10~15%程度割いています。あとは自部門の採用にも5~10%時間を使います。顧客からのQA対応などはチャットサポートなどチームみんなのリソースを活用して時間を削減し、リソースの半分くらいをNRRを上げるための準備や決裁者層との時間に使うのが理想かなと思います。
川村:NRRがKPIになっているということは「顧客解約のディフェンスをしつつ、エクスパンションもちゃんとやってね」という会社からのメッセージです。NRR最大化のために何に時間を使うべきかを見極めて、その仕事に集中していくのが良いと思います。
Q:エンタープライズ顧客のNRRを追いかける際、組織拡大以外の方法でサクセスを維持する方法は?
下川:ハイタッチを生み出すための社内の仕組みやプロジェクトで提示する資料などのコンテンツを型化することですかね。CSのメンバーごとに顧客サポートや資料の独自性が強すぎると、どうしても業務過多になって事業の広がりが限定的になります。
増田:RightTouchでは、プロフェッショナルサービス(PS)とSLA(Service Level Agreement:サービス水準合意)の設計を進めています。取り決め以上にCSが時間をかけてしまう支援についてはレギュレーションベースで区切り、それ以上の支援が必要な顧客にはPSを提案する仕組みを設けようとしているところです。
Q:チェンジマネジメント(変革管理)の必要性は理解できますが、それが達成されたかどうかは「イコール何」であり、具体的に顧客とは何を握るべきでしょうか?
川村:チェンジマネジメントは「変革」や「成果(アウトカム)」という言葉に置き換えられます。サービスを通じて「どういう成果を上げるのか」を会社として定義し、それを顧客と握ります。「半年後や1年後に成果をこれぐらい出す」ということを顧客と合意していくのが基本的なやり方です。
Q:お三方が思う「イケてるCS」「イケてないCS」を教えてください。
下川:お客様はもちろん、「社内もきちんと見れる人」がイケてるCSかなと思います。たとえばアップセルやクロスセルをセールスと実行する際、「このセールスメンバーはいまこういう状況だから、この案件は主導してもらった方がよさそう/こちらで主導したほうがよさそう」と考えて、セールスとコミュニケーションが取れるかどうかが重要です。その瞬間の短期的な自分の数字だけではなく、事業全体をみたコミュニケーションがCS側からとれるとイケてますね。
倉内:私たちのような新しいプロダクトのCSは特に「面白がるマインド」を持っている方だと良いのかなと思います。顧客の成功事例を自分ごと化して「あのお客さんがこう言っていたってことは、こっちのお客さんも喜んでくれそう」と楽しんで自分から考えられる人は良いですよね。お客さんも聞いていて嬉しいと思いますし。逆にイケてないCSは、それをせず情報を右から左に投げてしまう人でしょうか。また、CSは永遠に仕事が終わらないので、どこまでがCSでどこからがテクニカルサポートの領域なのか境界を自分で区切れることも大事です。
増田:「中長期で考えられる」CSがイケてるCSだと考えています。1年程度の短期目線で考えると、最適っぽい動きになってしまい、プロジェクトが積み上げでの成功にしかならなくなります。エンプラCSにおいてはプロジェクトマネジメントが特に重要なので、中長期からバックキャストしていまやるべきことを顧客と話せるのがイケてるCSだと思います。
Q:顧客からの要望であれば、多少無茶な開発であっても推進することで顧客満足度を高めることができるでしょうか。顧客満足度につながる開発の基準があれば教えてください。
川村:この点は、経営の戦略がカチッと決まっているかどうかで開発する/しないが左右されます。会社の理念に立ち戻って、上層部と相談しながら決めていく必要がありますね。要望の中でも、汎用性が高かったり、影響範囲が広かったりするものは取り入れてしかるべきです。
増田:そうですね。開発側に相談したら翌日には機能ができた、みたいなケースは実体験としてありますし、お客様にも喜ばれはするんですが、CSとしては影響範囲の広さや汎用性の高さなどのインパクトを常に考えたほうがいいですね。
下川:MNTSQでは、開発する/しないの決定は最終的に開発側に委ねています。お客様からの強い気持ちのこもったフィードバックを受けるとCSとしては辛いものですが、ただ「その機能がないという1点のみをもって、本当にお客様は離れていくのか」という問いに立ち戻ると、そうではないことが多くあります。他の機能をうまく利用することでカバーしたり、運用でカバーしたりして、頭を使うことが重要です。お客様から言われた機能要望に限定せずに、お客様と逃げずに会話して、より本質的な提案をすることがポイントだと思います。
倉内:顧客からの要望自体は開発側に共有した方が良いですが、「要望」と「課題」は違うという意識を持つと良いのではないでしょうか。要望ではなく、課題を解決することにどれだけ向き合えるかが大事です。私たちの場合は商品データを扱うプロダクトなので、まずはExcelなどで小さくサンプルを作り、「要望とは違いますけど、これでも対応できますよね」と提案することもあります。やっぱりお客さんとちゃんと向き合って話すことが大事かなと思います。
各社からは採用情報の共有も

イベントの最後には各社からの採用情報の共有やネットワーキングも実施。来場者の中には実際にCSを担当されている方が多く、ネットワーキングでは具体的な悩み相談や知見の共有が積極的に行われていました。
GBではこれからも投資先スタートアップの知見を共有したり、人材採用につながったりするきっかけづくりの場を積極的に設けていく予定です。今後も「未踏社会の創造」というミッション実現を目指し、スタートアップエコシステム発展のためのさまざまな取り組みを行ってまいります。
