【競馬】思い出の馬について書く(第8回)「セイウンスカイ」(1998年11月8日について)
27年も前の話になりますので、今から書くことは時効です。
時効ですって自分で書くなよって話ですね。
昔の話なんでってことで読んでいただけるとありがたい。
若い子はまねしちゃだめよ。と書いておきますが、そもそも若い子はここにたどり着くのか?
菊花賞ウィークということで、菊花賞の話でも。
未成年者の馬券購入はだめよ…
なんどか書いてきましたが、自分の地元は北海道でありまして、一番はじめに競馬場に連れて行ってもらったのも札幌競馬場でした。
その時のことは、以前書きましたね。
ちょうど半年くらい前の記事になりますか。
その後ですけどもね。
札幌競馬場にちょいちょい行くようになるんですよ。
電車で行くこともありましたけど、当時はお金ももっていないし、少ない中から馬券にお金を使いたい…。
そうなりますと、実家からとなりの市である札幌市まで自転車で行ったりするようになるんですね。
先日のますざぶオフ会に原付バイクで行きましたから、今もやってることほとんど変わらないような…。
まあ、それはいいとして…。
さきほどリンクを貼った、エアグルーヴ-エリモシックできまった札幌記念が1997年の話になりますのですが、次の年の1998年くらいからですかね、上で書いたように電車や自転車で札幌競馬場まで行くようになったのは。
当時はまだ高校生でしたので、本来であれば馬券を買ってはいけません。
ただ、札幌競馬場で開催されているうちは
「馬を見に来ただけで、馬券は買っていない」
と主張して、馬券を買ってる証拠が出てこなければ…というのはありました。
そのため、当たった段階ですぐ換金し、はずれた段階ですぐ捨てる。
こうして、高校生ながら馬券を買う生活になっていったわけですね。
ただ、それは札幌競馬場で開催されている時限定でできる話で、夏がすぎればもとのテレビで観戦生活に戻ります。
しかし、だんだんそれでは満足できず
「目の前で開催されてなくても、馬券を買いに行こう」
と思い立つのである。
目の前で開催していないということは
「ただ馬を見に来ました」
という言い訳がききません。
明らかに馬券を買う以外に目的はなく、今までとは背負うリスクが違います。
それでも行こうとなりまして、行きましたのが1998年11月9日でありました。
1998年11月9日
普通に1998年11月9日と書きましたが、前の週に天皇賞・秋が行われていました。
このころは天皇賞・秋の後に菊花賞だったのですよね。
1998年の天皇賞・秋はオフサイドトラップが勝ちましたね。
そう、サイレンススズカがレース中に故障してしまい予後不良となってしまったあのレースです。
サイレンススズカの天皇賞・秋をみてショックで競馬をみれなくなったとか、離れた方もいたとききます。
しかし、その翌週に自分は札幌競馬場まで馬券を買いに行ったわけですから、ショックだったけどそれはそれ…とか、もうすでに思っていたのかなあ。
なにぶん27年も前の話なもんでね。
当時の感情とかどんな感じだったかなあ…と、忘れてしまった部分もありますよね。
忘れてしまったといえば、何レースくらいに到着してどれくらいのレースを買ったかというのも、ちょっと覚えてないんですよね。
そんなにギリギリじゃなくて、わりと早くからいたような記憶もありますけど

その日はスティンガーの新馬戦とかもあったようなのですが、まったく記憶に残ってないということは、この時間にはまだついてなかったのかな。
岡部幸雄騎手がこの年は菊花賞に乗らず裏の東京競馬場で乗ってる!
騎手も調教師も懐かしい面々だなあ、今も現役の柴田善臣騎手が異常なのよ。
JRAホームページがいつのまにか1986年のレース結果からのるようになってますので、この日の全レースの結果がみれるようになっているのはありがたいですね。
しかし、他のレースの結果をみてもぜんぜん記憶が蘇らないわ…。
まあ、そうはいいつつも東京のメインレースであるブラジルカップは覚えてまして

このイソノウイナーとレイズスズランの馬連は1点で取ったのよ。まあ人気だったはずですけどね。
JRAホームページはさすがに人気まではのってないなあ…と思ったけど、通過順と配当はのっていたわ。

馬連560円とかそんなもんでしょ。
でも1点で的中ってでかいのよ。
メインレースで普通に人気馬に乗せてもらえている牧原由貴子騎手ね。
牧原由貴子騎手に関してまで書き出すと、文がさらに長くなるからここでは長々書かないけど、JRAの女性騎手のはじまりはここからですからね、話題にもなりましたよね。
細江純子さんも同じ年に騎手デビューしましたが、細江純子さんが今でも競馬メディアで活躍されているとか、世の中どうなるかわからないもんですよね。
さてさて菊花賞
菊花賞は日本ダービー馬スペシャルウィークが1番人気、皐月賞馬セイウンスカイが2番人気でした。
スペシャルウィークは京都新聞杯を勝ち、セイウンスカイは古馬相手に京都大賞典を勝ち、どちらも前哨戦を勝っての参戦でした。
それではレース


横山典弘騎手の芸術的な逃げですよね。
前半1000mまでは速く、1000m〜2000mまでをペースを落として、2000m〜からまたペースを上げる。
ここ最近、武豊騎手がG1で逃げて結果を残していますが、武豊騎手は全体的に緩まない逃げで、前もきついけど後ろもきつく後ろから競馬する馬に脚が残ってない。
みたいな逃げをうつのに対して
横山典弘騎手はいったんペースを落として、後ろも脚を使うけど、逃げた馬自身に脚が残ってるからぜんぜん差が詰まらない。みたいな逃げをうってきますよね。
この逃げを当時30歳そこそこになろうという騎手がうつわけですから。
今の30歳くらいの騎手と比べてもやはり違いますよね。
今いますか、30歳そこそこでこういう逃げがうてる騎手。
改めて思うとスペシャルウィークの武豊騎手も、前の週にサイレンススズカの件があり、ショックもあったとは思いますよ。
さらに前日にはアドマイヤベガの新馬戦で降着になったりしていて、色々重なった中でもこうして乗って2着を確保するあたりはさすがですよね。
ご本人は騎乗に失敗したとのちに語っているのもみたと記憶していますし、やはりそれでもいつもと違ったのかなあ…。
このレースを札幌競馬場でみていて、横山典弘騎手すげえなあ。と思った記憶がありますよ。
あと馬券も当たった記憶がね。
菊花賞といえば、まずはこの年の菊花賞とその日の記憶が思い出されたので今回書きました。
後日の話も少々…
この日、補導とかされなかったことで
「意外といけるじゃん…」
と調子にのった自分は、年があけてお年玉も色々もらいお金も入ったことで金杯の日にまた札幌競馬場まで行くのですね。
そこでそっこうで声をかけられ
「もう未成年のうちは馬券を買わない」
みたいな念書を書かされて、札幌競馬場を後にするのでありました。
家に帰ってレース結果をみまして


ヒカリサーメット、軽量のダンチヒだから買おうと思っていたのに〜。
あの時声をかけられなかったらなあ…。
と思いましたよ。マジで。
まったく反省してねえ…。
まあ、基本へたれですからこれ以降は成人するまで開催してない時の札幌競馬場では馬券を買わなくなりますけどね…。
何度も書きますが、27年前の当時の出来事ですから。もしこの記事を見にきた未成年の子はやっちゃだめよ。
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