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独り身だった時は、せまい世界の中を生きていたのではないだろうかと

自分の中では奇跡的なことではあったが、ひょんなことから結婚することになり早5年がたった。

本当に自分が結婚できるとは思っていなかったもので、30代なかばくらいまで「もてない人生をおくりこのまま一生独身なんだろうなあ・・・」なんて本気で思っていたものだ。
そんな自分でありますが、当時を振り返るとちょっと広がりのない生活を送っていたのではないかなあ・・・なんてことを思うこともある。

広がりのなかった独り身生活

ひとりはひとりで楽しくすごしていた。それはまあ間違いはない。
本当に好きなことをやってすごしていた。
平日は仕事して土日になると競馬をする。
4勤2休のシフトの時は、4日仕事した後平日の地方競馬が入ることもある。それはそれで楽しくやっていたことは事実。

今、振り返るとまあ変わらない生活をしていたなあ・・・とも思うもので。

それもそうで、独り身生活は自分さえ良ければ、自分さえ楽しければ良くて、自分が楽しくすごしている以上変わる必要もないので、結局変わらないのだ。
どれだけ自分自身好きなことをやってすごしていても、それを止める人もいない。独り身の良い点でもあり悪い点でもある。
年とともに本当に誰にも指摘されなくなるしね。ましてや独り身はなおのこと。

そのまま変わらなければ、年老いても同じような生活をしていただろうし、まあなんやかんやありつつも楽しかったとは思いながらも亡くなっていったかな・・・。

しかし、はたして本当に「なんやかんやありつつも楽しかった」と思って人生を終えることができたのか・・・

そうは思いつつも、今もひとりだったとしたら、本当に楽しかったと人生を終えられていたかというと、ちょっと疑問は残る。

独り身で楽しかったと人生を終えれる人は、本当に独り身を楽しめる強さをもった人で、ひとりでも自分を強くもって崩れない強さをもった人なんだろうと思う。
自分のまわりの友人を思い浮かべても、横浜ベイスターズの試合を見に関西から関東まで何試合もやってきたり、野球だプロレスだライブだと、色々見に関西だ関東だと遠征し、遠征先で友人と会ってうまいもの食べて・・・みたいなアクティブな人はその強さをもった人なんだろうなあ・・・と思うがねえ。
そしてそういう人ほど、ひとりでも世界は広がっていく。
ひとりでも知らない土地へ行けたり知らない人としゃべったりして、世界を広げていくだろうというイメージはある。
はたして自分にそれがあっただろうか。

noteをはじめてフォロー8フォロワー5の自分に、そこまで世界を広げていけるというイメージがまずわかない。そういうのが得意じゃないんだからこの数字なのに・・・。
自分は結婚する前は、わりと本気で
「どうせ自分なんてもてないし、一生独身なんだろうな・・・」と思っていたし、ひとりを楽しみつつも人間関係の方に関しては若干やさぐれていた部分は間違いなくあったと思われる。
街を歩くいわゆるリア充な方をみては
「どうせ自分にはコミュニケーション能力が足りてませんからね」と思ってましたし「俺はコミュ障だ」くらいに思ってたところはありますし。
そんな人がひとりで世界を広げていけたかは、疑問が残る。

わりと同じタイミングで、偶然にもよく一緒に競馬を観ていた友人も結婚して、お互い府中への競馬場通い詰め生活もなくなったが、もしひとり取り残されていてひとりで競馬場通い詰め生活をおくっていたら、さらにやさぐれ方向に加速していた可能性は否定できない。
否定できないどころか、そのイメージがすごくできる。
あの人は結婚して社会人としてまともな人生をおくり、それに比べて俺なんて…みたいな。

そうなっていくと、どんどん自分の世界は狭まっていくし、自分さえ良ければ良いというのもマイナス方向に働いていく可能性もおおいにあったと思う。年齢とともに考えも凝り固まっていくし、やばい独り身男性になっていた可能性は本当に否定できない。

誰かがいることで世界は広がる

ありがたいことに結婚することができたわけだが、当然のことではあるが育ってきた環境やすごしてきた環境が違うから、考え方やみてきたものなど違ったりする。
そうしてくると、自分の中では当たり前だと思っていたことが当たり前ではなかったりすることも出てきますし、自分と違った考え方をきくことや環境の変化などで新たな発見をすることもある。
その発見が世界の広がりにつながっていくのだろう。

例えばであるが、独り身の時から猫がいたらいいなあと心の奥は思っていたものの、独り身ではそれまでと変わらぬ生活を送りいたらいいなあで終わっていたが、妻が一緒に住んでいた猫を連れてきたことで、猫と一緒に暮らすことになった。
猫がきたことで、猫と一緒に暮らす世界を知れたのも世界の広がりのひとつだろう。それまでの生活では知ることのなかった世界を知ることができたのだから。
そして、もう1匹猫を迎えることで、2匹の猫になり、ふたりの性格の違いや行動の違いなどを知ることができて、同じ猫でもこうも違うんだというのを知れたのも、それまで知ることのなかった世界を知ることになった。ということではないだろうか。

お兄さん猫ちゃん
妹猫ちゃん

↑まあ、ここの部分。
うちの猫をみせたいがために書いたようなもんですけどね。

色々書いてきたけど

最終的に、何が言いたいかってなったら
「誰かと一緒にすごして、世界が広がっていく経験ができているのはありがたいなあ・・・」
ということでいいかなと。

この記事、途中まで書いた状態でわりとどう話を着地させたらいいのやら・・・と思って、書きかけのままかれこれ数週間放置状態でした・・・。
こんな話の着地でよろしいかしら。

あと、今回はじめて
「みんなのフォトギャラリー」
から、画像を使用させていただきました。


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