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駄菓子とは?

駄菓子?

駄菓子とは、子どもがお小遣いで気軽に買える安価なお菓子の総称です。
その歴史は江戸時代までさかのぼります。

当時、お菓子といえば砂糖を多く使った「上菓子(じょうがし)」が主流で、茶会や贈答用など限られた場で食べられる高級品でした。
一方、庶民の子どもたちが楽しめる味として登場したのが「駄菓子」です。

でも上とか下(駄)と言われるのも、今時では変な感じですね。

米や麦、雑穀を主原料にした素朴なお菓子が多く、安価で日常的に手に入ることから「駄(やすい)菓子」と呼ばれるようになりました。


江戸の町では、甘納豆やおこし、干菓子、麦こがしなどが子どもたちに親しまれました。
駄菓子屋の始まりもこの頃で、町の片隅にある小さな店先に並ぶ菓子を、子どもたちは小銭を握りしめて買いに行ったといいます。


明治以降になると、砂糖の普及や製菓技術の発達により駄菓子の種類は一気に増え、色鮮やかな飴やキャラメル、ビスケットなどが登場しました。


そして昭和に入ると、駄菓子はさらに大衆文化の中で定着していきます。戦後の復興期には、栄養補助の意味も込めて粉ミルクや大豆を使った駄菓子が登場し、子どもたちの成長を支えました。

また、この頃から現在も定番の「うまい棒」「キャベツ太郎」「ラムネ菓子」など、遊び心あふれる商品が数多く生まれます。
価格も10円や20円と手ごろで、子どもにとっては大きな魅力でした。
駄菓子屋にはガチャガチャやくじ引きも置かれ、単なる買い物ではなく「遊び場」としての役割も果たしていたのです。

今はめっきりと減ってしまいましたが、昭和の戦後にかけて昭和世代の方が思う「駄菓子屋」の形が出来たと言われています。


平成から令和にかけては、少子化やコンビニの台頭により駄菓子屋の数は減少しました。
しかし、駄菓子そのものは「懐かしい味」として大人にも愛され続けています。近年ではインバウンド需要の高まりとともに、外国人観光客が日本文化の一端として駄菓子を楽しむ姿も増えました。
小さな袋に詰まった色とりどりのお菓子は、日本人の子ども時代の記憶を呼び起こすと同時に、海外の人々にとっては新鮮でユニークな体験となっています。

駄菓子は単なる食べ物ではなく、世代を超えて人々をつなぐ文化遺産ともいえます。
子どもの頃にわくわくしながら駄菓子屋に通った記憶、大人になってから懐かしさに手に取る気持ち、そして異国の人々が日本の駄菓子に驚き笑顔になる瞬間。
そのすべてが駄菓子の魅力です。
安価でありながら豊かな歴史と文化を背負った「小さな宝物」として、駄菓子はこれからも日本の生活に息づき続けるでしょう。


なんとなく買い物ついでに見かけて買うのが駄菓子かな?
でも、あれ食べたいなと思って探しても、なかなか見つからないのも駄菓子ですね。

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