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台湾生活、いよいよ開幕


台風の影響で揺れることが予想される、と機内ではアナウンスが流れていた。
ところが、窓の外に広がっていたのは、まるで穏やかな凪のような空だった。
夕暮れ時の空はオレンジ色に染まり、その中を飛行機はスイスイと飛んでいく。
そして、到着予定時刻よりなんと30分も早く着陸した。
ということは――
30分遅れで離陸したのだから、結果的にはすべて予定通りだったということだ。
「ほらね〜!」
私は心の中でVサインを出した。
空港には、夫と秘書の女性、そしてドライバーさんが待っていた。
まず向かったのは、愛犬を引き取るための台湾の検疫所。
秘書の女性が中国語でテキパキとやり取りしてくださったおかげで、手続きはほんの数分で終了した。
そして、ついに愛犬と再会。
もともとおっとりしていて、何事にもあまり動じない子なので、久しぶりの再会にも大興奮することなく、いつものように私に抱っこされた。
……ところが。
一番興奮していたのは、夫だった。
3か月以上も会っていなかった夫は、顔をくしゃくしゃにしながら愛犬に近づき、
「○○〜!」
と、何度も何度も名前を呼んで喜んでいる。
私は思わず笑ってしまった。
はいはい。
あなたも会いたかったのね(笑)。
そのまま用意されていた会社の車に乗り込み、空港から15分ほどのところにある台湾での新居へ向かった。
シンガポールでもそうだったのだが、海外駐在員の家族は、セキュリティのしっかりした集合住宅に住むことになる。
台北市内でそんな条件のマンションとなると、東京でいえば麻布あたりにある外国人向けの高級マンションをイメージしていただくと近いかもしれない。
エントランスにはコンシェルジュと警備員が常駐。
一階には中庭があり、温水プールやスポーツジムなどのファシリティも完備されている。
そしてエレベーターはキーロック式。
居住者しか利用できない。
「嗚呼……!」
この贅沢な空間。
たまらないわぁ〜!
心が躍った。
しかも、警備員の方々がとても気さくで親切だった。
愛犬を見つけると、
「名前は?」
と聞いてくださる。
私は赴任前から少しだけ中国語を習い始めていたので、たどたどしい中国語で愛犬の名前を伝えた。
すると、その日から帰国するまで、警備員の皆さんは毎日、愛犬にまで挨拶をしてくださった。
とにかく、台湾の人たちは明るくて優しい。
独特のイントネーションの中国語も、耳にとても心地よかった。
この家は、夫が赴任する2か月ほど前に私も一度台湾を訪れ、一緒に見て決めた家だった。
けれど、改めて見ると……
「本当に広い!」
4ベッドルームタイプで、主寝室とゲストルームには、それぞれユニットバスが付いている。
リビングダイニングは、なんと30畳ほど。
南国ならではの大理石の床も、シンガポールを思い出させた。
ただ、まだ船便の荷物は届いていなかった。
そのため、部屋にあるのは備え付けのダイニングテーブルセット、ソファ、コーヒーテーブル、ベッド、そしてテレビだけ。
まるでモデルルームのような、閑散とした空間だった。
夫はここで3か月間、ひとりで暮らしていたのだ。
会社までは徒歩15分ほど。
すぐ近くには、日本の三越が入っている大型商業施設もある。
日本食も簡単に手に入るので、夫は毎日いろいろなものを楽しんで食べていたらしい。
どうやら、何ひとつ不自由はなかったようだ。
そして愛犬はというと――
広い部屋の大理石の床を、時々ツルッと滑りながら、嬉しそうにすべての部屋を探索していた。
その姿を見ながら窓の外を見ると、そこには台北のシンボルタワー、台北101が見える。
もう、
ワクワクしかない。
夫は自慢げに、近くの商業施設を案内してくれた。
そして、そこで驚くべきことを知る。
なんと、三越でさえ、カートに入れていれば愛犬と一緒に入店できるのだ。
翌朝の朝食や、足りない日用品を買い、さらに犬同伴OKのレストランで食事をした。
まさに――
ワンコパラダイス。
これまで外食するときは、いつもお留守番だった我が家の子。
それが、台湾では大概のお店に連れて行ける。
我が家にとって、これほど幸せなことはなかった。
しかも、高級ブティックにまで堂々と一緒に入れる。
どこのショップへ行っても、
「好可愛!(ハオ・クーアイ!)」
と、愛犬は可愛がられる。
そして私も、どこへ出掛けても、
「太太(たいたい)」
と、中国語で「マダム」と呼ばれ、大切に扱ってもらった。
この「マダム」という呼び方。
懐かしかった。
シンガポールでも「マダム」と呼ばれていたけれど、日本に帰国してからは「お客様」と呼ばれることはあっても、「奥様」や「夫人」などと呼ばれることは、まずない。
海外にいると、こういうちょっとした特別感がある。
そして私は、その感覚をすっかり思い出していた。
ただし――
外国人である私たちは、当然ながら周囲から注目される立場でもある。
ある意味では、「日本」を象徴する存在でもある。
だからこそ、マナーや言葉遣いには、とても気をつけていた。
街を歩いていると、見るからに日本人家族であろう私たちに、親日的な台湾の人たちが声を掛けてくださる。
そんなとき私は、にこやかに笑って、
「你好!」
と手を振り、
そして、深々と頭を下げる。
まるで――
植民地にやって来た皇族のような気分である。
……もちろん、ただの駐在員家族なのだけれど(笑)。
けれど、それくらい台湾の人たちは温かく、私たちを歓迎してくれた。
こうして私は、帰国するまでの2年間、
「模範の日本人」
として暮らすことになる。
礼儀正しく、朗らかに。
そして、出会った皆様に愛される日本人として。
私の台湾生活は、こうして華やかに幕を開けた。

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