見出し画像

小文 ―初夏の匂い―

5月の末に、もう夏の匂いがする。

気温は28度。
テレビのお天気お姉さんが、「例年より1ヶ月早い」と言っていた。

半袖で家にいると、少し動くだけで汗が滲む。
湿度が皮膚に張りつくような、あのジメジメした感覚。

あぁ、
またこの季節が来た。


農業をはじめてから、季節の変化が少し怖くなった。

雨が少ない。
夏が長い。
春と秋は、気づけば終わっている。

今年の梅雨は、ちゃんと雨がふってくれるだろうか。

そんなことを考えながら、畑を見ている。

1ヶ月も先走った夏を前に
この先どうなっていくのだろうと、静かに不安になる。

怖いというより、途方に暮れる感じ
とでも言えばいいか。


子どもの頃、雨の日が嫌いだった。

お出かけが中止になる。
外で遊べない。
なんとなく気持ちが落ちる。

雨はいつも、「できない理由」として現れていた。

それがいつからか、逆転した。

農業をはじめてから、雨の日が待ち遠しい。

あの独特な匂い。
傘にあたる雫の音。
土が水を吸い込む音。

シトシトと降りつづける静かな雨の日。
世界がすこし落ち着いて、呼吸が深くしたくなる。

多くの人が気持ちを下げているなかで、自分だけが密かに喜んでいる。

その小さな優越感が、また好きだったりする。

雨の中、畑の真ん中でひとりダンスしたって、誰も咎めはしない。


今年の梅雨と夏が、もうそこまで来ている。

来てほしいような、まだ来てほしくないような。

そのどちらでもあるまま、初夏の匂いを嗅いでいる。

いいなと思ったら応援しよう!