「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 第三十一話
第十四章 ダブルミスリード
令和4年4月24日(日曜日)午前8時半
早乙女教授室
「伊藤さん、おはよう。」
「教授、おはようございます。警視庁で昨日教授が書かれた内容をホワイトボードに書き足しますか。」
「いや、昨日の分はいらない。それより⑰に入れて欲しいのがあります。それは、ずうっと引っかかっているものなのですが、最初に一つだけお聞きしたいと言っただけなのに、なぜそのあと、招き入れてまで話をしたのか、と書いてください。」
「はい。」と言って、
⑰森二神さんに一つだけお聞きしたいと言っただけなのに、なぜそのあと、招き入れて話をしたのか。
と書いてくれた。
「教授、それは三枝巡査が駐在所のお孫さんだったからじゃないのですか。」
「いや、確か森二神さんじゃないですかと尋ねて、その少しあとだったはずだ。」
「それでは、観念してしまったのでしょうか。」
「うん。では何故観念したのかな。」
「そうですね。ただ。観念するって、何かを言い当てられたり、状況を受け入れたり、覚悟したりする時に生じる気持ちですよね。」と顎に右手を乗せ、まるで私を見ているようだった。
午前九時前になり、ドアをノックする音がした。佐々木ですという声がしたあと、加藤刑事と一緒に入ってきた。
佐々木刑事は、いつになく不機嫌そうであったので尋ねてみた。
「今日はやけに不機嫌に見えるのですが、私の気のせいでしょうか。」
「はいそれが。昨日、三枝が、俺と加藤はいつ結婚されるのですか。夫婦は同じ課にいられないので、その時は私を引っ張って下さいって言いやがるんで、怒鳴り散らしてやったんですよ。」
それを聞いた伊藤さんが、
「警察組織って融通が効かないんですね。」と日頃のお返しをしているようだった。
「伊藤さんまで、何を言っているんですか。」
佐々木刑事は気付いていなかったが、伊藤さんが加藤刑事にウィンクしていた。加藤刑事は右手を顔の前に持ってきて左右に振っていた。
私は、取り敢えず始めましょうかと言い、伊藤さんにコーヒーをお願いした。
「みなさん。お伝えすることがあります。もしかすると私の推理を修正する必要があるかもしれません。」
驚いた様子の佐々木刑事が、
「どういうことですか。」
「佐々木刑事のご意見を聞かせて欲しいのです。」
「分かりました。何でしょうか。」
「それは二回目の森二神さんへの訪問の際の話です。一つだけ聞いてもいいということで、あなたは森二神さんではないですかと聞きました。そのあとです。
まあ上がれと言われ、話の続きを予感させる様子が伺えました。朝から伊藤さんと話していましたが、この問答が引っ掛かりました。」
私たちの答えを言わずに佐々木刑事の回答を待った。
「私には、何か見透かされたことを隠すために、このまま返すことが出来なかったように感じました。」
話し方は違うが、私たちの結果と内容は同じであった。
これを聞いた私は、
「やはり同じでしたね。私たちも同じような感覚でした。」
頭に疑問符がいくつも浮かんだような加藤刑事が、
「何が同じなのですか。」と聞いてきた。
佐々木刑事と同時に、
「ミスリードのミスリード。(ミスリードのミスリード。)」と言った。
「どのように。」
私と佐々木刑事は顔を見合わせて頷いた。
「弥刀井緑朗さんを出したのはフェイクであって、フェイクではないのかも。」
困惑した加藤刑事が、
「意味が分かりません。もしや、フェイクであれば元村長がターゲットとかですか。」
「いいえ。佐々木刑事に調べていただきましたが、柿内村長は亡くなっておられ、ダム建設が持ち上がる前に奥さんとは離婚されています。だから、お子さんを狙うとは思えません。」
身を乗り出した伊藤さんが、
「朝から教授と話していましたが、もしミスリードだとしたらいったい誰を最終ターゲットにしているかなんです。最初はこの二人の被害者だけかと思ったのですが、そうであればミスリードする必要がありません。だから必ず次はあるはずです。」
困った顔の佐々木刑事が、
「そうですね。その通りだと思います。今の顔ぶれで白朗と緑朗以外に他におりますでしようか。」
何かいい案でも出ないか、不思議とみんな一斉にカップを手に取りコーヒーを飲んだ。誰も声を発しなかった。
一人ずつ考えるのではなく、全員の問答形式でいきましょうと、提案した。伊藤さんにホワイトボードを用意して欲しいとお願いした。
伊藤さんは自分の机へ行き、鍵付きの引き出しを開けて、倉庫の鍵を持ってきた。
倉庫の扉を開けてホワイトボードを引っ張り出すと、加藤刑事が昨日のボードと内容が違いますねと言った。昨日は、みんなを一つにするためのものなので、これが最初からあった疑問の全部ですと言った。
「伊藤さん、まずはボードをひっくり返して下さい。それではみなさん行きますね。」
全員がはいと言った。
「それでは、森二神さんからミスリードされたのであればなぜでしょう。」
まず佐々木刑事が、
「それは先ほど話したように、他にターゲットがいるからではないでしょうか。」
「森二神さんたちは、そのターゲットを捕捉しているのでしょうか。」
手を挙げ加藤刑事が、
「捕捉はしていないのではないでしょうか。」
「それはどうしてでしょう。」
「既に捕捉されているのであれば殺人を犯していると思います。」
「それは何故でしょう。」
「なぜなら、凍死させられていた太田さんの死亡日は2月19日頃ですから、捕捉されていれば、とっくに殺害していると思います。」
「捕捉していないが、どこに住んでいるのかは分かっているのでしょうか」
少し閃いたのか佐々木刑事が、
[分かっていないか、いまだそのチャンスがないのかと思います。]
「分かっているが殺害していないだけではないでしょうか。」
[もしも、分かっているのであれば、私たちをミスリードし、遠ざける必要はないと思います。というのも二人を殺害するのと同時に殺せばいいはずだからです。]
頷きながら加藤刑事が、
「私もそう思います。」
「では、あれだけ証拠を残さない犯人が、今回は何故、疑問を投げかけてきたのでしょうか。」
「それは、私には見当がつきません。」
少し考えながら佐々木刑事が、
[もしや私や教授からあの人たちが欲しい情報を得ることができると考えたのではないでしょうか。]
「そうですね。うん。そうすると、今日の多々良班がどのような情報を持って帰るかが重要ですね。」
ニコッとしながら加藤刑事が、
「一人で考えていたらさっぱりなのに、早乙女教授が中心になって話し出したら答えらしきものが見えてきますね。これが早乙女教授の真骨頂ですか。」
伊藤さんが胸を張りながら、
「真骨頂とかではなく。これが深層心理です。無意識に存在する意識をうまく引き出しておられるのです。」
「今日は捜査会議室ではなく、三時に昨日の九階の会議室で行います。それまで各人、誰がターゲットかを考えておきましょう。ただ、別にターゲットがいるという前提では考えないようにして下さい。これは心理作戦でミスリードのミスリードかもしれませんので。
一応終わったあとは6時からの捜査会議に出席します。ところで、私たちはタクシーで行きますのでお構いなく。」
いやあ、お迎えに上がりますと言われたが、調べものがあり、それが終わってから行きますのでと言って再度断った。
佐々木刑事は、分かりましたと言い、じゃ、我々は一旦本庁に引き上げ、3時まで加藤と話し合います。それでは失礼しますと言い、加藤刑事も頭を下げて出て行った。
出て行くとすぐに伊藤さんが、
「例えばですけど、違うかもしれませんが。」
「構わないよ。どうぞ。」
「教授を参加させた本当の狙いは、その三人目のターゲットを教授に探させるためか、何かの情報を得るためではないのでしょうか。ちょっと突拍子もない発想ですが。」
「いいや。そうなのかもしれないね。」
「教授が話の間(ま)に置かれた一拍のことでしょうか。」
そうだというと、伊藤さんはボードを回転させ、すぐにマーカーを手に取っていた。あの一拍で分かったみたいだ。
それじゃ、
⑱私に見つけてほしいということは、彼らたちには検討がついているのだが、探し当てることが出来ないのか、それとも全く分からないのか。それともこれがフェイクなのか。本当はその先にあるのか。
と書いて下さいと話した。
最後の疑問の言葉ですが、どいうことですかと言う伊藤さんに向かって、「これからはヒントなしの狐と狸の化かし合いになるからかも。」だよとニコッと笑った。
伊藤さんは、首を縦に振り言葉を飲み込んだ。
時計を見ると十二時を過ぎているし、ご飯を食べに行こうかと誘った。
よろしければと言われ、その先の言葉を聞かずして、今日は遠慮もなくいただきますと言ってしまった。
二人は部屋を出てこの間と同じベンチに座り、お弁当を食べることにした。この時は何の疑問も抱かないで、いただいた箸をお弁当に伸ばしていた。色とりどりなおかずは変わらない。いつもながらに美味しかった。
ここ最近、よくお弁当を作っているよねと言うと、いえ、ほぼ毎日作っていますと言うので、じゃどうしていつも食堂で食べているのと聞くと、あれは、飲み物だけを買って食事はお弁当を食べているそうだ。
「食堂に行ったときのお弁当は、たまたまじゃなかったんだ。」と聞くと、
妹さんのお弁当も未だに作っているらしい。
毎日お弁当代をもらっているのに作らされているらしい。どうしてかというと、一つ作るのも二つ作るのも同じでしょって言われて作っているらしい。妹さんはお昼代を貯めて、土日に遊びにでかけているみたいだ。
しかし、アルバイトのお金は全部家に入れているとのことで、お弁当ぐらいはと思っているとのこと。姉妹の人柄が知れるエピソードだ。ご両親の育て方だろうと感心した。
今日は日曜日だが、学生の姿があり、やっとコロナが落ち着いてきたような感じだ。
すると、三人連れの男子学生が、
「早乙女教授、今日は出勤ですか。まさか、伊藤講師とピクニックではないですよね。」
少し怒りかげんの伊藤さんが、
「君たち。」と言った。
「冗談ですよ。早乙女教授は、恋愛より心理学を極める方が好きだってことは誰もが知るところですから。あっそうだ伊藤講師。この間の講義はよかったですよ。
教授とは少しアプローチが違いますが、それはそれで研究の幅が広がり、考えさせられる講義でした。みんなの評判もすこぶる良かったですよ。今度はいつになるのですか。」
「そうなの。良かった。もう二度とごめんだわとネットに書き込まれたらと思って心配していたの。あと、次回はまだ決まっておりません。」
「教授、すぐに予定のほどお願いします。」
「分かりました。やはり伊藤さんですね。彼らの言葉は、無意識からの表層だと思いますよ。良かったですね。」
「それと教授。先ほどまた変なビラを配っていた学生がいましたよ。君は本学の生徒じゃないだろ、何者だと聞いたのですが、逃げるように足早に中央棟へ行きました。」
「そうですか。ありがとう。ただ、厄介な人かもしれないから、恨まれでもしたら大変だし、あまり関わらない方がいいよ。大丈夫、私は気にしていないから。」
学生たちは、教授、気をつけて下さいと言い、手を振って明日からの講義を楽しみにしていますと言って帰って行った。
心配そうな伊藤さんが、
「またですね。でも誰でしょうか。」と気にかけてくれた。
「私は本当に気にしていないから、鉢合わせしても関わらないでね。」
二人は、お弁当をしまい駅へ向かった。
電車を乗り継ぎ桜田門駅に着いた。前には警視庁のビルが見える。そのまま入って行くと受付で名前と身分証明を見せた。すぐに佐々木刑事に連絡がいったようで、検査を受け終わると中で待っていると、佐々木刑事が迎えに来られて一緒に9階に上がり会議室に入った。
入ると佐々木刑事が、
「多々良は、三時ギリギリになるそうです。」
「多々良刑事のお話を先に伺いたいので、来られてから始めるようにしましょう。」と言った。
