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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 3

第1章 第3話 記者の目
令和4年1月12日(水曜日)午後1時
帝央大学研究棟 早乙女教授室

「それは無意識を対象とする精神分析的心理学のことを言います。一般的な心理学では、意識をもってなされる、知覚、記憶、思考などを研究します。つまり主に客観的な観察が重視されます。これに対して深層心理は、意識よりも意識されることのない無意識を重視します。それというのも、意識は無意識によって明らかにされるものだからです」
 
 これが、立て板に水というか、得意分野の連発銃とでも言おうか、周りが見えないかのごとく止まらず話し続ける。 
「つまり、何気ない相槌(あいづち)にも似たような言動や行動が、隠そうとする意識に抗(あがら)い続けた結果、それが表される意識を意識ではなく無意識として表したもので、表層ではなく深層を研究しようとする精神分析のことを深層心理と言います」
 
 津野神さんは、少し顔をやや上に向けて眉間に皺を寄せ、左右の眉毛を絞るように左目でウィンクするような顔になっていた。
 先ほどの私がそこにいるようであった。しかし、この時は、夢中になっている私にはそれを考える余裕はなかった。
 
 津野神さんはぱっと両目になり、目線を下から上へあげたかと思ったら、また下へ落とし自分のペンを見ながら話した。

「つまり、本能でございますか」
 
「いいえ、全く違います。本能とは動物が生まれつき持っていると想定されており、ある行動へと駆り立てる性質のことを意味します」と私は間髪を入れずに否定した。
 
 この時、傍にいた伊藤さんの目が細くなっているのに気が付いた。横目で見ると私の説明に異議を述べたいようであったが、そんなことはお構いなしに続けた。
 
「本能は、現在の研究においてはほとんど用いられなくなっており、類似した概念としては進化した心理メカニズムや認知的適応などの用語が用いられます」
 
 これを聞いた津野神記者が左手を私の前に出し「すみません」と言って話を制した。

 このまま続けられると、メモをあとで見ても分からないですよと言わんばかりであった。
 
「ちょっと専門的すぎるので、少し整理させて下さい。取り敢えず本能とは違うということです。」
 
「そうです。現代脳科学では、記憶や五感からの刺激が神経インパルスの発火となります。そして、次の行動へとつながる源泉となることを解明しています。しかし、本能と説明するとその前後の関係をなんら説明できません。したがってですね・・・」
 
 とうとう、しびれを切らした伊藤さんが、話の途中だが「教授!」と、大きな声で話を制止した。
 
「自分の中に入りすぎていると思います。研究成果の発表ではありませんので、論文で発表した具体的な事例で、ご説明なさっては如何かと」
 
 前を見ると、いつの間にか津野神さんが、先ほどの自分と同じになっていることにやっと気が付いた。そう津野神さんの説明が意味不明と思っていた自分が目の前にいた。伊藤さんに自分勝手な考えを見透かされたみたいで、とても恥ずかしかった。

「伊藤さんの言う通りですね。津野神さん、申し訳ありませんでした。ついつい専門分野の説明になると、周りが見えなくなってしまいます」
 
「こちらこそ、すみません。頭が悪いものでなかなか理解が追いつかなくて」
 
 津野神記者は、うつむき加減にペンを持ち直し、ノートの新ページをめくり、メモを再開しようとしていた。そして、顔を上げてこちらを見た。
 
「それでは、助手の方がおっしゃっていただいたように、発表された論文についてお話をお願いいたします」
 
 私の気まずい思いをいっぺんに吹き飛ばしてもらったような感じであった。伊藤さんのナイスフォローにより、気を取り直して話し始めた。

「論文は、ある犯罪者の深層心理を読み解く方法で、枝分かれする前の根本を追究し、一つの法則から読み解いたもので、そこから立証したものです。
そして今後色々なケースの犯罪に基本的な道筋を与えるものと思っております。ある意味、FBIのプロファイリングの特殊編と思っていただければよいのではないでしょうか」
 
「特殊編ということは、プロファイリングとは違うのですか」
 
「そうですね、違います」
 
「こちらから言っておきながら恐縮でございますが、本題に入って頂く前にその違いを教えていただけませんでしょうか」
 
「そうですね。違いが分からないと話しが見えないかもしれませんね。その違いは根本的な段階でのアプローチです」
 
「アプローチですか」
 
 それではここでその違いを説明しよう。
(まず、プロファイリングとは異常犯罪の犯人像の分析技法というもので、主に、現場に残された状況をもとにしています。つまり、その状況を統計的に整理し、それを培った経験や犯罪データを元に心理学の面から犯人像を推理し、人種・年齢・生活様式などを特定していくもので、統計的な側面が大きく関わってくるものです。しかし、深層心理学は、その統計的なものの中に潜む、無意識的な行動を意識的に判断しようとしていくことである)

 津野神さんはこれには頷(うなづ)きながら呟くように話す。
「なんとなく理解してきたような。チョットだけですけど。すると、その法則が今後の全ての犯罪捜査に役立つと言うことですね」
 
「はい、私自身はそのように考えています。しかし、捜査関係者には最初中々受け入れていただけなかったのが実情ですね」
 
「最初というと、最後には受け入れて頂いたということですか」
 
「そうですね。事件が解決したことを考えればそうかも知れません。というのも警察には、未だに足で稼いでいくらと言う考えが根強いですから」
 
「確かに、旧態依然とした体制が支配されているのが警察組織であり、新しいものが入りにくい世界ですね。その辺は取材などで感じております。良くも悪くも大きな組織は変革が難しいですから」
 
「そうですね。ただ、常に使うことはないかもしれませんが、事件解決のひとつの指針になったのではないでしょうか。というのも、今では私に意見を聞いて来られる方もおられるので」
 
「お話しされていることが、少しだけ理解できたような気がします。では、その解決された具体的な事件をお願いいたします」
 
 私は、秘密保持の観点から表に出ているものに関する内容になるのと、実名ではなく論文と同じように、AさんBさんで書いていただきたいとお願いした。
 
 津野神さんは、少し訝(いぶか)しげな様子で尋ねられた。
「裁判になったのであれば実名であってもよいのではないでしょうか」
 
「しかし、確かに、裁判は公開なので、法廷では実名ですが、何もかも公にすることはないと考えています。というのも、現在、罪を償っておられますので、今更、事を大きくすることもありませんし、何卒お願い致します」
 
「分かりました。一筆書いてお約束致します」と快くメモを取り出し、個人情報の非公開を書いた後、その書面を差し出された。
 
「伊藤さん。資料を持ってきてもらえるかな」
 
 彼女は、奥の書棚に向かい、扉の鍵を開けて上の段の左側からファイルを抜いて持ってきた。
 
 ファイルを開いた私は、この事件が走馬灯のように浮かんでくる。
 
「今から、約一年前の令和3年1月20日のことです。午後のオンライン講義が終わったあとの午後3時半頃でした。葛飾中央署の佐々木優(ささき ゆう)さんと言う刑事さんから連絡を頂き、友人のことに関してご相談がありますとのことでした」
 
「その刑事さんはご友人ですか」
 
「友人というほどではありません。ある犯罪者について被害者への殺意が不明なため、助言をいただきたいとの依頼を引き受けた時に、二度ほどお会いしただけです。久しぶりの連絡だったのでビックリしました。この時は、はっきりと顔が浮かばないぐらいでしたから」
 
「どのようなご相談だったのですか」
 
「大学の同じサークルだった友人のご相談で、その人の亡くなった叔父さんに関する件でした」
 
「殺人事件ですか」
 
 この方にとっては警察と聞けば殺人事件に絡めてしまうのだと思った。腰を曲げて上半身を前のめりにして、さあ話して下さいという体制になった。
 
「いいえ、その時は、遺言書に関する件でした」
 
「遺・言・書、ですか」
 
 なあんだという感じで前のめりの姿勢から背中をソフアにつけた。遺言書ということは、殺人というよりも民事事件の範疇じゃないかと。興味がいっぺんに失せたような顔をされていた。しかし、私の次の言葉でまた前のめりになった。
 
「その時はとお話ししたように、その後、複雑な殺人事件へと発展していきました」
 
 彼女は目を白黒させながら、メモ用紙に目を向けてペンを走らせた。残念なことに速記体のため、何を書いているのかはさっぱり分からなかった。
 
「どのような内容だったのですか」と、興味津々という感じの言葉に聞こえた。
 
 しかし、ふと思ったのだが、この人は私の取材なのに下準備として論文を読んでこなかったのかと。もしかすると、私のプロフィールも調べていないような気がした。
 
 帝央大でスピード昇進した教授のインタビューだから、そのタイトルだけで興味を持つ人がいるだろうし、レアな人かもしれないが、ある一定の人には受けるだろうということだと思った。
  
 少しがっかりという感じだが、自分の分野の話であるし、これから発展していく内容に自分の中でのわくわく感から、何も知らない人の方が話しやすいかもしれないと思った。
 
 まず、佐々木刑事から一度その友人とお会いしてほしいと言われたので、後日お会いする約束をしたことを話した。


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