創作大賞☆短編小説「あの夏の日をもう一度」
ミーンミンミン
ジリジリジリ…
ミーンミンミンミー
ジリジリジリ…
今年もまた嫌いな季節が始まる。
あの鳴き声も、あの真っ青な空も、ジリジリと照りつける太陽と、そして暑い陽射しに照らされ、キラキラ揺れながら流れる川の水面も。
太陽に向かって元気に咲いている、誰からも好かれる、向日葵でさえも。
あの夏の日に五歳の私を助けるため、従兄弟の翔兄ちゃんは川で死んだ…
そして私はあの日に関わる全てのものを、嫌いになった。
夏の太陽が照りつける午後、買い物を終え、いつもの川沿いの土手を、自転車を走らせ自宅へと向かう。
今の時期は地域の住民が育てている向日葵がたくさん咲いている、満開だ。
行き交う人たちは鮮やかに咲く向日葵を見ながら、綺麗だの言ってスマホで写真を撮ったり、とても楽しそうにこの道を歩いている。
それとは正反対に私は視界に入っているであろう、向日葵と川へ意識を向けないように、目線を真っ直ぐに、自転車専用の道をただ自転車を漕いで行く。
流れて行く川と向日葵に、意識を逸らそうとすればするほど、視界に入ってくる。
右側に川が、左側に向日葵が、色濃く姿形がハッキリしてくるのが分かる。
それと同時に喉のあたりが少しずつ詰まるような感覚を覚え、罪悪感にぎゅっと胸を掴まれた。
毎夏、この感覚を体感すると自転車を漕ぐスピードが無意識に速くなっていく。
空に目を向けると、夏の暑い青空を大きな白い雲が、ギラギラする太陽を覆っていくのが見える。
暑い陽射しが遮られ、向かい風がほんの少しだけ、涼しくなっているのを感じられる。
"嫌いになった夏"の過ごした方は物心ついた頃から徹底していた。
それは"夏は外に出ない"こと。
歳を重ねるごとに、"嫌いになった夏"の対処法が上手く?なっていた。
小学生に入り進級しても、水泳の授業はいつも見学、高校はプールのない学校を探して選んだ。
小学生〜短大を卒業するまで、仲良くなったクラスの友達からの誘いを、夏になると理由をつけて全て断ってきた。
その結果、夏になる前までは仲良く過ごしていた友達が、夏休みが終わると友達ではなくなっていた。
そんな私を両親は心配して、近所の知り合いが保護した仔猫を連れて帰って来たことがあった。
友達のいない私に必要だと思ったのだろう。
両親の思いとは裏腹に、連れてきた仔猫の姿を見て、私はなぜか悲しい気持ちが体のどこからか湧きはじめ、それは少しずつ体全体を伝い、溢れ、子どもの私には抑えきれずに泣き始めてしまった。
悲泣する私を見た両親は仔猫は飼えないと判断して、元の保護先の家に仔猫を返しに行くことになった。
それでも私にとって、夏がなかったかのように、ジッとしながら、ただ静かに、過ぎ去ってくれることのほうが、大事だった。
働き始めてからは彼氏ができたりして、楽しい時を過ごしても、夏になるといつも自然消滅か、フラれて終わっていく。
まるでブーメランのように、夏を嫌いな女が夏になると男にフラれていた。
そんなこともあったりして、職場の人たちとは一線を引いて、会社のイベント事にも一切参加していない。
それでも社内メールでイベント参加の知らせが届く。
先日も職場近くの川でのBBQ大会のお知らせが届いて、まだ返信していないことを思い出した。
それと同時にこの時期には、毎年母親からの連絡がそろそろ来る頃だった。
職場には不参加のメールをして、母親には今年のお盆休みも田舎には帰らないって言わないと…
「もう三十一年も帰ってないのか…」
独り言を呟きながら、自転車を漕ぎ続ける。
あと少しで住んでいるアパートに繋がる脇道に差し掛かった所で、何か目に留まった。
何やら大きな声で、子どもが何かを叫んでいる。
私に気付いて、こちらに向かって全速力で走って来る。
「ーーさーぁーん!!」
「ね…が………れて…!!」
距離が離れていて、いまいち聞き取れない。
力いっぱい走りながら、だんだんと近づいてくる子どもは、小学校低学年くらいの男の子に見える。
とにかく全速力で走りながら、何か叫んでいる姿に只事ではないと思い、更に自転車を速く漕ぎはじめた。
男の子は頭に被った帽子を、風で飛ばされらないように片手で押さえながら、もう片方の手には、向日葵畑で貰ったのか向日葵を持って、一生懸命に私の元へ走り続けている。
「おばさーーーんっっ!!!」
やっと男の子の声が聞き取れる距離まで近づいた。
「たすけてっ!ねこっ!こねこがっ!!」
男の子は川に指を差しながら、助けを求め叫んだあと、息を切らしながら心配そうに川を見つめる。
「えっ?!」
直ぐさま流れる川に視線を向け、来た方向から川面の流れに沿って目を凝らしながら見渡してみる。
普段、この川は深くはないが、昨日の大雨で水嵩が増し、いつもよりも流れが速い。
「どこ?どこにいるの?」
「…?!……いたっ!!」
ちょうど川の流れが緩やかになった川面に仔猫が流されて来ている。
首から上を伸ばすように頭をできるだけ上に向け、前脚は必死にバシャバシャと水面を搔きながら踠いていた。
私は自転車のブレーキを強くかけ、止まるのも待たず降りると、勝手に体が動いて走り出していた。
ガシャンッ!
自転車は横に倒れて大きな音を立てた。
夏草が茂った土手を駆け下りると、土手の急斜面がバランスを失わせ、躓いて転びそうになるのを何とか堪えた。
心臓がバクバクし始め、ドッドッドッドッと鼓動が大きくなっていく。
(早く助けないと!死んじゃう!)
両親が連れてきた仔猫に抱いた自分の中の悲しみが、今この瞬間の思いと一緒に体のどこからか、また溢れてくる。
この悲しみは何?
何でこんなに悲しくなるの?
この悲しみはいつ消えてくれるの?
どうして、あのとき……私だけが助かった?
土手を走り下りて、次は仔猫がいる川岸を走り出す。
もう息は上がり切って呼吸が荒い。
両膝に手を付き、頭をダランと下に向け、
大きく息を吸って、吐いて、呼吸を整える。
何十年ぶりかの全速力にガクガクの膝、吹き出す汗が顔を伝い、川の石にぼたぼたと落ちていく。
目に入った汗が染みて、瞼をぎゅっと閉じた瞬間だった。
瞼の裏で、あの夏の日の出来事が色鮮やかにカメラのシャッターを切るかのように、カチャ、カチャ、カチャとコマ送りに流れていった。
(え?!)
あの夏の日のことは、いつもモノクロに見えていた…
翔兄ちゃんが死んだのは私を助けるためだったはず…
でも、今見たのは仔猫を助けるため?だった!
当時、子どもだった私は、あの夏の日の出来事を大人に聞かれても答えられずにいた。
幼い子どもの私の心では、翔兄ちゃんの死はあまりにもショックが大きく、受け止めきれずに違う記憶、"私を助けるため"と、書き換えてしまっていた。
目を開き頭を上げると、川岸をまた走って川の中へ突き進んだ。
スポーツサンダルを履いていたおかげか、川の中のゴロゴロとした苔の生えた石の上でも、転ばずに歩なんとか歩ける。
仔猫をなるべく驚かさないように川の中を進んで行く。
ここの流れは少し落ち着いていて、水の中でもほんの少し歩きやすい。
「あともう少しだから」
「ニャー」
私に返事をするかのように、仔猫が小さな声で鳴いた。
進むに連れ、川の水は深さを増してくる、私の太もも辺りまでになった所で、ようやく仔猫に手が届いた。
両手で優しく、胸の辺りで包むように抱え、注意しながら来た所を、また歩き進んで行く。
土手の上に辿り着くと、途中で残してきた私の自転車と、籠から転がり落ちたバッグを、男の子がここまで運んでくれていた。
「おばさん!たすけてくれて、ありがとう!!」
「ぼく、たすけようとおもったけど…こわくって、それで、たすけられなくて…」
男の子は目に涙をためて今にも泣き出しそうだ。
私は頷きながらバッグから取り出した大判のハンカチで、濡れた仔猫の体を優しく拭き、
「君も一緒にこの仔猫を助けたんだよ。おばさんに声かけてくれて、ありがとうね」
そう言って私は男の子の肩を、小さくそっとトントンと叩いた。
男の子は溜めていた涙をブワッと流すと大きく頷いた。
仔猫の体を拭いたあと、男の子は持っていたスマホで親に連絡し、真剣に仔猫のことを伝えた。仔猫を家族に迎える許可を得られたのか、笑顔でグーサインして見せる。
男の子の帽子に入れられた仔猫は、さっきよりも元気にミャーミャーと鳴いている。
まるで家族になる事を嬉しく思っているみたいに。
帰り際、男の子は持っていた向日葵を、お礼と言って私にくれた。
私は向日葵を手に暫く川を見つめたあと、スマホを取り出し母へ電話を繋げる。
「もしもし?お母さん?私だけど、うん。お盆休みさ…翔兄ちゃんのお墓参り行こうと思って…」
母は一瞬間を開けて
「……うん!分かった!一緒に行こ!お父さんにも伝えておくから」
電話の声は少しだけ涙声に聞こえる。
「じゃ、日にちはまた、今度かけ直して教えてちょうだい」
「うん、分かった。またね…うん、じゃ」
私は電話を切ったあと、社内メールで届いていたBBQ大会に、参加にチェックを入れ返信した。
太陽を覆っていた厚い雲の塊が風に押されて、途切れ途切れに流れていく。
その雲の隙間を、太陽の陽射しが何本か、一直線に射し込む。
「天使の梯子だ!」
私はスマホをしまい、向日葵を持ちながら、また流れていく川面に目を向ける。
キラキラと眩しく輝く川面のずっとその先で、向日葵を手にした翔兄ちゃんが、私に大きく手を振っている姿が見えた気がした。
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