「魚になった’俺’」改め、「音になった"俺"」
俺は、海辺で、転がっていた。
背中にまとわりつくのは砂と波じゃない。
それは、昨日のライブの残響だった。
目を閉じると聞こえてくる。
重低音、クラッシュシンバル……
波の音と混ざり合って、俺は眠りに落ちた。
俺は、気づいたら海の中にいた。
目の前で、サメがギターをかき鳴らしていて、イカがドラムを叩いていて、
エイは超絶巧みなスラップをかましていた。
意味がわからなかった。というか、何もわからなかった。
自分の体を見ようと、手を見ようとしたけど、見えない。
足元も、影も、輪郭すらなかった。
ただ、周囲には泡と光と音が、絶え間なく流れているだけ。
俺は、魚になったのか? それとも、最初から魚だったのか?
「……俺、いるのか?」
声は出た。けど、口があるかどうかもわからなかった。
「おい!ここはどこなんだ!?
俺は……俺は何なんだ!?見えてんだろ!?聞こえてんだろ!?」
俺の声は、確かに出ていた。
泡になって、音になって、空間に響いていく。
だけど、バンドメンバーたちは演奏を止めなかった。
まるでそれが、答えだと言うように。
サメはソロをかき鳴らし、エイは無表情でスラップを刻む。
イカのドラムは、どこか神聖なリズムを叩き続けている。
「フギィィィィ……」
ベースのエイが、急に口を開いた(開いたように“感じた”)。
「ここがどこで、お前が誰かって……そんなの、演奏に必要か?」
サメが言った。「お前の音が出てる。それで十分だろ?」
そして、イカが静かに言った。
「お前が“いる”ってことは、今、ここに“音”があるってことだ」
バンドはまた盛り上がる。
フギィィィィィィィィィィィィ!!!!!!(訳:なあ、もっと感じろよ)
音の波が、俺の中に入ってきて、揺らして、どこかへ運んでいく。
気がつくと、俺はその音の渦に巻き込まれて、
――いや、俺も演奏していたんだ。
でも、歌おうとしたその瞬間、
声が出なかった。
のどを震わせてるはずなのに、何も出ない。
何度叫んでも、音にならなかった。
まるで、俺の“音”が、まだこの世界に存在してないみたいだった。
――俺には、まだ自分の「音」がなかった。
「俺も……奏でたい。俺の“音”を……」
その時だった。
フッ……と周囲の音が止み、世界が深く青く沈んだ。
そして、光と共に、彼(?)は現れた。
クラゲのように透明で、レコードプレーヤーのような頭部、
背中には何本もの触手のようなケーブル、
DJクラゲ・ゼロビート——音の狭間から来た、沈黙の使者。
「……“音”を、探しているのか?」
その声は、直接、俺の中に響いてきた。
「お前の“音”は、お前の中にはない」
DJクラゲ・ゼロビートの声が、ゆらゆらと俺の意識に染み込んでいた。
「お前の音は、旅の中で、外の世界と混ざって見えてくる」
「音は、出すものじゃない。感じるものだ」
ゼロビートはそう言い残し、音もなくフェードアウトしていった。
俺は、バンドの輪から外れ、ひとり彷徨いはじめた。
光る珊瑚礁を抜け、
ロブスター仙人に「煮るなり焼くなり刺身にするなり」と煽られ、
泡の言葉でしか話せない魚、
自分の音を食べられてしまった貝、
ベースで殴り合う蟹と出会ったが、それでも俺の「音」は見つからなかった。
空腹で倒れそうになったとき、美味しそうな何かを発見した。
プカプカと、水面近くに、何かが浮いていた。
それは、やけにうまそうな……タコ焼きだった。
(今思えばおかしいよな、海の中にタコ焼き……)
俺は、ふらふらと引き寄せられた。
パクリ。
その瞬間だった。
——ググッ!
「うわっ!?な、何だ!?」
……釣られてた。
針が、俺の口に刺さっていた。
暴れた。必死に抵抗した。
でも、ぐんぐんと上へ引き上げられていく。
どんどん水面が、光が近づいてくる。
そして——
バシャァァァァァァン!!!!!!!!!
世界がひっくり返るような音だった。
魚だった俺が、水面に叩きつけられた。
でもその時だった。
俺の中で、何かが爆ぜた。
水面に叩きつけられた俺の耳に、その音だけが残った。
その「音」は、俺の中でずっと鳴り続けていた。
俺は思い出した。いや、感じた。
あの一瞬の「バシャーン」が、
俺という存在そのものの、最初の一音だった。
声じゃない、言葉じゃない、
世界とぶつかるその音こそが、俺の音。
――そうか。
俺はずっと、「音」そのものだったんだ。
気づいた瞬間、俺の輪郭がはっきりして、
声が、出た。
フギィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!🔥🔥🔥

そして、空から流れ落ちてきたのは音だけじゃなかった。
なんか変な…でっかいスピーカー付き冷蔵庫が落ちてきた。
「フギィィィィ!!!」
冷蔵庫が叫んだ。
いや冷蔵庫が喋った!?!?
「お前の音、ここにあるで」
「誰だよ!?!?」って聞く間もなく、
冷蔵庫の扉が開いた。
中には——高温で叫ぶだけのチーズがいた。
「アアアアアアァァァァァアアア!!!!」
チーズの叫びと同時に、
空からトマト缶が落ちてきて冷蔵庫の頭に当たった。
「やっと来たか、ロックな仲間よ」
イカ、エイ、サメ、DJクラゲ、蟹たち、みんなも戻ってきた。
「フギィィィィィの魂に導かれし我ら、今ここに集結せり!!!」
世界は一瞬でライブハウスに変わった。
俺は、気づいたんだ。
この世界、意味とか秩序とかどうでもよくて、
大事なのは、今、自分の音を出すことだけ。
そうだろ、フギィィィィ!!!!!
サメが水面でヘドバンしながらギターをかき鳴らし、
クラゲDJが海水をスピンしながらリズムを刻み、
トマトマト男爵が低音語りで観客の魂を揺らす。
そして、俺はマイクを握った。
最初は震えた。
でも、音はそこにあった。
「フギィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!」

その瞬間、世界が反響した。
空も海も、冷蔵庫も野菜室も、全部が「フギィィィィィィ」で呼吸しはじめた。
俺は見つけた。
自分の「音」——それは、意味を超えて、形を超えて、
魂そのものが震える音だった。
水面に叩きつけられたときに鳴った、あの一撃の「バシャァァァン」
この「音」が、俺そのものだった。
俺はここにいる。自分の意志で。
魚になった俺は、
ロックになった。
こうして、**世界初の“全生物バンド型惑星型セッション”**が始まった。

それは——
7日七晩続いた。
夜明けも、夕暮れも、クラゲのビートに乗って踊り、
時空の裂け目から現れたストロガノフ卿とオム・レツ将軍も黙って参加
(たぶんノッてた)。
そして、最終日の朝。
俺は、静かに目を開けた。
目の前には、朝焼けの海。
風が、また囁いていた。
「世界は、もう変わったんだよ」
俺は立ち上がった。
もう魚じゃない。
もう“誰か”じゃない。
俺は、俺。
フギィィィィィィィィィィ!!!!!!
「魚になった’俺’」改め、「音になった"俺"」
——完。
