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第16章『80歳の失恋、22歳の純愛、50歳の沈黙』

80歳のルームメイトの「過去」
フランチェスカおばあちゃんは、80歳で生涯独身だった。
ある日、私は何気なく彼女に聞いたことがあった。
「おばあちゃん、どうして結婚しなかったの?」
彼女は穏やかに、けれどきっぱりとした口調で答えた。
「結婚しようと思っていた人が、他の人と結婚したからよ」

22歳の解釈、50歳のリアル
当時22歳だった私は、その答えを「なんてドラマチックで美しい純愛なんだろう」と受け取った。一人の人を思い続け、その愛を汚さぬよう独りで生きる。そんなお伽噺のような純粋さに、ただ感動していた。
けれど、50歳になった今の私がその言葉を思い出すとき、胸に去来するのはそんな単純な色ではない。
80年という長い歳月の中で、彼女は何度「もしも」を繰り返しただろう。
相手の幸せを願う慈しみと、選ばれなかった自分を抱きしめる孤独。
他の誰かでは埋められなかった欠落感と、それでも自分らしく歩き続けた自負。
それは「純愛」という綺麗なラベリングでは到底収まりきらない、あまりに重く、複雑で、そして人間臭い情熱の成れの果てだったのではないか。

鍋の中に溶け合う人生
わたしが焦がした白米を見て「今夜は玄米ね」と笑った彼女。
あの軽やかなユーモアは、そんな壮絶な喪失を乗り越えて、自分自身の人生を丸ごと肯定した人だけが持てる、究極の強さだったのだと気づく。
彼女が残した『White or Brown?』という問いかけ。
それは単なるご飯の炊き加減ではなく、**「どんな失敗があっても、それをどう呼ぶかは自分次第よ」**という、人生そのものへのレッスンだったのかもしれない。
今でもお米を焦がすたびに、私は彼女のあの言葉を思い出しては涙ぐむ。
そして、22歳の私には見えなかった、彼女の瞳の奥の深い深い青色に、ようやく少しだけ近づけたような気がするのだ。

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