マトリックスに至る水槽の脳SFの系譜とは? ~カプリコン1からトゥルーマンショーまで~
Sci-Fi夜間学校第6回 シミュレーション仮説とタイムリープのゼロ年代②
本記事はDiscordサーバ「思想・哲学・文学・芸術の会」のボイスチャットにて発表した内容を元に作成したものです。
https://disboard.org/ja/server/673500631322853377
まず、マトリックスを考える上でシミュレーション仮説とは何かというところである。

似たような哲学的問題も色々あります。
この我々が住んでいるこの宇宙というのは、高度文明が実行する、コンピューターシミュレーションかもしれないという仮説。
似たような概念で、水槽の脳であるとか、胡蝶の夢であるとか、哲学的にゾンビであるとか、実は自分の周りの世界っていうのが、作り物なんじゃないかとか、全部嘘なんじゃないかみたいな思考実験というのは、いくつかバリエーションがあります。
その中で特にコンピューターっの要素が、主題になってくるのが重要です。
水槽の脳っていうのは、やっぱり外界経験が全部コンピューターが作り出してるのかもしれない。
脳は、一応物質としてあるっていうこともなって、水槽の脳は。
コンピューターの歴史を辿っていくと、チューリングテストであるとか、中国の部屋などの認識論に関する思考実験は代々ある。
近い概念というのは色々あるが、今回はシミュレーション仮説や水槽の脳はSFなどのフィクション、派手なエンタメ映画とかで、引用されがちなところではある。
逆に中国語の部屋を主題にしたSF映画っていうのがあったりしましたけど、それぐらいになってくると、物語性の愛称のずれみたいな、
哲学とか思想的な話に限らず、主に物理学では似た様な認識に関する議論が常にされています。
ホログラフィー原理という、我々が認識している三次元の宇宙は人間の認識に過ぎず本来の宇宙は二次元情報なのではないか。
宇宙検閲官仮説では裸の得意点が宇宙のメカニズムによって人類が観測できないのではとされている。
二重スリット実験では、観測することによって物質のふるまいが変わる。
我々が見ている宇宙や世界は確実なものとは全く言えないのです。

シミュレーション仮説的なものを描いた作品群です。これもAIがまとめたようなやつなので、いい加減なところがあるかもしれない。
この手の作品は脈脈とありますよね。
50年代のフィリップ・K・ディックという作家がやはり重要になってきます。
今回は映画が主ですが、自分たちが生きてる世界っていうのが、誰かが作ったものだったのか的な話っていうのはありますな。

時代ごとにみていきましょう。
まず現実というのは誰かの意図によって変纂されているんじゃないかというようなところを描いたSF作品。
カプリコン1であるとか、ゼイリブであるとか、この辺っていうところかなと思う。
映像の世紀と言われるぐらいでして、20世紀というのは、テレビや映画に現実というのが集約されてますね。
で、はたまた逆に映像を通してしか現実に接続できないという状況が起こりました。
戦争や歴史的な出来事っていうのがテレビを通じてされると。
その現実っていうのが誰かの意図によって左右されたり、変纂されたりするんじゃないかっていうところは、メディア論的な話になってきます。
ベトナム戦争がテレビを通じて、広く報道された。もっと遡るとやっぱり映画的なものっていうところとか、映像メディアっていうところの人が、なんか現地に影響するような、話になってますか。シミュレーション仮説ではないが現実が作られている感覚。
カプリコン1というSF作品がございまして、こちらはアポロ計画陰謀説というものが、元になってたりとか。
そしてゼイリブは、権力者や一般人も含めて実は宇宙人なのでは?という世界。
宇宙人が広告や映像メディアを用いて従わせようとしている世界です。
こう見るとカプリコン1は70年代のニューシネマの1個だと思ってます。
ペンタゴンペーパー、ウォーターゲート事件など政府への信頼が揺らいだ流れがあったりするのかなと。

もう少し最近になりまして90年代ぐらいに入ってくると、世界が全部虚構なんじゃねえかというような話がまた出てきます。
先ほどはメディアを通じた現実ってのが嘘なんじゃないみたいなところでしたが、今度も現実全部が嘘なんじゃないっていうところになってきます。
誰かが意図的に作ったものなんじゃないかみたいなところ、はたまたよく言われるなんかなんでしたっけ、フランシスフクヤマ、が言う大きな物語が失われたというのが大きい。
みんなが信じてられた大きい、なんかこう国家の繁栄とか科学的な技術の発達が人を幸せにする的な前提が消失してしまう。
結果的に現実感みたいなものも同身消失したんじゃないかみたいなところが一般的に言われてますと。
主にこういう違和感を、早めに描いたのがダークシティとトゥルーマン・ショーです。
ダークシティはゼイリブの発展形とも言える。
さらに、世界5分前仮説が入ってくる。
世界は5分前に確定し、それより前のことなんかないんじゃないかという思考実験をモチーフに描いてます。
宇宙人によって、毎日記憶を消され、昨日と今日で全く別の人生を演じさせられている。
街もブロックおもちゃみたいに入れ替えられていく。
トゥルーマン・ショーもメディアを通じた世界認識の話だと思います。
リアリティショーとして常に、テレビカメラが人を追ってる恐怖を描いている。
ジム・キャリーが主演です。
この男性は役所勤めみたいなのしてるんですけど、実は彼の毎日は実小さい頃からずっとテレビ番組として中継されている。
2001年、スラヴォイ・ジジェクという哲学者が言っているマトリックス解釈です。
ある時期からアメリカ社会では現実感を失った人が多いのではないか。
決定打になったのが、アメリカ同時多発テロですが、みんなが信じられる価値観というものがなくなってしまった。
それでも物語を信じる必要があるのではないか。
