自分のために継いだ松阪牛なのに―自滅する牛飼い#1
※注意
今後書く内容には、和牛業界を批判するようにみえる表現が含まれます。
ただ、それは僕が自分を否定するためにそう書いてしまっているだけです。
関係者の方は、個人的な戯言と思って受け流してください。
自己紹介
僕は三重県で100頭弱の松阪牛を生産しています。
祖父から継いで8年目。
新米、ベテラン、中堅ともいえない、そんな立ち位置にいる牛飼いです。
noteを書くきっかけ
僕は考えていました。
どうしたら松阪牛を高く買ってもらえるのか、と。
ヒントをもとめて「厚利少売マスタークラス」という門を僕は叩きました。
そこで、そのコミュニティのメンバーに言われたのが、
「発信しないと何も始まらないよ」
という一言でした。
それが、このnoteを書き始めたきっかけです。
何を発信する?
そう、内心わかっていました。
発信しないと誰にもひっかかることはないのだと。
ただ、何を発信すればいいか分からなった。
けれど、とりあえず発信する。なんでもいいから、とりあえず。
まずは、松阪牛を生産することへの、僕自身の“モヤモヤ”について。
なぜモヤモヤ?
正直、なぜモヤモヤするのか自分でもはっきり分かりません。
わからないから書いていこうと思います。
・・・。
お気づきでしょうか、すでに自滅してます。
松阪牛を高く買ってもらいたいからnoteを書くのに、
プラスになることを書こうとしていません。
さて、僕はどこに向かっていくのでしょうか。
まずは、はじまりの話からお付き合いください。
はじまりの話①
牛飼いになる前、僕はサラリーマンとして4年働き、農業経営を学べる学校で2年を過ごしています。
大学での就活のとき、僕は「農業はすごい、これからの日本には農業が必要だ」と思って農業に興味を持ちました。
(このときの自分はまだ気づいていません。なぜ「農業」に惹かれたのかを…。)
そして、農業をするのに役立つと思う会社に何度も落とされて、やっと食品会社に就職することができます。
ちなみに、このときは「畜産業」には興味がなく、牛を飼う未来など想像してませんでした。
はじまりの話②
4年ほど働いたあと、そろそろ農業をやろうと思い、農業経営を学べる学校に入学します。
卒業のために経営計画を作る日々でしたが
――つくれない!
入学時から「トマトを栽培して経営しよう」思っていたのに、計画が立てられません。
というか、気付いてしまいました。
たぶん、僕は「農業」をやりたいわけじゃない。
ただ、否定されない「何者」かになりたかっただけ…。
はじまりの話③
自分の現状に気付いた瞬間、頭まっしろ、お先まっくらです。
もうどうしようもなくて、なにをしたらいいのか分からなくなってしまいました。
だけど、卒業はしなければなりません。
経営計画をつくらなければいけません。
退学も考えたものの、退学したら一生「何者か」にはなれない気がして、
踏みとどまりました。
そして行き着いたのが、祖父の仕事
――松阪牛の生産だったんです。
はじまりの話④
行き場を失ったと思った自分には、これしかないと考えました。
「松阪牛」
超ブランド和牛。
需要がある。
安定した利益。
経営計画が立てやすい。
否定されない「何者」かになれる!
そう、継いだ理由がこれです。
めっちゃくちゃしょうもないです。
はじまりの話⑤
この看板を手に入れて、一時的に「否定されない何者か」になることはできました。
一方で、この看板を手にいれたことによって“モヤモヤ”があふれてきました。
ここまで書いて気づく
ふと思いました。
僕は否定されることを恐れています。
だから、否定される前に自分で自分を否定して、ダメージを少なくしようとしています。
自滅です。
これ、心理学では「防衛機制」と呼ばれる奴らしいです。
これに気づいた瞬間、頭のなかで「うわーーー!!!」ってなりました。
この機制を壊さないと、厚利少売になる前に自分を潰してしまう気がします。
過去を振り返れば、ずっと自滅し続けてきた気がします。
noteを書く目的
目的を変更します。
このnoteは、自滅しようとする自分を、自分が助けるものにします。
どんな内容になるか見えませんが、僕が自滅の種をまく姿を公開することになりそうです。
ご興味のある方、どうぞ、しばしお付き合いください。
