20年続けた重度の床オナを辞めた
話始めると、長くなる。
先に要約して伝えると、「SSRIの副作用で床オナで射精できなくなったことを契機に、約4ヶ月間のリハビリを行い、20年間続けた床オナを辞めた」という話です。
前編はこちら
※読まなくても良いですが、多分これ読んでないと俺の自分語りの部分は理解できないことが多いと思う
辞めるに至ったきっかけ
きっかけは、4月に職場で適応障害を発症したことだった。完全に属人化しきった業務に加え、社会人3年目にしては技術的な責任が重くのしかかっていたように思う。崩壊しきったプライベート。FWの吐いたエラーログを解析し続け、「何もわからない」ということだけがわかる二週間が続いた。結果として、認知能力が異常に低下し、ありえないミスを連発した。
この段階では精神科に通っておらず、ただただ自己判断で、有給を使って2週間休みたい、と上司に相談した。
相談と言いつつも、ここまで属人化している状態で「休めなかったら辞めるかも」というのを遠回しに伝えたので、どちらかというと脅しに近いものだったと思う。その交渉が功をなして、無理やり二週間の有給を取り付けた。
名二環の追い越し車線を110キロで飛ばす、シルバーのセダン。有給期間には、実家である名古屋市に戻ることにした。
制限速度は、60キロだった。
家に帰れば誰かがいる。母親が料理を作ってくれる。妹とリビングで話せる。ずっと会っていなかった先輩にも会える。もはや、自分が群馬に移住した理由は、完全に見失っていた。カビの生えていない風呂場で身体を洗い、綿のふっくらとした布団で眠る日々が続いた。
自分はもともと生活能力が著しく低いタイプだ。このまま実家にいては、俺は本当にダメになると思って一人暮らしを始めてみたが、案外ダメなまま日々は進んだ。しかし、そんな日々を続ければ、気付かないうちに、歪みは蓄積していたというわけだ。
結果から言えば、二週間実家で休んだとて、根治はしなかった。中央道を走るセダンのスピードメーターは、制限速度ぴったりを指していた。
根っこは”繊細”なくせに、異常にガサツな部分が多い。そんなデコボコのパーソナリティを、なんとか均す必要があった。重い腰を上げて、群馬県の精神科に向かう。
はっきりいって、何も期待はしていなかった。googleのレビューが低かったからだ。鬱蒼とした森を開拓したような土地に、その病院は聳えていた。路面状態の悪い道路を向かうのと共に、いやな予感が加速していく。
久々に自分の精神の話をしっかりと打ち明けたかもしれない。つい最近埼玉のメンタルクリニックから異動してきたというその精神科医と、群馬の運転マナーはまとも、という雑談を交えながら、自分の話を打ち明ける。大学の頃心理学の授業で習った、「ラポール」という言葉を頭の中で反芻していた。良い意味で、期待が裏切られる形となった。名古屋でも、ここまで良い先生に当たるのは難しいだろう。
問題解決に一歩前進したという安堵からか、メンタルは上向いていた。
そこで処方されたのが「レクサプロ」という薬で、この薬が表題の件を変えるきっかけとなるのだった。簡単に説明すると、抗うつ薬の一種である。
一種の燃え尽き症候群に伴う抑うつ&元の形質としての社会不安障害と診断された俺は、レクサプロを処方されたのだった。
この類の薬は、脳に直接働きかけるため、副作用がかなりキツいケースが多い。最初の一週間は吐き気が止まらなかったし、性欲が一切なくなってしまった。しかも、射精障害というオマケまであった。
副作用が落ち着いた頃、いつものように自分がAIで生成したエロ画像を並べ、いつものように床オナにふけった。
「おかしいな、”来ない”。」
ザーメンを出すときにグッと股間の奥が引き締まる感じ。あれが、いつまでも来ないのだ。射精障害のことは知っていたが、まさか本当にそうなるとは。レクサプロの全体的な副作用は2~3週間で落ち着くらしいが、その時は床オナまで俺を見捨てるのか、と絶望した。
※ここからかなり生々しい話が続くので、いやな人はこの段落ごと飛ばしてください。
話は遡って、一番古い床オナの記憶は、おそらく6歳頃。2025年から20年前だ。妹が借りていたぴちぴちピッチの一瞬裸になるシーンを繰り返して、股間を触っていた。
どこかで訊いた話だが、子どもが一番最初に覚えるオナニーは床オナであることが多いらしい。たしかに、寝転がっていればなんか気持ちいいところがあるな、というのは気付きやすいと思う。大抵は、成人になるまでに脱却するようだが‥。
俺が床オナを辞められなかった理由として、家庭の環境が原因の一つだと思う。自分の部屋が無く、常に妹や父親と同じ部屋、母親は1日中家に居ることが多かったし、壁が薄い木造で、とにかくすべての音が筒抜け。プライベートが存在しない環境だったからだ。
そんな環境が、とにかくサイレントにできるオナニーを生み出した。俺はその方法を「ニンジャ」と呼んだ。床に突っ伏して、布団と股間の間に手を滑り込ませ、萎えたまま刺激するというものだ。この方法であれば、布団に隠れて人の隣でもイケてしまう。
床オナにも様々な流派があるが、俺がしていた、一切勃起させずに射精するタイプの床オナは、かなり重症のものだ。
自分のしているオナニーの名前を「床オナ」と呼ぶと知ったのは、高校生の頃。なんとなく方法が間違っていることはわかっていた。
しかし、当時の俺は、そのまま進むほかなかった。
床オナで射精が出来なくなった俺は、これをきっかけに、床オナを辞めてしまえばよいのでは、と考えた。レクサプロの副作用である性欲の大幅な減退を逆に利用して、正常な勃起や射精の方法を、トレーニングしてやろうと考えた。
何より、もう名古屋市の木造のボロ家に住んでいるわけでもないのだから。
正常な射精を目指してやったこと
まず大前提として、床オナに失敗した日以来、床オナは一切行っていない。
一度でも床オナで射精してしまえば、また訓練を再開するのは相当に難しいことだと思う。なので、ちゃんと射精できるまでは、オナ禁のような状態になった。全く触っていなければまた違う気もするが、チンコをちゃんと稼働させるためにチンコを触りまくっていたので、これが辛かった。
俺は勃起しないで射精するという癖から、そもそもかなり勃起不全気味だった。エロい画像を見ても、勃起しない。俺のやっているタイプの床オナだと、勃起が邪魔になるからだ。
朝勃ちはするが、20代にしては異常なほど弱々しい。まずは、風呂場で毎日チンコを触り、とりあえず勃起させるということを続けた。
一週間も続けると、少しだけ硬さは改善されていった。床オナに慣れた身体に、勃起の感覚を思い出させるような感覚だった。
今思えば精神的なEDだったのだと思う。
その後、PC筋を鍛えまくったりしてみたが、なぜかオシッコが出にくくなってしまったので辞めた。まだ20代なので、おそらく身体的なものではないと思う。どちらかというと、エロいことを考える→勃起するという神経の癖を育てることが効果的だった。俺の場合はちゃんと正常に(シゴけるレベルまで)勃起するまで一ヶ月ぐらいかかった。
次に、チンコを剥いた状態での刺激に慣れさせるということ。基本的に亀頭が敏感すぎて、剥いた状態ではなかなか触ることができなかった。パンパンに勃起した状態だと亀頭の敏感さもマシになるので、その状態でローションなどをつけて少しづつ触っていく方法を採用した。要するに、神経のリハビリだ。チンコを剥いた状態で触る(シゴく)と気持ちいい、ということを身体に覚えさせることが大事だった。これを二ヶ月ぐらい、気が向いたときに風呂で続けた。俺の床オナは体力がとにかく必要無いので、今までと違って持久力が求められることも大変な点だった。あとは、やりたくない日はやらなくて良い、ということも重要だ。性欲なんてどうせまた立ち上がるのだから、思いついたときにやれば良い。
最後に、射精に何度もチャレンジするということ。③の段階で、いつ訓練が終わるのか、と思うことがある。個人的には、ある程度刺激に慣れたらオカズを並べて、射精に挑戦することをオススメする。俺は4回目の挑戦で射精することができた。ネットで調べると、ハードグリップはアウトとか、激しいオカズはアウト、という話がたくさん出てくるが、それは無視して良いと思う。とにかく、ちゃんとシコって射精することができた、という成功体験を積む必要があるからだ。オナニーのオカズをなくしたり、弱めたりするのは、射精ができるようになってからで構わない。
初めてのマトモな射精については後述するが、自分が思いつくエロいものをすべて並べた、最強の布陣で射精することができた。しかし、現に俺は、想像だけで射精することができている。なので、とりあえず射精することを目指せば良い。
ポイントをまとめると、
①床オナでの射精は行わない
②チンコを勃起に慣れさせる(勃起状態で床オナしてる人はいらないかも)
③チンコを剥いた状態で触ることに慣れて、その状態で触ると気持ちいい、ということを意味付けする
④射精にトライする
という感じだった。
5月の中旬から、3ヶ月ほどかけて克服した形になる。
26年で初めての正常な射精
2025年8月10日。すでに3回の正常な射精チャレンジが失敗に終わっていた俺は、一生このままなのかと不安に駆られていた。
でも、この日はなにか違っていた。
チンコを触った感覚が、なにか違う。
個人的な感覚として、射精するときは金玉の奥のスイッチがONになったような感覚がある。射精前の「グッ」という立ち上がりに似た感覚だ。
その感覚を、手繰り寄せる。
俺は、自分で生成した朱鳶(ゼンレスゾーンゼロのキャラクター)のエロ画像をディスプレイにありったけ並べ、もう片方に3Dエロ動画をフル画面で並べ、イヤホンで爆音のエロボイスを流しながら、ローションをつけたチンコを触りだした。
この3ヶ月のクライマックスに相応しい、見事な布陣だ。
いける気がする。
一心不乱に、しかし傷つけないようにシゴいていく。
いつもと違い、金玉の奥のほうが疼く。
応えてくれているんだ、この刺激に。
「なにか出そうだ・・!」
ショタみたいなことを思う会社員であった。
金玉の奥のほうからその感覚を手繰り寄せる。鈴口まで、何かを引っ張り出す感覚。
そうだ、いい調子だ、イケる・・・!
絶頂の瞬間は、ただただ驚きだった。
筋肉の収縮が精液を押し出しているという確かな感覚があり、それにシンクロするようにその液体は押し出されていた。
男は、精液とローションまみれの右手を天に突き上げた。
「やった、やった、ついに俺はやったんだ!やってやった!」
隣の家の迷惑も考えず、雄叫びをあげた。
洗面所でヌルヌルの手を洗っている最中に、実感が更に込み上げてくる。
「間違っている」とわかっていても、続けざるを得なかった床オナのこと。
普通の射精が出来ないことがコンプレックスで、様々な機会を避けてきたこと。
一生自分はこのままだと思っていたこと。
気がついたら、嗚咽を漏らしながら泣いていた。
長年患っていた、大病が治った瞬間だった。
自分の力で、自分を変えることができた。
シャワーで、また嗚咽を漏らした。
これまたヌルヌルになったチンコを洗って出てきた男は
それまでの自分ではなかった。
普通のオナニーができるようになって変わったこと
まず感じたのが、オナニーの幅が急に広がるということである。
世の中のあらゆるオナニーグッズやオカズは普通のシゴく方法に適用されている。基本的に、柔らかいナニかに棒を突き入れるというフォーマットになっているので、オナニーの世界が一気に広がる。きっと、風俗にだって行けるだろう。過去に挑戦して(床オナ時代)ことごとく射精できなかったオナホールが、ここで活きてきた。今は日替わりでオナホを使っていることが多い。
次に、普通のオナニーはロケーションをあまり選ばないという点だ。
床オナはまず大前提として「床」が必要だが、それを用意する必要がない。
俺はパソコンを見ながらオナニーをすることがマストであり、必ず布団の前にパソコンを置いていたが、床オナを辞めたことによって、パソコンがその場所にある必要がなくなった。部屋のレイアウトごと変えることができた。
四足歩行が、二足歩行へと変わった。
次に、ダラダラとしたオナニーがしやすいという点だ。床オナはやる上で横たわらなければならないので、その特性上チンコを長い期間触ることに向いていないような気がする。あと、俺のやり方は両手が必要だったので、普通のオナニーで片手がフリーになったため、ポルノをクルージングしながらゆっくりとオナニーをすることができる。
勿論悪い点もある。俺が生み出した”ニンジャ”というやり方の通り、静粛性に重視を置いていたが、普通のオナニーはめちゃくちゃ「オナニーの音」が出てしまう。俺はこの「オナニーの音」が面白いと感じてしまうので、イヤホンでエロボイスを聴いて耳栓代わりにすることが多い。特に、ローションオナニーは木造だと突き抜けそうな音量だ。
最後に
床オナを辞めて一番変わったのは、男性としての尊厳が回復した、という点だ。俺は今まで女性と交わったことはないし、風俗も行ったことがない。それには色々な要因があるが、理由の一つとして「普通に勃起して、普通に射精ができない」というものは確実にあった。
バカみたいな話だが、普通のオナニーができるようになってから温泉に行くのが苦ではなくなってきた。太っていてチンポが埋まっていて、極端な粗チンなので、人に見せたくはないのだが、それでも、なぜかまあいいやと思えるようになったのである。
ここで重要なのは、チンコの大きさ自体が一切変化していないという点にある。
つい先日、銭湯で湯船に浸かっている若い男たちを見て、ニホンザルが温泉に入る姿と似ていると感じた。そこから考えたのは、銭湯とは、人間が「人間という種の動物」に変化する数少ない場所である、ということだった。
そこには、社会的地位を誇示するものは何もない。
身なりはみすぼらしくないか。年収はいくら稼いでいるか。どんな時計をつけているか。どんな車に乗っているか。
そんな、現代社会で相手の「強さ」をジャッジするのに必要な材料は、どこにも無いのである。
眼の前の「雄」をジャッジするには、年齢、身体の大きさ、性器の大きさ、声の大きさ、どの群れに属しているか。そんなところから判断するしかない、ある意味もっとも本来の”ヒト科の雄”としての強さが剥き出しになる場である。
そんな場所には、俺は出られなかった。
小さいが、ちゃんと動くぜ。
いけるだろう、こいつとなら。
そう思えるようになってから、何かが変わった。
2025年8月10日を区切りにして、また新しい一節が始まったのであった。
さて、今日は何でシコろうか。
