聞く、ではなく、聴く
「対象別・学びの階段」、第6回。
前回の『人を動かす』で、「話すより、聞き手にまわる」という話をした。今日は、その「聞く」を、もう一段深いところまで掘り下げたい。取り上げるのは、ケイト・マーフィーさんの『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』だ。
この本は、冒頭で、大事な区別をする。同じ「きく」でも、二つの姿勢がある、と。一つは、相手の話を「自分の考えと合っている・違う」と、頭の中で判断しながら聞く姿勢。もう一つは、いったん自分の判断を脇に置いて、相手の見ている景色や、感じている感覚のほうに、意識を集中させる姿勢。監訳の篠田真貴子さんは、後者に「聴く」の字をあてている。
私たちがふだんやっているのは、たいてい前者だ。相手が話しているあいだ、頭の中では「次に何を言おう」「それは違うな」と、忙しく返事や反論を組み立てている。聞いているようで、じつは自分の考えのほうを、聞いている。
では、本当の「聴く」とは何か。マーフィーさんの言葉が、いい。よく聴くとは、「相手の頭と心の中で、何が起きているのかを、わかろうとすること」。そして、「あなたを気にかけているよ」と、行動で示すことだ、と。
ここでもまた、テクニックの話ではないと、釘を刺される。うなずく、相づちを打つ、おうむ返しをする――巷にあふれる"聞き方のコツ"は、それ自体は「聴く」ことではない、と。もし、自分のほしいもの(契約、好意、出世)のために聞いているだけなら、それは聞いているふりにすぎず、相手はすぐに見抜く。聴くことに必要なのは、テクニックではなく、何よりも「好奇心」だ、とマーフィーさんは言う。
このあたり、前回の『人を動かす』と、まったく同じことを言っている。小手先ではなく、相手への、本物の関心。だから私は、この二冊を、続けて読んでほしいと思っている。
前にも書いたけれど、私は口下手で、話すのは得意ではない。それでも経営者の方々と深く付き合えたのは、この「聴く」だけは、自然にできていたからだと思う。コンサルティングの現場でも、私の仕事の入口は、いつも「聴く」ことだ。お客さんの話を録音させてもらい、あとから何度も聴き返す。答えを急いで差し出すより、まず、その人の頭と心の中で何が起きているのかを、わかろうとする。深く聴いてもらえた、と感じたとき、人は初めて、本当のことを話しはじめる。
新入社員のあなたにとって、これは、じつは大きな武器になる。若いうちは、知識も経験も、先輩にはかなわない。でも、「聴く」ことには、経験も肩書きもいらない。黙って、好奇心を持って、相手の話を最後まで聴く。それだけで、あなたは、驚くほど信頼される。気の利いたことを言えなくていい。むしろ、言わなくていいのだ。
この本に、こんな例が出てくる。友人が「クビになった」と打ち明けてくる。ふつうなら、すぐに慰めたり、アドバイスしたくなる。でも、その人が本当に聞いてほしいのは、たぶん、解決策ではない。ただ、自分の頭と心の中で今起きていることを、誰かにわかってほしいだけなのだ。先回りして言葉をはさむより、少し待って、「それの、何がいちばんこたえた?」と聴けるかどうか。
だから、明日、だれかの話を聴くとき、一つだけ試してほしい。返事を用意するのを、やめてみることだ。次に自分が何を言うかを考えず、ただ「この人の中で、何が起きているんだろう」と、それだけを追いかけながら聴く。沈黙が少し続いても、あわてて埋めない。その沈黙の中でこそ、相手は、いちばん大事なことを話しはじめる。
この本の中に、忘れられない一節がある。人が死ぬとき、感覚は順番に失われていくけれど、聴力は、最後の最後まで残るのだという。人は、生まれてから死ぬまで、ずっと、誰かに聴いてもらうことを、待っている。だとしたら「聴く」というのは、私たちが相手に贈れる、いちばん静かで、いちばん深い贈り物なのかもしれない。話のうまさより、ずっと。
――「対象別・学びの階段」第6回。次回は、土台編の締めくくり。ちゃんと聴けるようになった、その先で、今度は「自分の意見を持つ」という話をします。
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