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話し上手じゃなくても、人には好かれる

「対象別・学びの階段」、第5回。

前回までの土台編は、感謝・不安・成長・強みと、「自分との付き合い方」をめぐってきた。今日からは、それを土台にして、「人との関わり方」へ入っていく。最初の一冊は、デール・カーネギーさんの『人を動かす』。八十年以上も読み継がれている、対人関係の古典だ。

ただ、この本、タイトルで少し損をしていると思う。

『人を動かす』と聞くと、なんだか、相手を思いどおりに操る"世渡り術"の本のように響く。うまい話し方のテクニックを覚えて、人を巧みに動かす――そんなイメージを持つ人も、少なくないはずだ。だから、まずそこを、ほどいておきたい。

この本の芯は、テクニックではない。むしろ正反対で、「相手に、心からの関心を寄せる」という、たった一つのことに尽きる。カーネギーさんは、くどいくらい何度も念を押す。うわべだけの関心は、かならず見抜かれる、と。小手先で好かれようとした瞬間に、それは失敗するのだ。

有名な一節がある。「人は、自分に関心を持ってくれる人に、関心を持つ」。釣りをするとき、自分の好物のイチゴを餌にする人はいない。魚の好きな虫をつける。当たり前のようでいて、人付き合いになると、私たちはつい、自分の話したいことばかりを餌にしてしまう。

じつは、この本のことを書くのには、少し個人的な思い入れがある。

何度か書いてきたとおり、私は口下手で、内向的な人間だ。人前で気の利いたことを言うのは、いまも苦手だ。それでも、ありがたいことに、これまで五十人近い経営者の方々と、深くお付き合いさせてもらってきた。そのうち何人かとは、いまも友人と呼べる関係が続いている。

なぜ、話し下手な自分に、それができたのか。長いあいだ、不思議だった。でも、あるとき腑に落ちた。私は、話すのは苦手でも、目の前の一人に、とことん関心を持って、その人の話を深く聞くことだけは、自然にできていたのだ。カーネギーさんの言う「聞き手にまわる」というのは、たぶん、こういうことなのだと思う。

だから、新入社員のあなたに、まず伝えたい。

先輩やお客さんと、うまく話せなくて落ち込む日が、きっと来る。気の利いた返しができない、場をうまく持たせられない――と。でも、安心してほしい。人に好かれるのに、話のうまさは、じつはそれほど関係ない。

大事なのは、目の前の相手に、本気で関心を持てるかどうか、それだけだ。名前を覚える。相手が何を大事にしているのかを、知ろうとする。自分が話すよりも、相手の話をちゃんと聞く。カーネギーさんが挙げる原則は、どれも、驚くほど地味で、当たり前のことばかりだ。でも、当たり前だからこそ、本当にできている人は、驚くほど少ない。

一つだけ、明日から試せることを挙げるなら――これだ。次にだれかと話すとき、「自分が何を話そうか」を考えるのを、いったんやめてみる。かわりに、「この人は、何に興味があるんだろう」。それだけを思いながら、聞いてみる。たったそれだけで、相手の反応は、驚くほど変わってくる。

もう一つ、大事な補助線を引いておきたい。カーネギーさんは「批判をするな」とも言う。人は、正論で追い詰められると、心を閉ざしてしまうからだ。これは、前に自著『集中経営』で書いた「感情の壁」と、まったく同じ話だ。どれだけ正しくても、相手の感情が受け取れる状態になければ、人は動かない。順番は、いつも、正しさより先に、関係のほうにある。

山口博さんの訳も読みやすく、事例は古いのに、まったく古びない。人間の本質は、八十年やそこらでは、そう簡単に変わらないのだろう。

最後に、タイトルの話に戻りたい。この本は『人を動かす』だけれど、読み終えて思うのは、こういうことだ。人は、動かそうとして、動くものではない。こちらが本気で関心を持ったとき、相手の心のほうが、勝手に動きはじめる。「動かす」の主語は、たぶん、自分ではない。動くのは、いつだって、相手の心のほうなのだ。

――「対象別・学びの階段」第5回。次回は、その「聞く」ことそのものを、もっと深く掘り下げた一冊を取り上げます。

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