行き来できる人が、いちばん強い
「対象別・学びの階段」、第9回。
前回の『7つの習慣』で、応用編に入った。あれは、いわば「あり方」の背骨の話だった。ここからしばらくは、「考える力」や「伝える力」――仕事の武器そのものを、一冊ずつ渡していきたい。最初は、細谷功さんの『「具体⇔抽象」トレーニング』。私が、若手にいちばん早く読んでほしいと思っている、"思考の教科書"だ。
タイトルにある「抽象」。この言葉、なんだか難しくて、実務から遠いもののように聞こえるかもしれない。でも、これは、仕事ができる人が無意識にやっていることに、あらためて名前をつけただけの話だ。
抽象化とは、たくさんの具体的なことから、枝葉を落として、幹=本質を取り出すこと。「まとめる」と言ってもいい。細谷さんは、こんな例を出す。「本は本棚に、お皿は食器棚に、椅子は倉庫に、文房具は総務に……」と延々と指示する人に対して、「要するに『片付けろ』ってことですね」と一言で返す。この「要するに」こそが、抽象化だ。
逆に、「この部屋を片付けて」という抽象的な指示を、「本はどの棚、皿はどこ、椅子はどの向きで……」と、実際の行動へ落としていくのが、具体化。
そして、この本がいちばん言いたいのは、どちらが偉いか、ではない。抽象と具体を、自在に「行き来」できることこそが、思考の肝だ、ということだ。
細谷さんは、二つの"病"を挙げる。一つは「抽象病」。「ベストを尽くします」「適材適所でしっかり対応します」と、立派なことを言うのに、一切、行動につながらない。口だけの人だ。もう一つは「具体病」。言われたことを、言われたとおりにしかできず、まったく応用が利かない。ルールが少し変わると、固まってしまう。そして細谷さんは、はっきり書いている。この「具体病」の仕事こそ、これからの時代、真っ先に機械に置き換えられていく、と。
ここは、社員のあなたに、いちばん伝えたいところだ。
若いうちの仕事は、たいてい「具体」から始まる。言われたことを、正確にこなす。それはとても大事で、まずそこができないと、話にならない。でも、そこで止まってはいけない。目の前の一つの作業から、「要するに、これは何のためか」「この段取りの本質は何か」と、一段、抽象度を上げて考えるクセをつける。すると、次に似て非なる仕事が来たとき、「言われなくても」応用が利くようになる。一を聞いて十を知る、というのは、この抽象化のことだ。
じつは、私の仕事そのものが、この「往復」でできている。
コンサルティングでは、まず、お客さんの具体的な話を、とことん聴く。決算の数字、現場の出来事、社長の悩み。そのバラバラの「点」を持ち帰って、「要するに、この会社の本質的な論点は何か」と、抽象化して、一枚の絵(構造)にまとめる。そして、その絵を土台に、また「では、来月、具体的に何をするか」と、アクションへ落としていく。具体→抽象→具体。この行き来を、ぐるぐると回しているだけ、とも言える。
この連載だって、そうだ。何十冊もの本という「具体」から、「結局、みんな同じことを言っている」という共通の芯=抽象を抜き出し、また「あなたの明日の一歩」という具体に戻す。私が飽きもせず続けているのは、たぶん、この往復そのものが、面白いからだ。
一つ、気をつけたいことも書いておく。抽象化が面白くなってくると、つい「べき論」や、かっこいい言葉で、話を締めたくなる。でも、具体に戻せない抽象は、ただの「抽象病」だ。逆に、具体にしがみついて、本質を考えないのは「具体病」。どちらか一方ではなく、行き来。そのバランスだけは、忘れないでいたい。これも、自分への戒めとして書いている。
だから、明日から使える道具として、二つの問いを、口ぐせにすることを勧めたい。
一つは、具体的な話が続いたときの、「で、要するに?」。これが、話を抽象へ引き上げてくれる。 もう一つは、抽象的な話で止まったときの、「たとえば?」。これが、話を具体へ引き戻してくれる。
「要するに?」と「たとえば?」。このたった二つの問いを、自分にも、人にも投げかけられるようになるだけで、あなたの考える力は、驚くほど鍛えられていく。行き来できる人が、いちばん強い。かく言う私も、いまだにこの二つを、手放さずに使っている。
――「対象別・学びの階段」第9回。次回は、その考える力を、実際の「成果=アウトプット」に変えていく一冊を取り上げます。
#具体と抽象 #細谷功 #考える力 #社員 #抽象化 #思考法 #はたらくということ #人材育成 #読書記録 #自分の軸
