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これが映画だ! 特別超大作!

紛れもなく『原子怪獣現わる』が先にあったが、それを蹴散らしたのが…ゴジラ! なんか文句あっか!


  『ゴジラ』。その名はとんでもないものであるが、しかして私も記すことは簡単な存在でもある。だが、性根を据えてキチンと向き合って、記すとなるとこれほど知力、体力を使うものなのか…。
 だって貴方、『-1.0』は極論、簡単だよ。だってベースがあるだ。フォーマットがあるんだよ。でも、『ゴジラ』第1作は、なんもないんだぜ。あったのは、『原子怪獣現わる』だけ。デイヴィッド・O・セルズニック製作の『キング・コング』(1933)に驚嘆し、“その道”にのめり込んでいったレイ・ハリーハウゼンのリドサウルス一匹だけだった。内容はタイトル通り。但し、街を練り歩き、最後はローラーコースターにもたれかかり息絶える。実質、レイ・ハリーハウゼンの映画デビュー作であったが、リドサウルスは街を恐怖に叩き込むまでは成功したが、正直言って精彩を欠いていた。しかし、言うは簡単、後の“ダイナメーション”となるコマドリ姉妹ではなくて、『キング・コング』に倣って、コマ撮り、所謂ストップモーション・アニメーションで頑張っていた。『キング・コング』にはなれなかったけど…。

 前置きは長くなったが、そこで日本に、唯一の被爆国に持ち上がった、しかも『七人の侍』の企画進行中の最中である。当時の怪奇推理小説の雄、香山滋を中心に集まったメンバーで、呼ばれたその名は『G作品』。『キング・コング』は当たり前。その男はおそらく『原子怪獣現わる』も目にしていたはずである。その男は戦時中、国威発揚映画『ハワイ・マレー沖海戦』で、後に没収したGHQでさえ震え上がらせた男。その広大な真珠湾の綿密なるミニチュア、山を回り込んで真珠湾に入り込んでくるゼロ戦の編隊、そのリアルさに実写とも見紛うシークエンスだったのである。その男こそ特技監督・円谷英二である。円谷に愚門を投げかけた馬鹿がいた。「『G作品』もコマ撮りで?」、円谷は言ったという。「そんな時間が何処にある?」

鮮やかな編隊回りこみシークエンス、壮大な真珠湾シークエンス

 そして秘密裏にクランクイン。しかし、円谷英二もやりたかったんだろう。本編で確認できるが、G=ゴジラ”の尻尾が、生き物のようにクローズアップで動くカットが確認できる。間違いなく見逃してしまうようなカットだが、ストップモーションしている。体長50メートル、その設定ですべてのセットは組まれている。キャストも決定していく。東宝ニューフェイスの宝田昭、河内桃子、志村喬(志村は『七人の侍』の最古参でリーダー・勘兵衛を演じ、黒澤組、円谷組、どちらでも重宝された器用な役者であった。)、平田昭彦、そして、ゴジラを神とも悪魔とも崇める大戸島の長老に高堂國典。この役者もゴジラの名の由来に一役買っているとも言われている。さらに、「婿殿!」とは言わないけれど、若かりし頃の菅井きんも出演、女性活動団体のリーダーとして「何を言っとるかーっ!」とやっぱり一喝。

菅井きんさん、遥か前にも一喝!

そして、怪しい“音”を創り出しているは、結局一貫して変わらないんだけど、『ゴジラ』前も後もこの“音”=伊福部昭となってしまうのが凄い。伊福部氏はボレロの影響を色濃く受けていると、後に語っている。脚本には村田武雄、監督にはこの後、怪獣映画を受け持つことになる本多猪四郎。長くなったが、キャスト・スタッフ役者は揃ったし、“G=ゴジラ”の撮影も順調だった。
 問題はラッシュ試写で起こった。夜の銀座の目抜き通り、初代・ゴジラ着ぐるみ俳優、中島春雄も何度かコケたところである。問題はゴジラの吐いた放射能光で、明らかにソレと解る、“高島屋デパート”の大炎上を招いた。というかピンポイントで高島屋であった。日本初の怪獣映画で出た初のクレームである。スポンサーサイドとしても初の体験な訳だから、そりゃ、もう大騒ぎさ。大体、国威発揚映画の時は、無論身を乗り出した全面協力だった日本国軍が終戦(敗戦)後、自衛隊になると最初は渋っていたという。何せ怪獣である。一匹であろうと怪獣である。何がどうしてどうなろうと怪獣は怪獣である。山根恭平博士(志村喬)は大戸島の現地調査で謎の巨大な足跡に絶滅したはずのトリロバイト(三葉虫)を発見しようが、しつこいかも知れないが、恐竜ではなくか・い・じ・ゅ・うなのである!高島屋デパートの件は空想物ということで手打ちをし、戦闘機が飛ぼうが、戦車が、大砲が縦横無尽に展開しようが、協賛・海上保安庁なのである。1954年から変わらぬもの、それはこの日本人の頭のカッチカチの硬さである。

初代ゴジラ、記念すべき初登場シークエンス

 完全無欠の怪獣ゴジラは映画の中では勿論、高島屋デパートや自衛隊問題でも日本初の水素爆弾による大怪獣として、ちょいと古いが電流爆破デスマッチの、さらに向こうの大場外乱闘まで生み出してきた。
 さて、この壮大すぎる大怪獣をどうするか…そこで登場するのが、南海サルベージの尾形(宝田明)と“たった一匹、日本にだけ現れた怪獣ゴジラ撃退”に苦悩する山根恭平博士(志村喬)の娘・恵美子(河内桃子)と三角関係にある芹沢大助博士が液体中の酸素破壊剤“オキシジェン・デストロイヤー”を完成させていた。尾形と恵美子は芹沢のもとへと向かい、ゴジラを倒すためにそれを使わせてほしいと必死に懇願するが、芹沢は「オキシジェン・デストロイヤーは原水爆に匹敵する恐るべき破壊兵器になり得るものであり、いったんこれを使ったならば世界の為政者たちが看過しているはずはない。彼らは必ず武器として使用するに決まっている」と言い、使用を断固として拒絶する。しかし、テレビに映し出された変わり果てた東京の光景・苦悶する被災者たちの姿・女子学生らによる真摯な「平和への祈り」を目の当たりにして心動かされた芹沢は、「今回一回限り」の条件でオキシジェン・デストロイヤーの使用を承諾する…。と、最後は物語に戻ってきたが、オキシジェン・デストロイヤーがなかったら…。収拾がつかないことになっていたかもしれない。

オキシジェン・デストロイヤー、それは想像を絶する脅威の破壊力を秘めていた!

 芹沢は「完全な状態で作動するには水中操作以外にない」と潜水服を着てオキシジェン・デストロイヤーのカプセルを受け取ると尾形のサポートを受けて海底に潜り、ゴジラの側まで到達したところで隙を見て尾形だけを海面へ浮上させ、ゴジラの足元でカプセルの安全弁を抜いてオキシジェン・デストロイヤーを一人で起動する。一瞬のうちに海水が激しく泡立ち、もがき苦しんだゴジラは海上で断末魔の叫びを残すと力尽きて海底へ沈み、死骸は溶解して骨となり海の泡と化して消えた。だが、人間不信の芹沢もオキシジェン・デストロイヤーの悪用を恐れ、ゴジラ絶命の成功を見届けると尾形に「幸せに暮らせよ」と別れを告げると、ジャックナイフで潜水服の命綱とエアパイプを切断して海中で自決しオキシジェン・デストロイヤーの秘密を誰にも知られないよう永遠に封印してしまった。

 船上で事態の推移を見守っていた人々がゴジラを倒した歓喜に湧くが、尾形らは芹沢の死の悲哀に満ち、山根は沈痛な表情で「あのゴジラが最後の一匹とは思えない。もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない」と呟く。人々は静けさを取り戻した海原に敬虔な黙祷を捧げるのだった。
 一応、最後だけ帳尻あったかな?このゴジラが最後の一匹とは思えない?おっしゃる通りでございます。しかし、今日まで続くとはねぇ…。
因みに1954年の興行収入1位は何だったのでしょうか?実はさっきから出ている『ゴジラ』でも『七人の侍』でもなかったりするんですよ。実はメロドラマ『君の名は』(勿論、アニメじゃないよ!?)でした!



まとまったかな!ちゃんちゃーん!



最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。



※最後に

 なお、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今回の投稿は別サイト、別グループ用に半日以上をかけて書き上げたものです。はっきり言って“META”絡みのサイトで、何度も修正投稿を繰り返したのですが、結論から言えば監査が入り却下。まあ、1954年に製作された作品である以上、終戦より9年経過とは言え、戦争は避けて通ることはできません。その分、私としても面白おかしく書けるところはそうして、仕上げているつもりだったんですが…。
 他にも気づかぬところに問題点があったのかもしれません。
 その文章が残っていましたので、オリジナル原文をベースに、誤字脱字のチェック、文章の変更、更には動画、スチールなどの追加で生まれ変わらせることが出来ました。そして“note”さんでお世話になっている『これが映画だ!』枠での公開を決意した次第です。
 この、いつもの『これが映画だ!』よりも長く饒舌な文章には、私の『ゴジラ』、もっと言えば『ゴジラ』とその周辺の作品、そのスタッフ、キャストの方々を含んだすべてを愛しているからなんです。それだけ、分かって頂ければ、後は世話になっている『これが映画だ!』枠で掲載させて頂ければ励みになります。これからも宜しくお願い致します。




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