「生きにくさ」、感じたら。
最近読んだ3冊の小説から、ある共通した感覚を受け取りました。
「全て真夜中の恋人たち」/川上未映子
「青くて痛くて脆い」/住野よる
「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」/栗原知子
どの作品にも流れているのは、現代の若者が抱える“生きにくさ”の正体のひとつ——
「他人との間合いの取り方に、過剰に気を遣ってしまう」という感覚です。
相手を傷つけないように。
自分が浮かないように。
場の空気を壊さないように。
そうやって、言葉を選び、態度を整え、距離を測り続ける。
でもそれは同時に、「自分が傷つかないための防衛本能」でもあるのだと思います。
不用意に踏み込まれないように、深く関わりすぎないように。
あらかじめ安全な距離を設計しておく。
この振る舞い自体は、とても合理的です。
むしろ現代においては“賢さ”の一種なのかもしれません。
ただ、その延長線上にあるものは何か。
気を遣うことに慣れ、疲れることに慣れ、
やがてそれが「当たり前」になっていく。
その状態は、ある種の“同質性のわな”とも言えるのではないでしょうか。
目立たず、波風を立てず、誰とも大きく違わないように振る舞う。
同調圧力に「適応した結果」としての、静かな疲弊。
作品の登場人物たちが抱えているのは、まさにその空気の中での息苦しさでした。
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ここで少しだけ、私たちの話をさせてください。
浜松貿易の環境は、少なくともこの「過剰な同調圧力」とは無縁です。
もちろん、チームとしての連携やリスペクトは前提にあります。
ただし、「空気を読むこと」よりも「自分の考えを持つこと」、
「周りに合わせること」よりも「違いを活かすこと」を重視しています。
必要以上に間合いを測らなくてもいい。
自分を守るために、常に気を張り続けなくてもいい。
むしろ、できる限りのびのびと動いてほしいし、
その中で生まれる個性や発想を歓迎したいと考えています。
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文章だけでは、この違いはなかなか伝わらないかもしれません。
だからこそ一度、実際に見に来てほしい。
空気を感じてほしい。
「こんなに構えなくていい場所もあるんだ」と思えるかどうか。
それを、自分の感覚で確かめてみてください。
もし今、少しでも「生きにくさ」を感じているなら。
その感覚ごと、持ってきてもらって大丈夫です。
by ひよこ豆@Hamabo Recruiting Team
