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不本意で進んだ高校で…不本意ながら学ばされたこと…🌀

それは劣等感だった。
人間には劣等感があるということを思い知らされることになった。

先駆者に対する劣等感ならそれは不健全なものではなさそうだ。
しかし優劣とか上下関係から生じる劣等感だとしたら、それは不健全かもしれない。
そもそも人間同士に優劣なんてどうやってつけるのか。
上下関係はなぜ生じるのか。
それ自体が問題であり、人間同士を比較してどうこうとか、上下関係があるからどうこうという話自体が病んでいる。
健全な対人関係に優劣はない。
上下関係もない。
そういうものがある場には、親子関係から病んだ人間がいて、依存関係がある。
それが事実だ。

同じ方向を目指す先駆者に対しては、いつか自分も…と素直になれるのかもしれない。
それでもマイペースを崩さずにいるのが良いと思う。
生き急ぐ必要はないし、先のことは誰も分からない。
明日の体調すら予見できないのが人間だ。
明日の天気も予報の通りとは限らない。
未来のことは分からない。
それが現実だ。
それなのに今の社会ではそういうことになっていない。
すべてはまるで予見できることになっている。
そしてその予見に基づいて個人の人生が進むはずだということにすらなってしまう。
もし予見通りにいかなければ、それはおかしいとか、まるで残念で悔やまれることのように言われてしまう。
そんな世の中はおかしいと自分は思っている。
未来のことは予見できないのだから、予見なんてせずにいこう。
行き当たりばったりでその時々の体調や状況次第でいこう。
自分はそうやって暮らしている。
それができなければストレスが溜まる。
それで良いのだと思っている。
それが自然なのだと思っている。
毎日判で押したようには生きられない。
どうしても何かしら予定外のことは起きる。
それは当たり前だ。
予定を組むならそれも込みで予定を組めば良い。
予定外のことが起きても良いようにしておく。
それが本来の予定の組み方という気がする。

高校生の頃、いくら定期テストがあっても計画は立てられなかった。
どうせ計画倒れになると分かっていた。
だからいつも適当にして勉強もしなかった。
点数はひどいものだったが、それは計画を立てないからではなかった。
不本意で進んだ学校だったからだ。
はじめから勉強する気がなかったのだ。
そんなことよりどうやってサボるか。
いかに楽をして過ごすかに専念していた。
毒親に対する密かでささやかな反抗の始まりだった。
おかげで成績表は1と2ばかり。
得意のつもりだった体育ですら3か2。
結果からするとそんな三年間だった。
何のためにあの高校に進んだのかと言えば、自分のためではなかった。
毒親の非現実的で計り知れず大きな欲望を満たすためや、永遠に終わらない支配の構造を作るためだった。
結果的にそんな毒親を喜ばせるために若い頃の貴重な三年間を丸々無意味で無駄なものにしてしまった。
その後間もなく鬱になって心理的、社会的に挫折した。
世間的から見るとうまくいっていたかのような嘘に塗れた社会生活を、毒親に丸々搾取されたのはそれまでだったかもしれない。
その点は浪人時代に鬱になって良かったのかもしれない。
タイミングとしては最善だったかもしれない。
もしその後も受験や就職などに成功していたら、その成果も丸々毒親の手柄として搾取されていた。
危ないところだった。
自らも身を切る決断ではあったが、社会的に成功しない道を選び続けた。
世間から成功していたように見えるのは高校受験かせいぜい高校卒業までだった。
それからは緩やかに確実に落ちこぼれていった。
ゼロを過ぎてもさらに深く深く落ちこぼれていった。
ゼロが地表とは限らないと知った。
世の中には地底があるのだと分かった。
そのまま地底深くまで落ち込んで自力で這い上がることはできなくなった。
もはや誰かに引き揚げてもらうのを待つことしかできなくなっていた。
それほど精も根も尽き果てていた。
自力では何もできないところまで落ちていた。
水を飲んだりご飯を食べることすらできないところまで落ち込んでいた。
絶食していたのではない。
拒食になっていた。
ほとんど飲まず食わずで何ヶ月か過ごした。
口に入れる物は何でも毒に感じられた。
薬すら飲めなくなっていた。

高校から20代にかけての落ち込みようは並大抵ではなかった。
そんな中で経験した生き地獄のおかげで、飲めたり食べられるだけで幸せを感じるようになった。
現代には食糧難もあるかもしれないが、食糧はあっても食べられないという人間の状態もある。
どちらも食べられないのだから客観的には似ているかもしれない。
しかし結果は異なる。
食べ物をありがたく感じるか、自分が食べられることをありがたく感じるか。
その違いは大きいのだと思う。
食べる物があることももちろんありがたい。
自分の原点は食べられなかった頃にある。
その頃のことを初心としていつまでも忘れずにいようと思っている。