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ktomo_dev
親の仕事ために…犠牲を払わされた…📝
自分としては、仕事をすることに前向きになれない。
仕事は悪という認識がある。
やつらは仕事をしていたから毒親だった。
自分を犠牲にしていた。
そういう認識がある。
やつらが仕事をしていなければ…
いくらかましな生活だったのに…
という思いがある。
だから自分は仕事をしたくない。
仕事に苦労させられる、ということを、もう体験したくない。
親の仕事に苦労させられて、次は自分の仕事か…
となっている。
仕事が嫌いだ。
仕事は悪いものという観念がある。
仕事をして誰かと比べられたり、比べてしまったり…
そんな経験もしたくない。
人と競うのはごめんだ。
ユートピアのようなところで生きていたい。
それが自分の願いだ。
資本主義社会にユートピアはないが、無理に仕事をしなければならないと言われると辛い。
だからそうなることは避けていたい。
今までの苦しみが大きくて、専門家から一生ケアを受けていけば良いと言われている。
頑張ると死んでしまう。
それは避けたい。
不当な体験ばかりだった。
地元の文化はおかしかったと思う。
とても馴染めなかった。
そもそも本来あんな町で暮らすはずではなかった。
やはり挫折したことがいけなかったのか。
それも違う気がする。
自分に行き場はなく、居場所もなかった。
流されるままに行き着いた先で暮らすよりない。
そんな人生になった。
自分の力で切り開く未来はもうない。
そんな力は残っていない。
だから本当に、ケアを受けて生きるしかない。
どこでも傷ついてしまう。
傷つけられてしまう。
あまりに弱く、頼りない。
自分は今やそんな弱った人間だ。
明るい未来はすでになさそうだ。
残された日常をただ生きる。
いわば消化試合のようなものかもしれない。
