豊洲|なぜこの街には「余裕」があるのか
豊洲という街には、不思議な「余裕」がある。
平日の昼間、ららぽーと豊洲では、近隣に住む人たちがランチを楽しみ、ママ会が開かれている。少し離れればオフィスで働く人がいて、夕方になれば学校帰りの子どもたちが街を歩く。
休日になると、その景色は一変する。近郊や県外ナンバーの車が増え、買い物を楽しむ家族連れやカップルで賑わう。
住む人、働く人、遊びに来る人。
これだけ異なる人たちが同じ街に集まっているのに、豊洲にはどこか慌ただしさがない。
2歳の頃からこの街を見てきた私にとって、豊洲を一言で表すなら、「運河と融合した複合都市」だ。
「住む街」だった豊洲
今でこそ豊洲には、さまざまな目的を持った人が訪れる。
しかし、昔の豊洲を思い返してみると、今以上に「住む人」のための街だったように感じる。
小学生だった私がよく遊びに行ったのは、「がすてなーに ガスの科学館」。一方で、その先にある新豊洲まで行けば、今の姿からは想像できないほど何もない土地が広がっていた。
それが今では、豊洲市場や千客万来、teamLab Planets、ホテルなどが集まり、国内だけでなく海外からも人が訪れる場所になった。
特に新豊洲の変化は、昔を知っている身からすると驚かされる。
かつて「何もなかった場所」が、今では「わざわざ行く場所」になっている。
豊洲はこの20年ほどで、住民を中心とした街から、外から人を呼び込むことのできる街へと変化してきた。
しかし興味深いのは、外から来る人が増えても、「住む街」としての存在感が薄れていないことだ。
朝の登校時間になれば、街には多くの子どもたちが行き交う。
豊洲周辺では小学校も増えた。少子化という言葉を日常的に耳にする中で、豊洲を歩いていると、それを忘れてしまうほど子どもの姿を目にする。
街が成長し、訪れる人が増えても、生活の場所としてあり続けている。
これが豊洲の一つの特徴だと思う。
ららぽーとを見ると、豊洲が見える
私が豊洲で最も好きな場所は、アーバンドック ららぽーと豊洲だ。
特に、運河に面した広場が好きだ。
目の前には水辺が広がり、その周囲にはタワーマンション、オフィス、商業施設がある。そして、そこに住民、会社員、観光客が集まる。
この景色には、豊洲という街の特徴が凝縮されているように感じる。
そして面白いのが、同じららぽーとでも曜日によってまったく違う顔を見せることだ。
平日は、近隣に住む人たちの日常生活の一部になる。
ランチを楽しむ人やママ会をする人がいる。オフィスから昼食に来る会社員もいるが、街全体がビジネス街のような雰囲気になるわけではない。
ところが休日になると、家族連れやカップルが一気に増える。
駐車場には近郊や県外のナンバーも目立つようになり、「豊洲に遊びに来た人」の街になる。
イベントが開催されれば、また別の人たちが集まる。
建物自体は何も変わっていない。
変わっているのは、そこを使う人だ。
商業施設は、建物や店舗だけでつくられるものではない。そこに誰が集まり、どのように時間を過ごすかによって、その場所の性格は変わる。
ららぽーと豊洲を見ていると、それがよく分かる。
なぜ豊洲には「余裕」があるのか
豊洲を歩いていて、私が昔から感じているのが「慌ただしさの少なさ」だ。
もちろん、朝になれば会社へ向かう人がいる。子どもを乗せて自転車を走らせる親もいる。
それでも、他の街と比べると、どこか時間に追われている人が少ないように感じる。
豊洲でよく見かけるのは、子どもが2人、3人いる家族だ。
家族で公園を歩いたり、ららぽーとで食事をしたり、水辺で過ごしたりする姿を見ていると、どこか時間そのものに余裕があるように見える。
なぜそう感じるのだろう。
一つは、街のつくられ方にあるのかもしれない。
豊洲の街並みには、どこか「かしこまった統一感」がある。
道路や歩道は比較的広く、大きな建物が整然と並んでいる。計画的につくられた街らしい整った景観だ。
ただ、それだけなら少し無機質な街になってしまう。
そこに豊洲では「水」が入ってくる。
建物の間から運河が見え、少し歩けば水辺に出られる。ぐるり公園まで行けば、視界が一気に開け、東京湾やレインボーブリッジまで見渡せる。
夜になれば建物の灯りが水面に反射し、昼間とは違ったロマンチックな景色になる。
都市としての統一感と、水辺が生み出す余白。
この二つが共存しているからこそ、豊洲には独特の「余裕」が生まれているのではないだろうか。
「住・働・遊」が同じ街にある
街にはそれぞれ役割がある。
オフィスが集まる「働く街」もあれば、住宅を中心とした「住む街」、観光客が集まる「遊ぶ街」もある。
しかし豊洲は、そのどれか一つに決めるのが難しい。
朝には学校へ向かう子どもたちがいる。
昼にはオフィスで働く人がいる。
夕方には買い物をする住民がいて、休日になれば外から家族連れやカップルが訪れる。
さらに新豊洲まで視野を広げれば、豊洲市場や千客万来、teamLab Planetsなどを目的に国内外から人がやって来る。
「住む・働く・遊ぶ」が、珍しいくらい均等に存在している。
そして、それぞれが完全に分断されているわけでもない。
ららぽーとの水辺に行けば、住んでいる人も、働いている人も、遊びに来た人も、同じ場所で時間を過ごしている。
私は、この混ざり方こそ豊洲の面白さだと思っている。
完成された街に見えて、足りないもの
一方で、豊洲に長く関わってきたからこそ、物足りないと感じる部分もある。
豊洲の街づくりでは、民間企業の存在感が非常に大きい。
商業施設、住宅、オフィスなどが整備され、民間の力によって街の魅力が高められてきた。
だからこそ今後は、行政や公共団体も加わった「住民同士がつながる場所」が、もっとあってもいいのではないかと思う。
例えば、どのマンションに住んでいるかに関係なく、豊洲の住民なら利用できるイベントスペースやコミュニティールームがあったら面白い。
豊洲のマンションにはパーティールームなどの共用施設を持つところも多い。
しかし、それは基本的にそれぞれのマンションの中のコミュニティーだ。
同じ幼稚園の家族、昔からの友人、ママ友など、実際に住民同士が集まりたい需要はかなりあるように感じる。
ならばマンションという単位を越えて、「豊洲に住んでいる」という共通点で人が集まれる場所があってもいい。
これまでの豊洲が「建物や空間をつくる」ことで成長してきた街だとすれば、これからは「人と人のつながりをつくる」ことが、次の街づくりになるのではないか。
個人的には、若者が夜遅くまで気軽にワイワイできる居酒屋も、もう少し欲しいところだが。
豊洲という街の魅力
豊洲の魅力は何か。
ららぽーと。
タワーマンション。
豊洲市場。
夜景。
もちろん、どれも豊洲を象徴するものだ。
しかし、約20年この街を見てきた私が感じる魅力は、それら一つひとつではない。
住む人、働く人、遊びに来る人が同じ街に存在し、それを運河や公園といった「余白」がつないでいること。
そこから生まれる、ゆっくりとした時間の流れ。
それこそが豊洲らしさなのだと思う。
かつて「住む街」だった豊洲は、「住・働・遊」が共存する街へと変わった。
そして豊洲は、まだ完成した街ではない。
これから新しい場所ができ、新しい人が訪れ、また街の表情が変わっていく。
それでも、この街に流れる独特の「余裕」は残っていてほしい。
運河と融合した複合都市、豊洲。
これからこの街がどう変わっていくのか。
長く見てきたからこそ、その続きを見てみたい。
