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令和オンナの不条理な出産

1年半前、姪っ子が生まれた。
夫の妹の子ども。私から呼ぶと、正しくは義姪。

まんまるな目にやわらかい肌、誰に抱かれても泣かない、人見知りしない女の子。愛らしくてたまらない。初孫パワー。親族一同大盛り上がり中。
こどもの写真を家族間で共有することのできるアプリ『ミテネ』では、日々成長する姪っ子で溢れている。コメントはおじいちゃんおばあちゃんの「あら、今日も可愛いね~」だらけ。生まれてから今日まで毎日がお祭りのようだ。

姪っ子、最高に可愛い。
昨日まで出来ていなかったことが、突然できるようになったりする。少し前まで使えていなかったおもちゃを完全にマスターしている。こけても泣かない強い子になっている。姪っ子の過ごす一日は、私の過ごす一日の10倍以上濃い。おばさんは遠くからあなたを応援しているよ、とアプリ越しに念を送っている。


28歳、同世代の女友達と集まると絶対にする会話。
「で、子どもほしいの?」
「いや~まだじゃない?そろそろ考えなきゃな~とは思ってるんだけどさ」
「旦那さんはなんて言ってるの?」
「ん~まだじゃないって感じじゃない?でもまぁ親からのプレッシャーのほうがあるかな~」
「え~親からはなんて言われるの?」
「いや~明確に何って言われてるわけじゃないんだけどさ、感じるじゃん?空気感というか何というか」
「「「「「わかる~~~」」」」」
このくだり、ここ3年で100回はした。盛っていない。がち。

小学生のころ、将来の夢は保育士さんだった。
5歳下に弟がいる。男の子だけど女の子以上に可愛い顔をしていて、ぷにぷにしていて、私がおどけて見せるとケラケラと笑った。私もいつかこんな子を育てたいな~と思っていたのだろう。後で思い知ることとなる、これが私の母性のピークだ。


大学卒業して22歳。新卒で働き始め、5年もしないうちに結婚ブームが巻き起こる。結婚とセットで出産ブーム。産休育休リモートワークにフルフレックス。スペシャルコンボで社会復帰できるっしょ?の圧。
働かない女には「専業主婦?旦那さん何しているひとなの?」働いている女には「いつ結婚するの?子ども産むの?」働いて結婚して子どもを産んでいる女には「子育てしながら管理職って…バリキャリだね…」
一方で男性に対して「男性なのに育休6か月も取ってるの?すごいね!」「いやいや最近はこれくらいとるのが普通ですよ~」

は?
(いや、理解している。社会が少しずつ進もうとしていることを。理解している理解している理解している…)

令和女の人生、結構ハードモードじゃない?と思ってしまう。あ、もちろん男性の人生を軽視しているわけではありません。しかし、自分は女なので申し訳ないですが一人称の出来事を大きく捉えてしまう癖があります。悪しからず。

私たちは結婚に追われ、出産に追われ、育児に追われ、かと思ったらキャリアにも追われ。いつの間にか自分の老いにまで追われている。


子どものころから早く結婚したいと思うタイプではなかった。中学生のころ、周りが「ハタチで結婚して~22で子ども産んで~」と言っている中、私ひとり「32歳で結婚したい、そして子どもがいてもいなくても幸せになれる、そんな夫婦でありたい」と言っていた。“ちゃお”や“なかよし”を読んでいるような平成のDreamGirlなのに、そういった部分はかなりの現実主義で、13歳の私の感覚は令和現代にアップデートされていた。アップデートというより時代の先取り?時代の先端をいく雑誌ファッジ?

その頃の意に反して、私は24歳という若さで結婚を決めた。初対面のひとに自分が既婚であることを伝えると、高確率で、え…あなたが…?という訝しい顔をされる。あれ、言っとくけど失礼だからな。もう慣れっこだけど。私のキャラクターを鑑みると「そんなに早く結婚したのはなぜ?」と聞きたくなる気持ちも分かる。
結婚したのにはいろんな理由が絡み合っているけれど、この人を逃したら私はこの人生では結婚しないだろうな、と思ったからだ。付き合って同棲して結婚するまではトントン拍子だった。

私も彼もキャリアや人生に対する熱量は同じくらいに高い。男性だから、女性だからと枠に当てはめることなく『まじめに泥臭く一生懸命生きている人間がかっこいいよな、お互いそうなろうな』という価値観。彼から“女性的な役割”としての仕事を押し付けられたことは一度もないし「俺より稼いでくれ~」とすら言ってくる。もちろん今は彼のほうが私より何倍も稼いでいるし、お世話になりまくっているが、いつか私も彼を超えるくらいになりたい。今後の仕事について相談すると、いつもまじめな顔して人生戦略を立ててくれる。

長い間一緒にいるので、数えきれないほど喧嘩をした。憎んでも憎みきれないほど嫌いなところがある。この人でよかったのか?なんてお互いに思い合っているだろう。綺麗事ばかりじゃない。この先の結婚生活がずっと続くかどうかなんて誰にも分からない。
でもきっと私にとって彼は、運命の相手a.k.a.ベストパートナーなのだろう。


籍を入れてから4年が過ぎた。時の流れは速い。
子どものことを考える。

仲のいい年上のお姉さんたちに相談すると、いつかあなたも心から欲しくなるタイミングが来るよと言われる。欲しくなかったら別に産まなくてもいい時代なんだからねとも言われる。そもそも欲しいとか欲しくないとかで決まることじゃないんだからとも言われる。その言葉を聞くたびにホッとする。

最近、『子どもが欲しい』という表現を聞くと違和感を覚えるようになった。欲しいとか欲しくないとか意志の問題でできるようなそんな簡単なことじゃないし、ただ産むだけではなくて、そのあとのその子の人生に一生涯の責任を持つってことだし、この世界に自分よりも大切な人が存在するってことだ。考えれば考えるほどに今の自分がその役割を果たすことができないのではないかと不安になる。考えすぎだと思う部分もあるし、結婚と同じようにやってみればもしかしたら意外と…みたいなこともあるかもしれない。

でも、考えすぎなくらいまで考えてしまう。そういうお年頃なのかもしれない。


昨夜、仕事終わりに社会人になってからできた大親友とお好み焼きを食べた。彼女とは家が近いこともあり、ここ何年で仲の良さにブーストがかかっている。近況報告と称して会っているが、その頻度はもはやマイクロマネジメントだ。彼女は私の話を私以上に親身になって聞いてくれる。私も彼女も大酒飲み。酒飲みの友人は酒飲みに限る。時には女二人で涙して、お店の人を困らせている。

先日、付き合って1年ほどの彼氏を両親に会わせたのだという。初対面の感触は良かったらしい。そのご飯会の後、ママから今後の人生プランについてなが~いLINEが来たと言っていた。

あなたが仕事を続けながら子どもも欲しいんだったら〇〇くんはこういうことを手伝わないといけないね~!あ、でも二人だけで頑張ろうとしなくていいんだよ~!子どもの送り迎えとかはママも手伝うからね!etc.

ママ、気が早い。あなたの娘、まだ結婚していないよ。

その話を微笑ましく聞きながら、自分自身のことを想った。
私の両親は私の結婚に対しても、出産に対しても、子育てに対しても、何も口出ししてこない。「あなたの人生なのだから、あなたのしたいようにしなさい、無理だけはしないように」そう言ってくれる。その言葉にずっと甘えている自分がいる。その言葉の裏にどれだけの心配があるのか、不安や期待の気持ちがあるのか、ずっと目を背けている。
親のために生きる人生じゃない。どこまで行っても最後に残るのは自分なのだから。だけど、ふと思い返したとき、私はひとりで生きているわけではないのだと実感させられる。

この先の人生、どうしたらいいんだろう。


帰り道、降っていた雨が一瞬止んだ。
大きな傘を仕舞って、桜並木を歩いて帰った。

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