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「黒鳥の影を追う」 MRI

風船はいつ最も危険か。

針が刺さる瞬間ではない。誰も針の存在に気づいていない時だ。
黒鳥は突然現れない。来る前に風船は膨らんでいる。その膨らみを定量化するために設計したのがMRI(Market Risk Index)だ。

2026年現在、当研究所が実際に使っている指標の一例だ。毎日SNSで発信している。設計は必ず進化する。しかし設計思想は変わらない。その思想を伝えたい。

3つの窓から市場を見る

風船の膨らみは一つの指標では測れない。三つの窓から同時に見る必要がある。
バリュエーション。市場心理。機関のポジション。
それぞれが独立して動く。しかし三つが重なった時、市場は最も危険な状態にある。

MRI = (Valuation + Emotion + Position)÷ 3

MRIサンプル
出典:恐怖指数研究所

Valuation シラーPE(CAPE)

Crash ← Crack ← Valuation → Froth → Bubble
株式市場は割高か。この問いに答えるのがシラーPEだ。景気循環を調整した株価収益率で、短期の業績変動に左右されにくい。

ただしシラーPEには長期的な上昇トレンドがある。絶対水準で見ると「常に割高」という判断になりかねない。10年ローリングウィンドウでトレンドを補正することで、水準ではなくトレンドからの乖離を見る。急上昇を感知できる設計だ。

Emotion VIX

Panic ← Fear ← Emotion → Greed → Euphoria
市場は今、恐怖の中にあるか。それとも油断しているか。この問いに答えるのがVIXだ。

VIXが高い時、市場はすでにパニックに入っている。恐怖が価格に織り込まれている。危険なのはその逆だ。誰も怖がっていない時。VIXがトレンドを下回る低水準で安定している局面こそ、風船が最も膨らんでいる。

だから設計を逆転させる。VIXが低いほどリスクが高くなる。「1-NORMDIST」がその逆転を実現する。

Position SKEW

Run-away ← Passive ← Position → Active → All-in
機関投資家は今、どこに賭けているか。この問いに答えるのがSKEWだ。

SKEWが高い時、機関投資家は積極的にロングを積みながら、OTMプットでヘッジしている。保険のコストを払う合理的な理由がある。それだけ大きな賭けに出ているということだ。大きなロングが積み上がった状態は、崩れた時の下落幅を内包している。

ただしSKEWにはリーマン以降の構造的上昇トレンドがある。補正なしに使うと「常に高い」という判断になる。10年ローリングウィンドウでトレンドを補正することで、そのトレンドを超えた急上昇だけを感知する。

計算の詳細

なぜ対数変換をするのか
VIXもSKEWも対数正規分布に従う。乗数的な変動をする指標だ。そのまま正規分布として扱うと統計的な評価が歪む。対数変換することで正規分布に近似でき、NORMDISTによる評価が有効になる。

Valuation(シラーPE)
Step 1: 10年ローリングウィンドウで乖離を算出する(シラーPE - 10年平均)÷ 10年平均
Step 2: 乖離の10年ローリング平均と標準偏差を算出する。乖離そのものではなく、乖離の分布の中で現在値がどこにあるかを評価する。トレンド補正。
Step 3: Valuation Risk = NORMDIST(乖離, 乖離の10年平均, 乖離の10年標準偏差)
高いほど株式市場は割高と解釈する。

Emotion(VIX Risk)
Step 1: VIXの月次終値の対数を取る(Log VIX)
Step 2: 10年ローリングウィンドウで乖離を算出する(Log VIX - 10年Log平均)÷ 10年Log平均
Step 3: 乖離の10年ローリング平均と標準偏差を算出する。乖離そのものではなく、乖離の分布の中で現在値がどこにあるかを評価する。
Step 4: VIX Risk = 1 - NORMDIST(乖離, 乖離の10年平均, 乖離の10年標準偏差)

Position(SKEW Risk)
Step 1: SKEWの月次終値の対数を取る(Log SKEW)
Step 2: 10年ローリングウィンドウで乖離を算出する(Log SKEW - 10年Log平均)÷ 10年Log平均
Step 3: 乖離の10年ローリング平均と標準偏差を算出する。リーマン以降のSKEWの構造的上昇トレンドをここで吸収する。乖離そのものではなく、乖離の分布の中で現在値がどこにあるかを評価する。
Step 4: SKEW Risk = NORMDIST(乖離, 乖離の10年平均, 乖離の10年標準偏差)

VIXと異なり「1を引かない」。SKEWが統計的に高いほどリスクが高い設計なのでそのまま使う。

使い方

当研究所ではMRI80%超えを警戒シグナルとして使っている。針がいつ来るかはわからない。風船が膨らんでいる事実を確認できる。どう解釈してどう行動するかは読者が自分で決めてほしい。

設計思想は普遍的だ。短期・中期・長期の3つの時間軸でリスクを測る。バリュエーション・市場心理・機関のポジションを合成する。組み合わせることで初めて「市場が最も油断している瞬間」が見える。この思想を自分の設計に転用してほしい。

VIXとSKEWの違い

VIXとSKEWは同じCBOEが算出する指標だが、見ているものが全く違う。

VIXはS&P500オプション全体の予想変動率を集約した数値だ。市場全体が今後30日間にどれだけ激しく動くかを測る。ATM付近のオプションが中心だ。上下どちらの動きも含む。

SKEWはS&P500の将来リターンのリスク中立確率分布の形を測る。オプション価格から逆算された、市場参加者が暗黙のうちに織り込んでいる確率分布だ。その分布が正規分布からどれだけ外れているか、特に左裾(大暴落側)がどれだけ厚くなっているかを定量化する。

ATMとOTMとは何か

オプションには権利行使価格(Strike Price、K)がある。現在の原資産価格(S)との関係で3つに分類される。

コールオプションの場合:

ITM(In The Money、イン・ザ・マネー):K < S。満期時点でこの状態なら利益が確定する。行使される。

ATM(At The Money、アット・ザ・マネー):K ≒ S。権利行使価格が現在価格とほぼ同じだ。最も取引量が多く、VIXの算出に最も影響する。

OTM(Out of The Money、アウト・オブ・ザ・マネー):K > S。満期時点でこの状態なら権利は消滅する。行使されない。

プットオプションの場合は逆になる。

ITM:K > S。満期時点で行使される。
ATM:K ≒ S。
OTM:K < S。満期時点で権利は消滅する。

OTMプットとは、現在の株価より大幅に低い権利行使価格を持つ「売る権利」だ。現在の株価水準では満期時に権利消滅する。しかし株価が大きく下落して権利行使価格を下回れば価値が生まれる。テールリスクへの保険として機能する。

暴落時には逆説的な現象が起きる。VIXが急騰し、ATMのインプライド・ボラティリティが全体的に跳ね上がる。OTMプットもOTMコールも同時に高騰する。結果としてOTMプットとOTMコールの相対的な価格差は縮まる。SKEWは急落する。そしてVIXは急騰する。

VIXとSKEWは逆方向に動く。SKEWが統計的に高くVIXが統計的に低い局面が最も危険だ。暴落が来た瞬間、その関係は逆転する。

SKEWの算出式

SKEW = 100 - 10 × S

SはS&P500リターンのリスク中立歪度(Risk-Neutral Skewness)だ。全てのOTM SPXオプション価格から算出される。

SKEWの本質はOTMプットとOTMコールのインプライド・ボラティリティの非対称性だ。OTMプットがOTMコールに対してどれだけ割高になっているか、その傾きを定量化する。

通常、OTMプットはOTMコールより高い。暴落への恐怖が常に存在するからだ。SKEWはその非対称の度合いを測る。

正規分布なら歪度はゼロ。SKEWは100になる。OTMプットがOTMコールに対して割高になるほど、左裾が厚くなるほど、SKEWは100を超える。

SKEW = 100:
OTMプットとOTMコールの価格が対称的だ。テールリスクは標準的な水準だ。

SKEW = 120:
「2σを超える下落」が正規分布の予測より約1.7倍起きやすい。

SKEW = 130:
約2.7倍起きやすい。

なぜSKEWは右肩上がりなのか

SKEWのトレンドには構造的な理由がある。単なるアノマリーではない。

株式市場の非対称性がある。上げはゆっくり、下げは急激だ。株価は階段を上がり、エレベーターで下がる。この構造がOTMプットへの潜在的な需要を常に生み出す。そしてその需要は株式市場が右肩上がりで成長するほど大きくなる。守るべきロングポジションが増えるからだ。

リーマンショックの刻印がある。2008年以前、多くの機関投資家はテールリスクを軽視していた。リーマンを経験して変わった。「あの規模の暴落は起きる」という認識が市場に刻み込まれた。以降、OTMプットを買うことがリスク管理の標準になった。リスク管理部門が強化され、OTMプットの購入が義務化・慣行化した組織が増えた。

オプション市場の成熟もある。参加者が増え、ヘッジ手段としてのOTMプットの認知が広がった。供給側も増えたが、需要の増加がそれを上回り続けている。

これら全てが重なり、SKEWは構造的に右肩上がりのトレンドを持つ。だから絶対値で語ることはできない。130という数字が2000年には異常値でも、2025年には普通の水準かもしれない。

MRIでSKEWを扱う際も、VIXと同様に対数変換→10年ローリングウィンドウでトレンド補正→NORMDISTで正規化する。現在のSKEWが直近10年の中でどの水準にあるかを見る。絶対値ではなく相対値で判断する。これがトレンドを持つ指標を正しく扱う方法だ。

VIXが「どれだけ大きく動くか」を測るのに対し、SKEWは「OTMプットとOTMコールの歪み」、大暴落側への非対称性を相対的に測る。VIXが統計的に低くSKEWが統計的に高い場合、表面は穏やかだが水面下では大きなロングポジションが積み上がっている。

SKEWの解釈 文脈依存性への注意

SKEWは単純な「警戒指標」ではない。MRIではPositionの指標として位置づけている。機関投資家の「積極ロング+ヘッジ」の度合いを捉えているからだ。

ここが最も誤解されやすい点だ。丁寧に解説する。

機関投資家がロングポジションを積み上げる時、彼らは同時にOTMプットを買う。積極的に株を買いながら、保険もかける。OTMプットの需要が増えるほど、OTMプットとOTMコールの価格差が広がる。SKEWが上昇する。つまりSKEWが統計的に高い状態は、機関が強気であることの裏返しでもある。

しかしSKEWの動きは、相場の局面によって全く別の意味を持つ。

局面1 弱気相場・調整局面でのSKEW単独上昇
弱気相場や調整局面の中でSKEWだけが上昇する場合、これは純粋な防御的ヘッジの需要だ。機関が積極ロングを積み増しているわけではない。既存のポジションを守るために保険を買い増している。Positionの拡大ではなく、Positionの防衛だ。

VIXも同時に上昇しているなら、市場全体が警戒モードに入っている。シラーPERが適正水準なら、単なる調整の範囲だ。MRI全体として見れば、風船はまだ膨らみきっていない。

局面2 バリュエーション極高×SKEW高位
これが最も危険な組み合わせだ。
シラーPERが統計的に極めて高い水準にある。そしてSKEWも統計的に高い。機関が積極的にロングを積み上げながら、同時にOTMプットで保険をかけている状態だ。

一見、リスク管理が行き届いているように見える。しかし構造的に持続不可能だ。

なぜか。ロングが最大化しヘッジも最大化している。バリュエーションはすでに過熱している。針が刺さった瞬間、全員が同時に売りに転じる。ヘッジのOTMプットが価値を持ち始め、それを行使するためにロングを手放す。売りが売りを呼ぶ。VIXが爆発する。

保険をかけていたはずが、その保険が崩壊のトリガーになる。

シラーPERが低くSKEWが統計的に高い局面は恐怖の渦中だ。しかしシラーPERが高くSKEWが統計的に高い局面は、最後の宴だ。全員が踊りながら出口に近づいている。

3指標の重なりで読む

各指標は単独では不完全だ。

VIXが統計的に低い。楽観が支配している。
シラーPERが統計的に高い。バリュエーションが過熱している。
SKEWが統計的に高い。機関が最終ロングを積みながらOTMプットも強化している。

この3つが揃った時、MRIは最高水準に達する。風船が最も膨らんでいる瞬間だ。

逆に、VIXが統計的に高くシラーPERが統計的に低くSKEWが統計的に高い場合。これは恐怖の渦中だ。MRIは低い。むしろ買い場を示唆している。

SKEWの数字だけを見ても意味がない。シラーPERとVIXの文脈の中で初めてSKEWは語る。MRIはその文脈を自動的に統合する設計だ。

最後に

MRIは医療でも使われる。Magnetic Resonance Imager。見えないものを可視化する装置だ。体内の水素原子核は強力な磁場の中でN極とS極を持つ小さな磁石として振る舞う。その整列と乱れを検出して画像にする。

市場リスク指数(MRI)も同じだ。バリュエーション・市場心理・機関のポジション。どれも目には見えない。しかし定量的に可視化できる。

風船が膨らんでいるかどうか。数字が教えてくれる。


※このnoteは投資アドバイスではありません。投資の判断は自己責任で行ってください。
※このnoteは書籍「VIXの声を聴け」第一章「影」の一部です。

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