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笑顔警察、ただいま巡回中

 朝の通勤電車、満員、無音。

 車内はスーツにまみれたサラリーマンたちの海で、ただひたすらに「誰も何も言わず、誰も笑わない」世界が広がっていた。

 そんな中──現れたのだ。

「笑顔足りてますかぁー!? 笑顔チェック、入りまぁーす!!」

 明るい声と共に、ピシッと制服を着た男が、車両の中央に現れた。

 胸にはでっかく「😊」のマーク。

 背中には「EMPP」──「Egao Maintenance Police Patrol」の文字。

 通称:笑顔警察。

 乗客全員、目が死んだ。

「おーっと、そこのOLさん、眉間にシワ寄ってますねぇ。はい、これスマイルステッカー!」

 ぺたっ

「イヤですって顔しましたけど、ステッカーは粘着式なので取れません!」

「こっちのお兄さん、スマホ画面見ながら“うわ、また上司の意味不明LINEか…”って顔! アウトです!」

 ぺたっ

「ほら、あなたには“ニッコリモード”が必要!」

 突然、手元の機械から「ピンポーン♪」と音が鳴る。

「はい、笑顔レベル2点です! 頑張りましょう!」

 もはや誰もが、脳内で“この車両はバグっている”と判断していた。

 笑顔警察官、名を宮本と言った。自称「微笑みの伝道師」。

「笑顔を失った現代日本に、光を!」

 彼は独自にこの活動を始め、すでに10ヶ月が経つという。

 ちなみに非公認、完全なる自費活動。

「マスク生活が長くて、顔面の筋肉が休職してるでしょ? だから俺が“再就職斡旋”してるんですよ!」

 まったく意味はわからないが、言ってる本人が異常に楽しそうなので、誰も何も言えない。

 駅員が駆けつける。

「お客さま、困ります! このような行為は……」

「おや? 駅員さん、眉が『ハ』の字ですね?」

「えっ」

「スマイル不足、確認!」

 ぺたっ

「ステッカーお渡しでーす! 今日一日、取らないでくださいね〜!」

 駅員はしばらく硬直したのち、ゆっくりとスマイルステッカーをそっと撫でた。

 なぜか、ちょっとだけ笑っていた。

「……まぁ……うん……確かに朝は、イライラしてたな」

 ……あれ? ちょっと効いてる??

 すると、車内の別の乗客が立ち上がった。

「俺も笑顔チェックやりたい!」

 突然の協力者、現る。

「この人! 弁当のカツサンド食べながら、“キャベツ乾いてんな…”って顔してました!」

「ステッカーぺたっ!」

 笑顔警察が増えた。

 さらに。

「私も〜! 駅でチラシ配ってたけど、みんな仏頂面すぎて病みそうだったの!」

「でもこれやったら、こっちが元気になりそう!」

「わかる〜!」

 3人、4人、気づけば7人。

 一車両が「笑顔狩り車両」になった。

 乗ってきたサラリーマンが速攻で別車両に逃げていった。

 それを見た笑顔警察(初代)は、指をさして言った。

「無表情は! 逃げる! 笑顔は! 広がる!!」

 誰もが思った。

「この人、多分すごく暇だな」

 だが、その日──会社で私は、違いを感じた。

 部長が「例の資料さ〜」としかめっ面でやってきたとき。

 私は、ポケットからステッカーを出した。

「部長、今日一日、これ貼っててください」

「は?」

「いや、笑顔警察に言われたんです。怒るより、笑顔のほうが……健康にいいって」

 部長、3秒考えて、貼った。

 そして一言。

「……なんか……懐かしいな、こういうアホなノリ」

 微笑んでた。

 たぶん、世界が少し、ゆるくなった。

 その後、笑顔警察は駅構内に「勝手に笑顔交番」を設置し、怒られて撤去された。

 だが、駅前のタピオカ屋では、その名残で「スマイル割引:笑ったら50円引き」が始まり、意外と好評だった。

 いま、彼は地下アイドルのイベント警備員として活躍しているという。

 警備中、たまに客にステッカーを配るらしい。

「推しの前でムスッとしてる奴は、罪!」

 だが、誰もそれを止めない。

 なぜなら。

 ──誰もが、ちょっとだけ、笑ってしまうからだ。


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