第86巻 秋田市:アキタノカミの願い
秋田県秋田市。
しんとした雪の夜に、小さくあたたかい光が灯るこの町には――
「願いを、美しく叶える」神様が、ひっそりと暮らしている。
名はアキタノカミ。
その姿は誰も見たことがないが、願いが叶うと、空気がスッと澄むという。
特徴は、とにかく品がありすぎて話しかけづらいこと。
市民の間では、「お願いする時は正座してからが礼儀」とまで言われている。
さて、そんな秋田に移住してきたばかりの青年、海。
都会での生活に疲れ、「もっと静かな場所で、内面から整えたい……ついでに美人に囲まれて生きたい……」と、よくばりな願いを心の奥で呟いた。
そんなある晩、雪がちらつくアパートの窓辺に、
きりたんぽを模した和紙の手紙がそっと置かれていた。
願い、承りました。
美しく叶えます。どうぞ、品よくお過ごしください。
―アキタノカミより
「ちょ、怖い怖い! え、筆ペン!? 縦書き!? 行間に余白の美とかあるやつだこれ!」
翌朝。
海の部屋の中に、なぜか完璧に整った“和室スペース”が出現していた。
・畳の目が水平に揃っている
・座布団は一輪挿しの花と同じ柄
・BGMは尺八(Bluetooth接続)
・そしてテーブルには、美人すぎる「きりたんぽ鍋」
「いやいや! 鍋に“美人”ってなんだよ! どういう美的表現なんだよ!」
しかし、食べてみると涙が出るほど美味い。
まるで、心が清らかになっていくような味わいだった。
その日から、海の生活は“上品な何か”に包まれていった。
・郵便受けに届くDMがなぜか全て縦書き
・近所のスーパーの野菜売り場が唐突に生け花のように美しくなる
・通勤中、すれ違う人たちがなぜかみんな横顔が秋田美人寄り
そして――
駅前で開催された「美しい名前の人限定:きりたんぽ試食会」に招待され、
美人揃いの中に混じって、「美的バランス担当枠」で参加することに。
「俺、なんか間違ってる気がするけど……なんか整ってるから……いいか……」
その晩、また和紙の手紙が届いた。
ご満足いただけたようで、何よりです。
美しさとは、静かに整うこと。
雪のように、凛として舞い、跡を残さぬ願いが、最も品あると考えます。
「いや、詩かよ!? これ手紙じゃなくて短歌集だよもう!!」
しかしその頃には、海もすっかり“秋田の空気”になじんでいた。
洗濯物の畳み方が丁寧になり、
話す言葉もゆっくりと、選ぶように。
気がつけば、「雪見きりたんぽ会」に誘われるまでに昇格していた。
今日も秋田の空は、静かに美しい。
そしてその空気の奥で、誰かの願いが――
そっと、静かに、そしてとびきり上品に叶っている。
アキタノカミは言葉少なく、ただ微笑み、
きりたんぽの湯気の向こうに、そっと姿を隠した。
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