「図書館の精霊」
図書館の奥の、誰も近づかない「資料室」と呼ばれるゾーンに、ひときわ古びた書棚がある。ある日、臨時職員として配属された読書嫌いの青年・島崎遼太は、上司にこう命じられた。
「資料室の整理、頼める?しおりが挟まったままの本、全部チェックして抜いてきて」
しおり。なんと優雅な響きだろう。だが現実は、くたびれた紙切れや割りばし、レシート、果ては昆布まで、多種多様な「謎の異物」に満ちていた。
「これ、しおりって呼んでいいんですか……?」
「“人がしおりとして使ったもの”はすべてしおりです」
「その定義、広すぎないですか!?」
遼太は無言で、ページの間に貼られた梅干しの種をティッシュにくるむ。だが彼の本当の苦難はここからだった。
ある本――『古代エジプトの納税習慣』のなかに、まるで魔法陣のような模様が描かれたしおりが挟まっていた。文字も絵も不気味で、遼太は「絶対なんかある」と思いながらそっと抜いた。
すると、背後の空気が震えた。
「……よくぞ我を解放したな、人間」
遼太が振り向くと、光の粒が集まり、異様にエレガントな女の人が浮かんでいた。
「誰!?図書館でホログラム実験とか禁止なんですけど!?」
「我が名は“しおり姫”。封印されししおりの精霊……かつて読書中に寝落ちした者たちのしおり魂が、我に力を与え……」
「設定が濃いな!!ていうか寝落ち由来!?そんなに粘着質な魂だったの!?」
しおり姫は、ゆったりと宙に浮いたまま、神妙な表情で告げた。
「この世には、“挟まれし者たち”の怨念が渦巻いている。レシート、診察券、旧い恋文、映画の半券……彼らの無念を晴らさぬ限り、書架の平穏は訪れぬ」
「図書館でそんな呪術展開しないでください!」
しかしその瞬間、書棚がぐらりと揺れ、数冊の本がパタンと開いた。中から、“しおりの亡霊”たちが現れた。
「うぅ……読みかけのまま放置された……!」「あの映画、結局観なかったじゃないか……!」
レシート型、手紙型、タバスコのミニ袋型など、ビジュアルの個性がエグい。
遼太は涙目で叫んだ。
「どうすんのこれ!?職員用ハーブティーでお清めとか効きます!?」
しおり姫が言った。
「答えは一つ。しおりに込められた“思い出”を、すべて供養し直すのです」
「供養って何すればいいの!?」
「たとえば、このラーメン屋のポイントカード。スタンプ三個で止まっている……“あと二回行ってたら餃子無料”という無念。ならば今ここで!」
遼太は肩を落とし、電話をかけた。
「……すみません、塩ラーメンと餃子、出前できますか……?」
こうして、遼太の“しおり供養”が始まった。日替わりで届く出前。破れたしおりには金継ぎならぬテープ補修。しかも、読んだ本の内容にちなんだコスプレまで強制される始末。
「なぜ俺がヒエログリフの衣装で『古代エジプトと関税制度』を朗読してるんですか……!」
しおり姫は満足そうにうなずいた。
「“中途半端に挟まれた過去”を、きちんと認めてあげることが大切なのです」
「それにしても供養が“読了&フルコスプレ”とは……」
だが、遼太の心にも次第に変化が起きた。
“読みかけだった自分”、 “見逃してたあの瞬間”、 “挟まれていた何か”に向き合ううち、彼は自分自身の中途半端な過去と、ゆっくり和解していった。
ある日、しおり姫がぽつりと言った。
「……これで全部、供養は済みました。ありがとう、遼太」
「えっ、急に退場フラグ!?待って、もう少しまともな理由つけて帰って!」
「いえ、しおりの本質は“残しておくこと”。でも、君はもう、残さなくていいんでしょう?」
その言葉とともに、姫はゆっくりと光の粒になり、彼の手に一枚のしおりを残した。
それは、小さな青い花が押し花になった、手作りのしおりだった。
数日後、遼太は「資料室」に新たなコーナーを設けた。
名付けて「しおり展示室」。
「こんなバナナの皮がしおりとして使われてたとか、泣けるし笑えるよね」
展示を見た子どもがにこにこしている。
遼太は、今日も誰かの“思い出”を、静かにページの間から拾い上げている。
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