『キノコ相談室へようこそ』
「すみません、キノコに詳しい方、いらっしゃいますか?」
その日、商店街のはずれにある古びたプレハブ小屋の扉を開けて、老人が入ってきた。背中には大きな紙袋。そこから、茶色くぬらぬらしたものが、ちらりと顔をのぞかせている。
「はい、こちらキノコ相談室、通称“きの相”。所長の一文字です。毒キノコも恋キノコもお任せを」
カウンターの中にいたのは、白衣を着た青年。一文字圭(いちもんじけい)28歳。専門は菌類。友達はいないが、カビとは親しい。
「……恋キノコ?」
「すみません、語感で盛りました。なんでしょう?」
老人はおそるおそる紙袋の口を開いた。
「うちの庭に……こんなキノコが出ましてね……」
現れたのは、極太。直径15センチはあろうかという傘、そして柄がハリセンのように太い。表面には、うっすらと金の斑点。なんか、うっすら音が鳴っている気がする。「ドゥーン」って。
一文字は真顔でメジャーを取り出し、長さと重さを測った。
「……これは、キノコ界の“サカナクション”ですね」
「なんだそれは」
「存在がジャンル分けできない。でもノリがいい」
老人は椅子に座り、さらに打ち明けた。
「このキノコ、夜になると光るんです……しかも点滅してます」
「なるほど、パーティー仕様ですね」
「え?」
「別名“ディスコ茸(たけ)”。発光パターンが80年代」
「80年代!?」
一文字は資料棚から『全国奇怪キノコ事典2020改訂版』を取り出し、該当ページを開いた。
『ディスコ茸:主に湿度の高い庭に出現。深夜1時に“YMCA”とともに点滅。誘われた人間は踊り出す。食用不可。スパンコール味』
「スパンコール味とは……」
「食べた人の証言ですが、あてになりません。そもそも食べちゃダメです」
「いや、そもそも庭がダンスフロアになってるんですが……近所から苦情が……」
「夜、音楽は流れてきます?」
「……“セイヤッ!”って掛け声が」
一文字は真剣な表情で、顎に手を当てた。
「なるほど……おじいさん、それは“キノコディージェイ・ヤマザキ”の仕業かもしれません」
「誰だよそれ!」
「かつて森の奥で最強と呼ばれたDJ型キノコです。家主の夢に忍び込み、盆踊りをループ再生させます」
「寝不足だったの、それか!!」
相談室の外から、「ソーレソレソレ♪」という幻聴が聞こえた気がして、老人は頭を抱えた。
* * *
午後になると、別の相談者がやってきた。今度は、女子高生と、その手に抱えられた鉢植え。
「すいません、これ……育ててたんですけど、なんか、しゃべるようになっちゃって」
「……キノコが?」
「はい、朝起きたら『おはようございます』って」
「……敬語?」
「しかも今日なんて『本日はお足元の悪い中、お越しいただき誠にありがとうございます』って言われて……怖くて」
「……それ、キノコじゃなくて、受付嬢ですね」
「受付嬢……?」
一文字はルーペでじっくりと観察しながら解説した。
「このタイプは“デスクトップマイタケ”といってですね、外見は完全にマイタケですが、行動は人事部の人です」
「うちの親も昨日、“定年退職おめでとうございます”って言われたらしくて……泣いてました」
「泣かせにかかってますね。間違いなく“感動系キノコ”です」
「どうしたらいいですか?」
「ひとまず、週に1度くらい感謝の言葉を返しておくと機嫌がよくなります。『ありがとうマイタケ』と」
「えっ、なにそのセリフ……」
* * *
夕方。今度は、大学生っぽい青年が駆け込んできた。彼は両手で頭を抱えていた。
「すいません、僕……キノコに……恋をしてしまったかもしれません!」
「……よく来ましたね、そういう人が一番多いです」
「え、そうなんですか!?」
「はい。恋愛相談、キノコ相手は年々増えてます。ちなみにお相手の品種は?」
「傘が真っ白で、雨に濡れるとちょっとピンクに……ふわっと甘い香りがして……うっとりしてると、吸い込まれそうに……」
「……それ、“フェロモンシイタケ”ですね。うちでも以前、7人が惚れて壊滅した高校があります」
「壊滅って……」
「保健室がプロポーズで埋まりました」
一文字は、温かいお茶を差し出しながら諭した。
「大丈夫。あなたの心がキノコに向いているのは、何もおかしくありません。菌類もまた命ですから。ただし、相手に胞子を飛ばされたら、それは返事です。覚悟してください」
「え、キノコの“はい”って胞子なんですか!?」
「ええ、“プハッ”って。大体、うれしいときは発光もします。婚姻の証です」
「うわ、もう婚約してたわ俺……!」
青年は顔を真っ赤にして飛び出していった。
* * *
夜、相談室に戻ってきた老人が、最後にぽつりと言った。
「……庭のキノコ、踊ってました」
「やはり……」
「でもね……ちょっと楽しそうで、つい一緒に踊っちゃって。そしたら朝になってたんです」
「おめでとうございます。正式に“キノコフェスティバル2025”に参加されましたね」
「そんなものが!?」
「あります。登録者は、全国に7人です。すでに仲間です」
老人は何かを決意したように、そっと言った。
「……今夜、もう少し、踊ってみようかと思って」
「ぜひ。次は“ラジオ体操きのこ”も混ざるかもしれません」
「そいつはまた……やばそうだな」
笑いながら帰っていく老人の背中を見送り、一文字は静かに呟いた。
「今日もまた……世界が、少しだけキノコ寄りになったな……」
* * *
■本日のご相談件数:4件
■本日の生還率:100%
■本日の胞子飛散件数:1件(婚約済)
あなたの町の「きの相」は、いつでもあなたと菌の間に立ちます。
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。