伝説の人参、土からの逆襲
八百屋「やまびこ青果」の裏に、一本の人参が立っていた。
いや、正確には“刺さって”いた。抜かれることなく、売られることもなく、箱から逃げ出し、店の裏手にズブッと自らの先を突き刺していたのだ。
「……なぜ私は、今日も売れないのか」
その人参の名は、ゴンゾウ。三本足の奇形、皮には虎のような模様、顔のような窪みとヒゲがある。
野菜界では有名なアウトサイダーである。
「こっちは味で勝負なんだ。見た目で選ぶ奴らに、何が分かる!」
八百屋の主人・ヒデさんは、ゴンゾウを毎朝箱の底から取り出しては売り場に出すが、夕方には無言で戻す。誰も彼を選ばない。
それも当然だ。ゴンゾウの顔(?)はちょっと怒っているように見える上、何となく湿っていて、クシャミを誘発する謎の香りもある。
「せめて煮物にされる運命なら納得できたが、オレは……袋すら開けられないまま、売れ残りの神様になるつもりか?」
その日も、雨の中、スーパーで買い物袋を持った主婦が通りすがりにゴンゾウに目をやったが、
「わぁ…何この人参、こっち見てる!」
と悲鳴を上げて逃げていった。
「見るなって言われても目があるんだからしょうがねえだろ……!」
ゴンゾウは一人、自分のヘタ(頭)をかきむしるような仕草をして、また土にめりこませた。
だがその夜。
状況は一変する。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
八百屋の前に現れたのは、白衣姿の中年男性。狂気の顔でメモ帳に何やら殴り書きしている。
「ついに見つけた……!人類の味覚進化を促す第六次野菜革命、その中心核となる野菜……!お前か……伝説の“暴走人参”!!」
「誰が暴走だコノヤロー」
ゴンゾウが反射的に叫ぶと、男はさらに喜んだ。
「やはり!知性あり!感情あり!暴言あり!まさに理想的な食材!」
「ちょっと待て、何か方向おかしいぞ!」
男の名は博士・ノザキ。野菜と会話する装置「ヤサイフンワリ通信機(試作品・頭に挿す式)」を頭につけており、その電波を受けてゴンゾウと完全に意思疎通していた。
「君を使ってスムージーを作る!それを飲んだ者は全員、野菜が大好きになるはずだ!」
「やめて!オレそんなスムージーの核になりたくない!」
「大丈夫!君は記憶ごとミキサーにされるから!」
「まるで大丈夫じゃねぇぇぇぇ!」
ノザキはゴンゾウを掴もうと飛びかかる。ゴンゾウは必死に地中深く潜ろうとする。
雨が勢いを増し、八百屋の裏は泥沼地帯と化していた。
「これぞ人参泥仕合!」
通りすがりの近所の中学生が妙な実況を始めたが、誰も止める余裕はない。
その時だった。
「おい、こら!」
店主のヒデさんが裏口から顔を出した。完全なる寝間着。肩には猫。
「うちのゴンゾウに何してやがる」
「お、お宅の野菜……なのですか……!?」
「毎朝出して毎晩戻す、大事な“出戻り常連”だよ。ちょっと見た目がアレだけど、スジ通ってんだ」
「そんな……だって、彼を使えば、野菜革命が……!」
「革命ってのはよ、道ばたの人参を無理やり持ってくとこから始めるもんじゃねぇ。ちゃんと売り場で、ちゃんと値段つけて売って、それで選ばれて、ようやく革命の資格があるんだ」
ヒデさんはゴンゾウをそっと持ち上げ、タオルで包んで抱きかかえた。
「お前、あしたから“レジ横の個性派人参コーナー”に置いてやる。味は抜群ってポップつけてな」
ゴンゾウの目から、土がこぼれた。
「ヒデさん……オレ、売られるのか……?」
「当たり前だ。うちは八百屋だ。売られずに何になる」
その翌日、「やまびこ青果」には小さな人だかりができた。
「えっ、しゃべるって噂の人参……この子?」
「このヒゲ、なんか渋くて好き!」
「顔が怒ってて、逆に映える〜!」
夕方にはゴンゾウは、きちんとPOP付きで、300円で売れていった。
買っていったのは、バイト帰りの女子大生。
「今日のカレーに使いますね〜。あなた、たぶん……おいしいでしょ?」
包丁に震える刃音が走った。
「……やっぱり表の人生、怖ぇな」
だが、笑っていた。
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