第55巻 品川区:シナガワノカミの願い
「なんで願いを叶えるのに、タイムカードが必要なんですか?」
「業務開始の記録は基本ですので」
それが、最初の会話だった。品川駅港南口、オフィス街の片隅――カフェでも神社でもなく、なぜかシェアオフィスの入り口に祀られた「自動改札型賽銭箱」。そこにいたのが、品川の神・シナガワノカミだった。
見た目は完璧にIT企業勤務の中間管理職。清潔感ある白シャツにグレーのスラックス、胸元には「社内神」と書かれた名札。PC持って神頼み受付中。願いは受付フォームでどうぞ。
やたらと事務的である。
「で、ご相談内容ですが……」
「転職でして。営業からデザイン職に挑戦したいんですけど、自信がなくて……」
願い主は、大手企業から退職したばかりの志歩(しほ)。コーヒー片手に、ちょっと不安げな表情で神様の前に座っていた。
「なるほど。まず確認しますが、目標KPIは設定されていますか?」
「えっ、願いにもKPIあるの?」
「当然です。目標に対して具体的な数値がないと、PDCAが回せません」
「神様ってPDCA回すの?」
「祈願効果測定の基本です。あと、願望実現ロードマップも5W1Hで出していただけると助かります」
神様がスライドショーを開くと、そこには「願望達成ガントチャート」が表示されていた。まさかのPowerPoint。
志歩は思った。
(なんで私、神様にプロジェクトマネジメントされてるんだ……)
だが、意外にもシナガワノカミの助言は的確だった。
「まずはスキルの可視化から始めましょう。前職の経験を転用できる部分、ありますよね?」
「……顧客との交渉とか、プレゼン資料の作成は得意です」
「それは大きなアセットです。デザインはツールの習熟だけでなく、“誰に何をどう見せるか”の視点が不可欠です。そこに営業経験は必ず活きます」
神様の語り口はまるで、優秀なキャリアコンサルタント。いや、実際、神様なのだが。
「志歩さん、あなたの願いは“変わること”じゃない。“自分の中の光を、別の形で照らすこと”です」
「……今、ちょっといいこと言いましたね?」
「言いました。noteに書いてもいいですよ」
「書きます」
それから志歩は、神様の“業務指導”のもと、ポートフォリオ作りを始めた。Canvaの使い方講座を神様が開き、Zoomで神様がフィードバックし、面接練習では神様が面接官役。
「うちの会社では“デザイナー=柔軟性と論理性の融合”と考えてますが、その点どうですか?」
「神様、質問がガチなんよ!」
何度か泣いたし、寝坊して神様から「勤務態度に懸念があります」とSlackで怒られたこともある。
だがある日、志歩のポートフォリオが企業の目に留まり、内定のメールが届いた。
「……叶いました」
「確認します。目標KPI“デザイナー職に内定をもらう”、達成。願い完了とみなします。神様としての勤務、ここで終了します」
そう言って、神様はタイムカードを取り出し――「ガチャン」。
自分で打刻して、スッと姿を消した。
その後、志歩は新しい会社で“神様のスケジュール管理術”をもとに、かなり評判のデザイナーとなった。退勤時には、ふとあの言葉を思い出す。
「願いは、業務の一環として、着実に処理される」
少し味気ないが、確実で、どこか心強かった。
今日も、港南口のシェアオフィスの片隅では、自動改札型の賽銭箱が、誰かの願いを無言で読み取っている――かもしれない。
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